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剣は勝ちたいと思ったら負ける

作者: 鈴木美脳

 剣は、勝ちたいと思ったら負ける。斬りたいと思った、その時、斬られる。

 なぜなら、勝ちたいと思った時に、自分が勝った世界を主観的に空想してしまうからだ。

 その分、現実からの入力が曇り、刺激への反応が遅く不正確になるから、より速く正確な攻撃によって自動的に滅ぼされる。


 だから、面白いことに、剣を長く訓練した人は普通、剣を初めて手にした子供より弱い。

 なぜなら、長年訓練した分だけ、より経歴の浅い他者よりも、自分には実力が備わっているはずだと、どうしても思いたいからだ。

 相手のそういった欲は、剣を手にして向き合った時、極めて明確な具体として感じられる。

 そういった欲を持った者は、やはり、勝利した自分を思い描いてしまう。

 すると、水が流れるようには状況に任せられない。状況の詳細を直視せずに、願望で立てた作戦を無理に実行する。

 斬れない太刀筋を、力を込めることで斬ろうとする。その経験は蓄積し、悪い癖になる。だから、訓練した分だけ、剣は下手になる。各部に硬直が生まれ、悪い意味で型ができる。型があってはいけないという本質から遠ざかる。強いつもりで弱い人ができる。

 だから、弱い人ほど、自分が強いと思っている。


 何らかの価値を基準にして他者を見下すことも、そうだ。

 例えば何かの専門技術を持っている人は、その技術で劣る他者の尊厳を自然と見下す。

 それは、努力してその技術を得た自分が尊い権威ある存在になったと思いたい欲から来る錯覚だ。

 人間は、努力すると必ず、その努力が報われた世界を願望してしまう。そして、主観的な空想を信じ込む。努力したからには、空想を信じ込まずにはいられないのだ。

 そして、見下した相手には、同じ価値観を共有して悔しがってほしいと願う。

 例えば、お金を手にすると、貧しい人には卑屈に振る舞ってほしいと思う。学歴を手にすると、学歴の低い人々には愚かさを自覚してほしいと思う。結婚をすれば、結婚している人のほうが尊いと思ってほしいと感じるし、子供を持てば、子供のいる人のほうが尊いと思ってほしいと感じる。夢を見る。

 そして、夢を見た分だけ、現実を失う。威張るほど、見すぼらしい人になる。

 本当に尊ばれ、友人達から愛される人々は、最初から少しも威張らない。威張ろうという欲が、初めからない。

 結果的に、偉くない人ほど、自分が偉いと思っている。世の中に貢献していない人々ほど、貢献していると思っている。

 自分が偉いと思ったことがなく、そう思う発想もない人々は、自分に好都合な価値観で誰かを見下したことがなく、他者を不当に軽んじたことがなく、世の中に最も貢献していて、その意味で最も偉い。

 そんな人々にとっては、地位や性別や人種以前に、他者は皆、対等な友人だ。殺し合うことになる相手すら、殺し合う相手である前に友だ。


 つまりは、権威主義は間抜けだ。

 剣に似て、弱い者ほど強者を自覚する原理だからだ。負けたくないという恐怖心によって、負けることを自覚することもできずに負けていく原理だからだ。

 すなわち、願望で夢を見ているにすぎず、現実そのものと向き合う強さを手にしていない。

 勝ちたいという欲を捨て去った時、人は欲に勝ち、剣は自然に動き、相手は自動的に倒れる。

 勝ち負けは結果であって、求めるべきにあらず、剣はそれ以上でもそれ以下でもない。


 敵の瞳の中に、欲を探し、欲が生じた瞬間に欲を見つけて、自動的に勝つ。

 自分の剣ではない。相手の欲が相手を殺す。

 だから、心の炎を、相手より弱く弱くする。そうするほど、何もかもが見えてくる。

 そこで見えてくるものは、美しい。その美しさこそが、剣の本性だ。

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― 新着の感想 ―
[一言] 公平世界誤謬滅ばねーかな!!!! どうして人間はマウントしないと生きていけないんだろ???? ただ生きることが罰せられるなら、神の法か法律ぐらい用意してから罰して欲しい。
[気になる点] 自分はこのエッセイを「目的と手段を取り間違えるな」と言われているように感じました。 このエッセイの場合、目的は剣で勝つことですが、勝つための手段としてあらゆる剣術を知ったとしても、その…
[一言]  剣の理として共感する良いエッセイです。  合気道の達人、塩田剛三が、合気道で一番強い技はなんですか? と弟子に聞かれて、 『それは自分を殺しに来た相手と友達になることさ』  と答えた…
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