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プロローグ 型太、異世界の大地に立つ

 ある日の昼下がり。俺は自分の部屋で一枚の紙を握りしめながら、拳を天へと突き上げていた。


「っっっしゃーーっ! 受かった! 受かったぞ! これで思いっきり好きなことができる!」


 ――俺の名前は『相模型太(さがみけいた)』。

 

 今年で十八歳になる高校三年生。見た目はいわゆる中肉中背で、特に特徴といった特徴もない平凡な男だ。当然、モテたことなど人生で一度もない。


 そんな俺はいま、第一志望の大学から届いた合格通知を握りしめ、喜びのあまり大袈裟(おおげさ)すぎるガッツポーズをしていた。長かった受験勉強を乗り越え、ようやく趣味に時間を費やすことができることへの喜びが押さえきれなかったのだ。


 高二の冬から合格発表まで一年弱。昔からの俺の趣味である『プラモデル作り』は大学受験に専念するため封印していた。……いや、両親によって禁止されていた。

 だがそれも今日で終わりだ。もう我慢しなくていいと思うと、自然と鼓動が高鳴る。


「父さんと母さんは旅行中だしな……結果はメールで送っておけばいいか」


 家族はいま、妹の高校の合格祝いを兼ねて旅行中だ。俺の方の結果が出てから旅行を決めてもよかったと思うんだが……まったく、ひどい親だ。

 ま、実際問題、旅行に行きたいって気持ちよりも、()()()を優先したいしいいんだけどね。両親もそれがわかっていたのだろう。


 呆れつつも俺はクローゼットのスライドドアを開く。その中に入っているものを見ると、俺の口角は自然と上がってしまった。

 一畳程度の大きさのクローゼットの中には、衣類や、ちょっとした日用品とかは一切入っていない。その代わりに、大量に積まれた箱の山でびっしりと埋まっている。


 箱の正体はと言うと、当然、プラモデルだ。

 プラモデルと一口に言っても、そのカテゴリーはいろいろある。その中でも俺が好きなのは、ロボットもののプラモデルだ。

 きっかけは子供のときに見てた特撮ヒーローのロボットが入ってる食玩を、親父にせがんで買ってもらったのが始まりだった。まあ、男子ならば誰もが通る道だろう。


 それはおまけらしく安っぽい作りだったが、俺はテレビに出てくるロボットを自分のこの手で作り上げられたことに感動し、その体験に魅了された。

 そしてその道をまっすぐに歩き続け、今ではプラモデルの魅力に取り憑かれている。


 自慢じゃないが、何度かプラモデルのコンテストで入賞した経験がある。それだけの時間と情熱をかけてきたのだ。……だから彼女のひとりもできなかったんだけどね。ははっ……。


「――っし! 積みプラが大量にあるし、どれから手をつけようかなーっと」


 頬を叩いて気を取り直し、積まれたプラモデルの山を見回す。

 俺が趣味を自粛していた期間も、当然だが新作は次々と発売され続けていた。なので気になったプラモデルは買うだけ買っておき、未開封のまま部屋に積んであるのだ。


「学校もあとは卒業式だけ行けばいいし、今まで以上に時間がある。この際だからひとつとは言わずに、いけるだけいっちゃうか……!?」


 正直無謀だとは思ったけど、約一年間押さえつけられていた欲望には勝てなかった。俺は思い思いに箱をいくつか引き抜き、プラモデル作りに取り掛かった。





「……ふぃー。ようやく一段落かな」


 作り始めてからどれだけ時間が経ったのだろうか。あまりに熱中し過ぎていて、時間の感覚が無くなっていた。


 とりあえず一通りは作り終え、塗料の乾燥を待つ段階になったのでそろそろ飯でも食うかと思い、時間を確認するためスマホを覗き込む。


「あ? あれ? スマホの日付表示がおかしい……わけないか。俺の記憶が正しければ、合格通知が来たのがこの日付の三日前。ってことは作り始めてから三日経ってる……?」


 その間食事をした記憶もなければ、寝た記憶もない。つまり、三日三晩不眠不休だったってことか!?


「えぇ……嘘やん……」


 家族は旅行で家に居なかったし、どれだけ作業に没頭しても誰も止める人間はいなかっとはいえ、それにしたって集中し過ぎだろ俺。


「あ、ヤバ……なんか立ってるのもしんどい」


 不眠不休の事実を認識したからか、急に頭がくらくらしてきた。足元もおぼつかない。まずい……なにか腹に入れないとやばい。と、とりあえず冷蔵庫へ行かねば。


 食料を求めキッチンへと足を運ぼうとしたものの、まともに歩くことすら叶わない。少し歩いただけでよろけて壁にもたれ掛かってしまう。冷蔵庫までのたった数メートルの距離が果てしなく遠い。


 ――いかん、ここで気を失ったらガチで死ぬ。

 そんな危機的状況とは裏腹に、俺の足は言うことを聞いてくれない。


「これは……マジで……ヤバい」


 目の前が真っ暗になる。せめて俺が生きているうちに家族が帰ってきてくれることを祈るしかない。

 そんな都合のいいことを考えながら、襲い来る睡魔やら空腹にまるで歯が立たず敗北し、俺は意識を手放した――。





 ――鼻腔に広がる草木の匂い。ちらちらと光る木漏れ日と、風に揺れ額をくすぐる前髪の動きで、俺は覚醒する。


「ん、んぅ~! ふぁーあ……あれ、外にいる? なんで!?」


 伸びをしながら周りを確認すると、俺は見知らぬ山にいた。


 不思議に思い、眠る前の記憶を辿ってみる。確か俺は不眠不休でプラモデルを作っていたせいで家の中で気を失ったはず。服装もあの時のままで、部屋着のジャージを着ている。


「まさか、俺、山に捨てられた? いや、んなアホな……」


 ぐっすりと寝たからか、眠気や疲労感は残っていなかった。それと、不思議と空腹感もない。俺が倒れているあいだに家族が帰ってきて、なんとかしてくれたのだろう。

 ……でも、山に置き去りにしたってことは、反省しろってことかな?


 いやいや、我ながら馬鹿らしい理由で倒れたのは認めるけど、普通そこまでするか?

 

「多分夜までには迎えに来てくれるとは思うけど……くそっ、こうなったら自力で帰って見返してやる! よし、そうと決まれば帰る手段を探ろう。まずはここがどこなのかも確認しないとな。大きな道に出れば標識の一つぐらいあるだろ」


 そう思い立ってふらふらと辺りを探索してみるも、右を見ても左を見ても大自然が広がるばかりで、建物の一つもなければ道路すら見当たらない。

 ついでに言うとポケットに入っていたスマホを確認してみたが案の定圏外だった。山の中だし電波は届いてないようだ。


「マジでどこだよここ……うおっ、あぶねっ!」


 適当に歩いていたらぬかるみか何かを踏んづけたみたいで、足を滑らせ転びそうになってしまった。目の前が崖になっていたので落ちたら大惨事だったぞ。


「……ん? なんだこれ? うわっ、キモッ!」


 足下には俺が転びそうになった原因……思い切り踏みつけたであろうゼリー状の何かが、うねうねと俺の足に絡み付こうとしていたので反射的に蹴り飛ばしてしまった。


 サッカーボールほどの大きさのそれは、案外弾力があり、まさしくサッカーボールよろしく俺の蹴りでポーンと飛んでいった。

 その軌道を目で追っていると、崖の中腹あたりを飛んでいた鳥に偶然ヒットする。


「おお! ナイスシュート……って、あれ?」


 なんか違和感があるぞ。遠目に見えるあの鳥は俺が蹴り飛ばした謎の物体が落下する前に、()()()()()()()()


「……へ?」


 そう思っているとその鳥はこちら側へと進路を変え、真っ直ぐに飛んできた。


 近付くにつれその姿形が鮮明に見えてくる。赤と黒の二色の羽毛だ、黒ベースに赤の差し色がなかなか格好いいじゃん。いやいやそんなことよりも……。


「ちょちょちょ! デカイデカイヤバいって! あんな鳥日本にいんの!?」


 明らかに俺の知っている鳥の大きさじゃなかった。多分胴体の部分だけで俺より全然でかい。翼を広げれば横幅五メートル以上はありそう。ダチョウを倍くらいにした感じだ。

 その発達した足は、さっき飛ばしたサッカーボール大の謎の物体を軽々と握り潰したことから、相当な力があるのだと推測できる。もし頭を掴まれたら……とか考えただけで恐ろしい。


 そんな巨鳥が脇目もふらず真っ直ぐにこちらへと向かってきている。もしかしなくても怒ってらっしゃいますよね。そうですよね。

 ちょっと小突きに来た程度ならいいけど、もし俺を補食しようとしているならば絶体絶命、ジ・エンドだ。


「ひぇぇっ!」


 明らかに俺を狙って高速で迫る巨鳥を前に、ビビりまくって全く身動きがとれないでいた。本来なら、なにかしらの行動を起こすべきなのだが、初めて感じる死の恐怖に、俺は思考は完全に停止していた。


「し、死んだ――――」


 すべてを諦め目を閉じた俺は、突然の轟音に驚き、パッと目を見開く。

 

「ゴガァァァァァッ!!」


 死が迫るその直前、巨鳥の大きさを優に上回る影が巨鳥を咥え、かっさらっていった。

 その影の正体は、翼が生えたでっかいトカゲ……ロールプレイングゲームとかに出てくる想像上の生物、俗に言う『ドラゴン』だった。


 そのドラゴンは、ちっぽけな俺など腹の足しにもならないと思ったのか、はたまた目にも止まらなかったのか。鳥を咥えたまま、俺に見向きもせずにそのまま悠々と飛び去っていく。


「た……すかったぁ」


 どうやら危機は脱せたみたいだ。俺は安堵の溜め息を吐くが、助かったことを素直に喜べずにいた。何故ならば、ここが日本ではないことが確定したからだ。

 鳥だけだったらともかく、#あんなもの__ドラゴン__#なんか見たらこう思うしかないよな。


「――ここって、異世界ってやつ?」


 ――拝啓、お母様。わたくし相模型太、十八歳。どうや異世界に来てしまったようです。

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