第16話 熱中
「よし、まずはパーツを切り離すか」
俺は、スキルで呼び出したニッパーを使って、ランナーと各パーツを接続している部分、『ゲート』を切断していく。
パーツの形にそって切るのではなく、ゲートを少し残して切り取るのがコツだ。無理やりギリギリの所を切ろうとすると、接続部に負荷がかかって白化してしまうことが多い。
キレイにパーツを切り取るには、少しだけゲートを残した後にヤスリ等で削り取る処理。いわゆるゲート処理をするのがいいだろう。
ゲート処理にはヤスリが必要だが、スキルであらゆるヤスリを出せるから問題ない。まずは金属ヤスリで大雑把にゲート部分を削り、そのあとは順に紙ヤスリの目を細かくしていきながら慎重にパーツの面に合わせていく。
「……よし、こんなものかな」
最後はかなり細かい仕上げ目のヤスリを使う。すると、切断面がほぼ目立たなくなり、美しく仕上げることができるのだ。ここに塗装をすれば完全に見えなくなるだろう。
もっと道具があれば時短も可能なのだが、パーツひとつのゲート処理を終えるのに十分はかかった。
幸いパーツ総数は多くないので、明日までには余裕で作り終わるだろう。
「よっし! どんどんパーツの処理していきますか――」
◇
「――さん。ケイ――! ケイタさんっ!」
「っ!? は、はいっ!?」
突然、耳元で俺の名前を呼ぶ声が響いた。
その声に驚き、俺はびくっとなって、条件反射的に立ち上がってしまう。
「もう……ケイタさん、何度もお呼びしても返事がないので、心配しましたよ?」
「へ……あ、シルヴィア?」
声の主はシルヴィアだった。彼女は俺の隣に立ち、心配そうな顔でこちらを覗き込んでいる。
……いかんいかん、またやってしまった。俺の悪い癖だ。
俺は集中しすぎると、周りが見えなくなってしまう。こうやって他の人に止めてもらわないと、延々と作業を続けてしまうのだ。
作業の方は順調だし、俺はシルヴィアの方へ向き直り、いったん頭をリセットすることにした。
「もう、ケイタさんったら……私、待ってたんですよ?」
「待ってた? ――あ」
なにか待たせるようなことをしてしまったのかと記憶を辿るが、これといって心当たりがない。だが、シルヴィアが持っていたものを見て合点がいった。それと同時に腹の虫が鳴る。
シルヴィアが持っていたのは、食事が乗ったプレートだ。彼女は食事の時間を過ぎても一向に現れない俺を心配して、わざわさ食事を持ってきてくれたようだった。
そうだった……いっしょに食事する約束だったっけ。
「ごめん……集中しすぎてお腹が空いているのに今気が付いたよ」
危ない危ない。空腹で倒れたらシャレにならないな。シルヴィアが来てくれてよかった。
というか……けっこう時間経ってるみたいだな。でも、あとは組み立てるだけで終わりだ。簡単なキットのわりには、思ったより時間かかかってしまった。
「その……ケイタさん。私たちのために頑張ってくださるのはありがたいのですが、あまり無理はしないでくださいね」
自分の家が無くなる可能性があるのに、俺の心配をしてくれるだなんて、やっぱり優しい子だな。
ようし、シルヴィアのためにも、もうひと踏ん張りだ!
……とはいえ、空腹で倒れたら元も子もない。
食事をとるためいったん休憩を挟むことにしよう。
「心配してくれてありがとう。じゃあ早速食べようかな。……あ、もし時間あれば、食べ終わったあとに休憩がてら話でもしない?」
「ええ、よろこんで」
◇
食事を終えたあと、俺はシルヴィアからいろんな話を聞いた。
この世界、『アルズガルド』のことを。
この世界には魔法やスキルが異世界テンプレよろしく存在するのだが、かつてあった国家間の戦争では魔動人形をどれだけ投入したかで戦況が決まっていたらしい。
それはそうだろう。十メートルを越えるデカブツが敵として現れたら、生半可な魔法や剣技では太刀打ちできないだろう。
それこそ、俺が見たドラゴンと良い勝負が出来るぐらいの猛者じゃないと、相手にすらならないらしい。
しかも、そんな戦力があるにも関わらず、一定以上の魔力を保有していれば誰でも乗れるときたものだ。一度乗ってしまえばドラゴン級の力を振るえるのだ、そりゃあ保有数が大勢を決するのも頷ける。
とはいえ、今俺の手で作ってるこいつは、完全にプラモデルそのものだ。こんな中身スカスカなものに、ドラゴンを倒す力があると言われたって信じられない。本当にアリーナで見た魔動人形と同じようになるのか……実際に見てみないとなんとも言えないな。
まあ、こいつには俺が乗るわけじゃないし、今回の俺の仕事は現段階で可能な限り完璧に仕上げることだ。
ゲート処理とかして意味があるのかは知らんけど……モデラーの性として、雑になんて作れない。
そして、話が一区切りしたところで、シルヴィアは退室することに。去り際に、「もう少しで完成する」と伝えると、彼女は嬉しそうに微笑みながら退室していった。
俺は、ひとりになった部屋で伸びをしながら、再びパーツが無造作に置かれたテーブルに向き合う。
「さて……あとは組み立てるだけだし、サクッと終わらせて今日は寝よう」
ピロン
「ん? スマホから通知……?」
俺が作業を再開しようとしたその瞬間、スマホから久々に通知音が鳴った。
慌てて画面を見た俺は、頭を抱えることになる。
「――あぁ、これは徹夜コースかもな……」
長い夜が、今始まった。