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ツンデレ、ですか……

 その日、小野寺は部長に呼び出されていた。

 部長クラスになると個室と秘書が付き、役職手当の額が跳ね上がる。総じて責任も重くはなるが、それでも下っ端からすれば実に魅力的な事だらけだった。


「君の事だから、言わなくても分かると思うんだが……」


 腹回りがキツそうなスーツ。会食と接待漬けで作り上げられたメタボリックが小野寺の目に留まった。

 部長の羽賀が小野寺に向けた一枚の書類、それは今期の営業成績を班毎にまとめたグラフだった。


「……申し訳ありません」


 釈明すら許され無さそうな羽賀の表情に、小野寺はただ頭を下げた。

 他班が善戦している中、小野寺の班だけが僅かに右肩下がりを見せている。もはや言い訳の余地も無し。


「今期も残すところ後四ヶ月。このままで年末商戦を乗り切れると思うのかね?」

「……」

「どうなんだね?」


 無言のやり過ごしすら認められず、小野寺は今すぐに案を出さねばならなくなった。

 謝罪や精神論では無い。羽賀は確実性を何より重視する男。上向きの言葉が出なければそれまでと称される。小野寺は頭を下げながら思考を巡らせた。


 そもそもの右肩下がりの原因はハッキリとしていた。

 他の班にて人手不足となり、小野寺の班から中堅二名が配置換えとなった。代わりに配属されたのが七瀬と姫乃の新人達である。

 新人二名に中堅と同じ成績が出せるわけも無く、数字しか見えていない羽賀には、そんなことなど知るよしも無かった。


「今、我が班では下原プロミスとの契約に向けて動いております」


 下原プロミスは他の班が幾ら足繁く通っても、お茶すら出て来ない難攻不落として知られていた。


「進捗状況は?」


 羽賀は眉すら動かさなかった。

 彼の中では期待感など至極無価値、数字のみが物を言う。


「来週仮契約となっております」

「担当は?」

「……七瀬です」


 小野寺は七瀬の名を出すのを一瞬渋った。

 小野寺自身、何故七瀬が下原プロミスとの契約に至れたのか、全くもって謎だったからだ。

 しかも入社間もない新人に大型の契約を結ばれたのだ。上司としては嬉しいが、同じサラリーマンとしては──


「七瀬?」

「N大卒の新人に御座います」


 それまで羽賀の横で無言を貫いていた秘書が、持っていたノートパソコンで七瀬の情報を見せる。羽賀の表情は1㎜も動かない。


「ま、この話の続きは来週と言うことで、いいかな?」

「……はい」


 仮契約ともなれば一先ずの安泰。しかし、万が一後破綻となれば、小野寺は次の案を羽賀に示さなければならない。

 そして何より、羽賀は口にこそしなかったが、()()()()()()()()()()()()とでも言いたげな表情だったのを、小野寺は見逃さなかった。

 小野寺の成績もいまいち振るわず、昇進レースもこのままでは脱落が見えている。

 成績だけで勝負してきた小野寺に、大きな壁が立ちはだかっていた──。





「御帰りなさい御主人さま♪」


 夕食のみけねこに顔を出すと、七瀬が案内を務めていた。


「あ、係長」

「ココでその呼び方は止めてくれないか。人目に付く」

「は~い」


 屈託のない笑顔。小野寺は何故七瀬が契約に至れたのか、全くもって納得がいかなかった。


「御指名は御座いますか?」

「君でいい。私はオムライスを食べに来ただけだ」

「では御案内致しますね~」


 小野寺の言葉など耳に入っていない七瀬は、てよてよと歩き出し、いつもの席に小野寺を案内した。


「オムライスを」

「トッピングに御メイドじゃんけんは如何ですかぁ?」

「……結構」

「かしこまりました~♪」


 七瀬が奥にはけると、小野寺は深くため息をついた。実に先が思いやられた。


「……水」

「オホッ! 来たでござるぞ! 姫乃殿のジト目でツンはたまりませぬな~!」


 近くの席から嬉々溢れる声が聞こえた。

 小野寺は不意に聞き耳を立てた。


「メシ、ケチャップは好きにすれば?」

「姫乃殿~! 拙者の名を刻んではくれぬか~?」

「……『クズ』で良いかしら?」

「ご褒美ですな! ご褒美ですな!」


 やけに冷徹な姫乃の接客に、小野寺は思わず顔をしかめた。が、客が異常に喜んでいたので、スマホを取り出し検索をかける。


「……あれがツンデレ、ですか」


 平時が睨むような目付きになってしまう姫乃にとって、ツンキャラはマッチしていたが、本人は客に愛想悪く、更に悪態突かねばならず困惑しながら接客に当たっていた。


「食べたらさっさと帰って……」

「見送りはして下さらぬのか~!?」

「……ちょっとだけなら」

「うほほー! だから姫乃殿が好きなんでござるよ~!」


 接客業も大変だな、と小野寺は素直に感心をした。


「おまたせしましたオムライスです♪」

「ありがとうございます」


 七瀬が片手で運んできたオムライスを、小野寺は無心で頬張った。

 同じ味が出せないかと、自宅で何度かトライしてみたが、やはりこの味は出ず、小野寺は仕方なくオムライスを食べるためだけに通いつつあった。


「ケチャップ……」

「結構」


 ケチャップのマイボトルを両手で握り締め、七瀬はしゃんぼりと肩を落とした。

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[一言] ツンデレすこすこのすこ( ˘ω˘ )
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