第9話 人望
それから馬車に揺られ、俺たちは街の都市部へと到着した。
……というか馬車が用意されている時点で多分両親にはバレてるよね。変装してるけど、よく見たら御者の人クロードさんだし。
メチャ強なクロードさんと一緒なら安全だと判断したのだろう。娘の我が儘を聞いてあげる優しいご両親だこと。
「――まあ、俺の監視も兼ねてるんだろうけどね」
「……? ケイタさん、何か言いましたか?」
思わず口に出てしまったけど、幸いシルヴィアには聞こえていなかったようだ。
シルヴィアはそのへん全く気付いてなさそうだ。完全にお忍びで来ていると思い込んでいる。利発そうな印象だったけど案外そうでもないのかもしれない。
「いや、なんでもないよ。それで、どこに案内してくれるのかな」
「はい、それなんですけど……まずは服飾店なんてどうです? ケイタさんの格好は独特で目立ちますし、新しく服を買って着替えましょう!」
……ああ、確かに。俺はこのジャージ一着しか服がない。これでその辺を歩いていたら目立つだろうし、こっちの世界に合わせた服装のほうがなにかと都合がいいだろう。
「それは賛成なんだけど……俺お金持ってないんだよね……
「ご心配なく。助けていただいたお礼に私がお金を出しますから!」
「本当!? ……じゃあ、お言葉に甘えちゃおうかな」
女の子に物を買ってもらうのは男としてどうなんだと思わなくもないが、先立つものがないのでここはお言葉に甘えておこう。
馬車を降り、シルヴィアの先導のもと、俺たちは服飾店へと歩を進める。
「いらっしゃい! 今日は何がご入り用で……ってシルヴィア様!? なんでそんな格好してらっしゃるんで!?」
カランと、来店を知らせるベルが鳴ると、店主と思わしきおっちゃんの威勢のいい声が響く。
てか、シルヴィアの変装、秒で看破されてるやんけ。
だが、当のシルヴィアは素知らぬ振りをして、ごまかそうとしていた。
「し、シルヴィア? 違いますよ、私はメイドの……えーと、シルクと申します。人違いではないでしょうか?」
――嘘つくの下手かっ!
目は泳いでるし言葉もたどたどしい。挙動があからさまに怪しすぎて、「私は嘘をついています」と言っているようなものだ。
「は、はぁ……そうですか。失礼しました、シルクさん」
店主のおっちゃんも困っている。おっちゃん、すまんがここはシルヴィアの顔を立ててやってくれ。
以降おっちゃんは気付かないふりをしつつも、最低限敬意を払って対応してくれた。
俺は、当たり障りのない一般的な布製の服を買ってもらい、さっそく着替えてから店を出た。
「いやーあの店主さんなかなか太っ腹だったね。買い物のおまけにこんな良さそうなベルトを付けてくれるだなんて」
「ええ、トーマスさんは色々な地域を旅して技術を学んだそうなんです。この街自慢の裁縫師ですよ」
買い物のおまけとして、ベルトとホルダーが一体化したようなやつを付けてくれた。西部劇とかでよく見るガンホルダーに近いやつだ。
俺の生命線でもあるスマホを入れるのにちょうどいい感じで、これがあれば不意に失くすこともないだろう。なんとかっていう魔物の素材を使っていて、かなり丈夫らしいし。
まあ、多分シルヴィアの人徳あってのおまけなんだろうが、次に会うことがあればお礼しなくちゃな。
「それじゃあ、本来の目的地へ向かいましょうか」
「おお、いよいよか……!」
ようやくあの巨大ロボットがなんなのか知れる。服装を一新して、なんとなくテンションが上がった俺は、足取り軽やかにシルヴィアの背中を追いかけた。
◇
道中、シルヴィアはいろんな人に声をかけられていた。やはり変装は意味をなしていないようだが、みんな気付かないフリをしてくれていた。
そして驚くべきことに、シルヴィアは話しかけてくれた人全員の名前をちゃんと記憶していて、『この人はこういう人だ』というのを俺に説明してくれたのだ。
そんな何気ないやりとりから、みんなシルヴィアのことが好きで、シルヴィアもみんなのことが好きなんだなってことは伝わってきた。
裏表のない素直な性格や、どんな人でも差別しないで接する優しさ、たかだか一日程度の付き合いしかない俺でも彼女の人の良さは感じていた。
そんなシルヴィアがみんなから愛されるのは至極当然だ。かく言う俺もそんな彼女に惹かれているのを自覚している。
隣を歩く彼女の微笑みにつられて、自然と俺の口角が上がってしまうのは致し方ないことだろう。