第13話 宣戦布告
「おいお前! さっきから黙って聞いてれば、好き勝手なことばかり言いやがって!」
俺は胸から込み上げる怒りをぶちまけるように、ザコブに向かって啖呵を切った。シルヴィアを泣かせたんだ、もう部外者だからって黙ってるわけにはいかない。
「んぁ? 何だお前は。使用人か? 使用人風情がこのポクにそんな口をきいてタダで済むと思うなよ?」
ぐっ……対面してみると、身体が大きくて意外に圧が強いなこの男……。
だが負けない、口喧嘩なら妹と何度もして鍛えられているからな!
「その"決闘”とやらがなんだか知らねぇが、なにをもう勝った気になってやがる! シルヴィアにはな……この俺が付いているんだぞ! お前らなんかには負けはしないさ!」
「ケイタさん……! やめてください、私は大丈夫ですから」
決闘とやらの内容はわからないが、まぁ要するに何らかの勝負をするのだろう。だが、ザコブは勝負が始まる前から勝った気でいるのが気にくわない。
「ヒョヒョヒョ! 笑わせるなよ。お前がいるからなんだってんだ! もうポクの勝ちは決まってるんだよ。どんなことがあろうともねぇ!」
「う、うるせえ! 今に見てろ! バーカバーカ!」
いかん。事情がわからなすぎて、反論しようにもなにを言えばいいのかさっぱりだ。ヤバイぐらい語彙力が低下してきた。
「こいつ……! ポクは貴族だぞ! 平民風情が調子に乗りやがって! どうやら痛い目を見ないとわからないようだな。お前ら、こいつをやっちまえ」
ザコブを警護していた屈強な男二人が、俺とザコブの間に割って入る。
二人とも身長百七十ちょいの俺より、頭ひとつぶんはデカい。そしてなにより、体格に大きな差があった。
うわ……絶対強いじゃん。なにその筋肉。
「は、はは……どうもこんにちは」
勢いで飛び出したはいいものの、あんな強そうなお兄さんたちに、ひょろひょろインドア派の俺が敵うわけがない。
一歩一歩近付いてくる男たちを前に、俺は後ずさりをしてしまう。
そして、手が届くほど近くまで来た男は、その太い腕を振り上げる。
殴られる。と思って思わず目をつぶり両手で頭部を守るが、ふわっとした風が吹いただけで、いつまで経ってもその拳は俺に届くことはなかった。
目を少しずつ開きながら、何が起きたのかと恐る恐る状況を確認する。
すると、俺の前には突き出された拳を受け止める腕がひとつ。
「あ、あなたは……!?」
拳の風圧だろうか、割って入った人物の目深に被っていた帽子がはらりと落ち、その素顔が明らかになった。
「クロードさん!」
クロードさんはマッチョメンの拳を難なく受け止め、涼しい顔をしている。その力の差を感じたのか、マッチョメンの顔はひきつっていた。
トゥンク……。
「お、お前はクロード!? ちっ、お前ら引き上げるぞ! ……そこのお前! お前の顔、覚えたからな! このまま無事でいられると思うなよ!」
「うっせぇ! 早く帰れバーカ!」
ザッコブはクロードさんの顔を見るや否や、そそくさと引き上げていく。力勝負では敵わないと踏んだのだろう。
その後ろ姿が見えなくなるまで見送ったあと、クロードさんはこちらへと振り向いた。
「ケイタ様、シルヴィア様。ご無事でしたか?」
「クロード……来ていたのですね。助かりました」
クロードさんが御者をしてたのはなんとなく気付いてたけど、シルヴィアは全然気付いてなかったみたいだ。おそらく、馬車を降りてからも俺たちに気付かれないように尾行していたんだろう。
なんにせよ、助かった……勢いで突っ掛かったのはあまりに考え無しだった。
とはいえ、あれだけ派手に喧嘩をふっかけてしまったんだ。
あの口振りからして、誘拐の件がザコブの仕業だというこは間違いないだろう。もう怖いからって無関係なままじゃいられない。なによりも、あいつムカつくからギャフンと言わせてやりたい。こうなったら徹底抗戦だ。
「シルヴィア、クロードさん。昨日聞けなかった話、きちんと聞かせて欲しいんだ。俺に出来ることがあれば手伝わせて欲しい。シルヴィアの笑顔を奪うような奴に、吠え面をかかせてやりたくなった」
「ケイタさん……」
「ケイタ様……わかりました。正直私は貴方の事をカマセーヌ家の間者なのではと疑っておりましたが、先の様子を見る限り、私の予想は外れていたようです。今は出来る限りの人手が欲しい。シルヴィア様、ケイタ殿に協力して頂くのもひとつの手かと」
「そうですね……ケイタさん、本当によろしいんですか? 昨日会ったばかりの私たちのために……もしかしたら死んでしまう可能性だってあるんですよ?」
……えっ、命に関わるの?
いやいや、俺が手伝わせてって言ったのはあくまで裏方の仕事でってことなんだけど……。
まあ……誘拐をするような連中だ。危険は付き物なんだろう。
それに、どっちにしろザコブに喧嘩売って、目をつけられてしまったんだ。シルヴィアに協力して勝つ以外には、俺が助かる道は無いだろう。
「わかってる。でも俺は、シルヴィアとこの街のことが好きになったんだ。出来る限りのことがしたい」
「す、好きにっ!? は、はい……では私からもお願い致します。まずはお父様とお母様にもお話ししましょう。クロード、馬車をお願いします」
「かしこまりました」
何故か頬を少し赤らめるシルヴィアだったが、すぐに気を取り直してクロードさんに馬車の手配を命じる。
これから俺はシルヴィアの両親の所へ戻り、事情を聞くことになるのだろう。
もはや引き返せないところまで来ていたが、後悔はない。
こうして俺は、再びヴァイシルト家の館へと赴くこととなった。