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始まってしまった…!  作者: 本見りん


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12 マティアスの苦難

マティアスから見たこれまでの経緯です。

少し長いですが、よろしくお付き合いください。

 マティアス ワーグナー。


 ワーグナー侯爵家嫡男の父と、当時2大公爵家の一つであるフォートナム公爵家令嬢の母との長男として生まれた。


 ワーグナー侯爵家は代々軍人の家系で男子は殆ど軍に入っている。マティアスが幼い頃は祖父や叔父、父も現役の軍人で、その頃は戦争も無く平和な中、国境や各地の守りや王族警護等が中心の日々であったと聞いている。


 その日々が突然壊されたのが14年前。

 宣戦布告も無く隣国が国境の砦を襲ったのだ。通常警備のみでなんの前触れもなく不意打ちを受けた国境の砦は、あっという間に隣国の手に落ちたと聞いている。


 平和に慣れすぎて、しかもいきなりの事態に混乱する王都。長い間平和であったが故に軍の予算は削られ大した軍備が出来ていない。有効な手を打てない内にどんどん敵は国の内部に攻め入って来る……。国境の辺境伯も一族がこの戦いで亡くなった。増え続ける戦死者。ワーグナー侯爵家からもこの戦争で祖父と叔父が亡くなった。


 日々迫る敵国に王都も震えあがった。同盟国に援軍を頼むも、敵の余りのスピードと負けがこんでいる事から足踏みしている事も国民に絶望を与えた。当時7歳だったマティアスも屋敷で祖父と叔父の戦死を知り、敗戦の迫る国の雰囲気にのまれて恐怖に震えた。


 その流れを変えたのが、当時若干17歳のアルフレッド第2王子だった。

 彼は数人の精鋭を連れ敵の本陣に奇襲を仕掛け、隣国の将であった王子の首を取った。敵本陣をほぼ壊滅状態とし、各地の敵も総崩れで勝敗は決まった。


 オブシディアン王国の国中が熱狂した。勿論子供だったマティアスも。

 凱旋の際は王都中、いや国中の人が集まったのではと思う程の歓迎ぶりだった。未だにあれ程の群衆は見た事がない。


 騎士団長だった父も帰り、家族で祖父と叔父、仲間達の死を悼んだ。


 国同士の賠償問題等がやっと決まり国が落ち着き始めた頃、第2王子だった国の英雄、アルフレッドは賠償で新たに得た隣国の境の土地と主に戦火で焼かれた土地を領地にノーマン公爵を叙爵した。

 これにはアルフレッド側の人間が英雄に対してこれではと異をとなえたが、本人がこれを良しとした。


 どうやら第2王子と兄王子との間には何かわだかまりがあるらしい……。ノーマン公爵側の父が怒る話を聞いたマティアスは子供心にもそう感じた。


 元々軍で一緒で戦争時は死線を共に乗り越えたノーマン公爵とワーグナー侯爵家は、家族ぐるみで交流が始まった。


 18歳の若き公爵と初めて会った時の衝撃は忘れられない。

 黒髪に金の瞳の美しい青年。国の創世記の本で見た初代国王と同じ色。何より彼の纏う研ぎ澄まされた雰囲気に圧倒された。

 戦いとなれば圧倒的な冷酷さと厳しさを持つノーマン公爵だが、普段は子供にも優しく心遣いも素晴らしい。

 マティアスはすぐに彼に懐き、周りも彼に惹かれてどんどん人が集まっていた。


 そんなある年の恒例の軍のパレードで、いつものようにノーマン公爵に挨拶に行った少年マティアス。何故かゾッとする視線に気付いて周りを見ると、その向こうに仄暗い瞳でノーマン公爵を見る兄王子を見かけた。


 国の英雄と称えられ賞賛され人を惹き寄せる弟を、どんな思いで見ていたのかとマティアスは今でも人の心の闇に想いを馳せる事がある。


 どれだけ賞賛を受けようと兄にとって変わる気などないノーマン公爵は議会で、『兄を即位させ我が国の安定を周辺国に見せつけるべき』と進言し、自分は軍の指揮や戦争で荒らされた領地の発展の為に権力争いから身をひいた。


 マティアスから見た兄王子は出来の悪い人物では無かったが、弟が絡むと愚かになる事があるようだった。


 そしてそれは兄王子の子の教育にも……。

 兄王子には息子が2人いる。くしくも親世代と同じように年の離れた兄弟。

 第1王子はたくさんの人に囲まれ愛され時に厳しく躾けられ、優秀な人物となっている。

 …しかし兄王子は、明らかに息子の第2王子を愚かになるように仕向けている、と思う。我儘放題にさせてもそれを放置した。第2王子は誰も尊敬せず、奪い傷つけ剣も勉強も疎かにしている。


 自分達の時の逆にしたいのかもしれない。マティアスはそう思ってしまう。

 しかしそれは、周りに迷惑をかけ王家の信頼を失墜させる行為、しかもある意味で息子の第2王子本人が1番の被害者ではないかとも思う。


 …しかし、それによって人生を歪めさせられた被害者は他にもいる。


 カタリーナ シュバリエ公爵令嬢。


 私の、輝ける星。


 …第2王子ルーカス殿下の、――婚約者。



 シュバリエ公爵家の1人娘であり、祖母は王女で王位継承権も持った高貴な存在だ。


 私マティアスが彼女に初めて会ったのは戦後の影が薄まりつつある12年前、高位貴族が子弟を連れて参加した王妃様主催のお茶会だった。


 その頃ノーマン公爵の父である王は退位され、戦後の新しい象徴として兄王子が即位されていた。…勿論、ノーマン公爵を王にと推す声は沢山あったのだが、肝心のノーマン公爵が兄を王にと推挙され無用な権力争いを避けられた、という経緯もあった。


 新時代の始まりとしてその後も定期的に行われた子弟も参加してのお茶会は、確かにその後の人脈作り等で後々は役に立った。…余計な繋がりが出来た者もいるのだろうが。


 その最初に行われたお茶会で、私達は出会った。


 当時私マティアス9歳、カタリーナ嬢6歳の春だった。

 初めて彼女を見た時、一瞬時が止まったかと思った。周りに沢山の人が居たのに、彼女の存在だけが私の眼に映っていた。後に聞くと彼女もそうだったと話してくれた。

 当然その時はお互い幼く、恋だ愛だとは思わなかった。


 私達は会えば大概一緒に居た。彼女には兄弟はおらず私の事は『マティアス兄様』と呼んだ。対して私は男兄弟で女の子への対応に最初は戸惑いもしたが、彼女が私にとても懐いて慕ってくれたので、妹とはこんなに可愛いものかと、両親に妹が欲しいと話し困らせた事もあった程だ。


 成長するにつれ、私達はお互いを意識するようになった。ままごとめいた結婚の約束もした。

 しかし、『公爵家の1人娘』という婿養子をとらねばならない立場に対し私はワーグナー侯爵家の嫡子。

 話は簡単では無かった。


 当時、カタリーナ嬢と同い年の第2王子の婚約者探しもされていたものの『ある事情』からシュバリエ公爵家は固辞していた。

 そして1人娘の気持ちを知っていたシュバリエ公爵は、他の婚約者をつくらず待っていてくれたのだ。

 …それが、後の悲劇を呼び寄せた。


 ワーグナー侯爵家には2人弟がいるのだから、とりあえず形だけでも婚約を結んでおけば良かったのだ。


 …今から4年前、この国を恐ろしい疫病が襲った。


 始めはとある農村で流行り出した、風邪のこじらせた様な症状のものだったそうだ。それがその家族に、医者に近所にとうつっていく。そこから隣村、近くの街、中核都市、と恐ろしい程のスピードで広がっていった。

 勿論病は貴賎を問わない。あっという間に貴族でも流行り出し王都中、国中に広がった。


 一年以上猛威を奮ったその流行り病はとある民間の医師が発見した薬でやっと収まりをみせた。

 しかし、その一年程でこの国の約1割の人口は失われた。

 平民も、貴族も。


 そして、その貴族の犠牲者の中に現国王の第2王子ルーカスの婚約者となった侯爵令嬢も含まれていた。娘を亡くしたその侯爵家は後に遠縁より養子をとった。


 貴族の犠牲者も多かったので、婚約者を亡くしまた新たに探すと言う家はそれなりにあった。

 だが、『第2王子』と婚姻を結べる家柄で婿養子をとり王子と年齢の合う娘、そして現在婚約者が居ないという条件が揃った貴族はそうはいない。


 そう、今となってはシュバリエ公爵家以外には。


 それは2年半前、長く続いた流行り病が落ち着き、ワーグナー侯爵家が私を婿養子に出す事やむなしと両家が婚約を王家に届けようとした、まさにその直前。


 王家よりシュバリエ公爵家に第2王子との婚約が通達されたのだ。しかも内々の打診では無く、いきなり正式に通達がきたのだ。

 ――王家よりの正式な通達。それは断れない、という事を意味していた。


 通常はこういう話は内々の打診があるものだ。…王家はワーグナー侯爵家との話が決まりそうなのを知って問答無用で話を推し進めて来たとしか思えなかった。


 そうして私達は引き裂かれ会うことも叶わぬまま、苦難の日々が始まってしまったのだった……。



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