60.だから彼は、虚構に閉じこもった
「マジ受けるwwwコイツ本気で付き合ってたと思ってたんだってwww」
「楽しかったよコイビトゴッコwwwあー、お腹痛いwww
いやでも、まさにチーカレってカンジ??? チーズカレー食ってそうな根暗www」
頭に何度も浮かぶ過去の記憶。
相手にとっては、ただの遊びでしかない。
けれど、俺にとっては、最初で最後の日々だった。
「はー! やっと一ヶ月! マジ長かった!!」
「いやー、まさか続くとは思ってなかったわwww」
「だいたい、罰ゲームなのに期間長すぎだっての!」
「でねーとマジにならねーじゃん?」
俺の目の前で交わされる言葉の意味を、俺の頭は理解するのを拒んだ。
あの告白が、あの日々が、罰ゲームだったなんて信じたくなかったんだ。
「いくらふりでも、コイツと付き合うとかマジねえわwww」
「で、罰ゲームの感想は?」
「二度としねえ!!」
「だろうなwww」
一ヶ月前、同級生に告白された俺は、もう二度とはないチャンスに食いついた。
それが疑似餌だとも知らずに……。
「けどよ、コイツこう見えて金だけは持ってんのwww
いやー、役得役得! また奢ってくれよな、根暗クン!」
「ちょっ! ずりーし! アタシらにも頼むぜ?
ATMとして可愛がってやるからよ」
悔しいとか、悲しいとか、怒りも何も湧かなかった。
俺がただ舞い上がって、似つかわしくない恋愛ごっこに浮かれてただけだ。
世界はこんなに残酷なんだ、そんなことも忘れたバカなヤツが、バカを見ただけだ。
俺は何も言い返すことなく逃げ帰った。
暗い部屋の中で、ずっと、ずっと泣いていた。
『世界は俺に優しくなんてない』
そんな簡単なことを、今まで忘れていたことを思い出した。
ただそれだけだと自分に言い聞かせても、ぽろぽろと透明な雫は止まることはなかった。
「もう誰も信じない。もう誰も頼らない。もう誰とも関わらない」
過去を思い出す隙間を埋めるよう、俺はゲームに没頭した。
何もかも忘れるように、何もかもを捨てるように。
でも、忘れようとするほど思い出す。
捨てようとするほど、欲しくなる。
ただ捨てるだけじゃダメだった。
空いた席には、何かを座らせなきゃいけなかったんだ。
かわりになるもので埋めないと、かわりになるものを手に入れないと……。
それは、誰もなしえぬ偉業へと俺を動かした。
『BOSSモンスター、黒竜が討伐されました』
アナウンスが流れた時、一瞬満たされた気がした。
この世界に生きる者全てが、俺の偉業を強制的に認識するのだ。
たとえ名が明かされなくとも、俺の居る意味ができた気がしたんだ。
『戦闘スキル取得度85%達成者が現れました』
実績が世界中にアナウンスされるたび、実績項目欄とともに、俺の隙間も埋まっていく気がしたんだ。
だから狩り続けた。
全ての実績を埋めるために。
埋められる隙間を全て埋めるために。
◆ ◇ ◆
「あほくさ」
「へっ!?」
「いやな、喋りながら改めて客観的に見てみたら、ほんまあほくさいなーって」
「そんなことないよ」
「そんなことあるって! 気ぃ使わんでええって!」
「そんなことないよ! だって……」
まーちゃんは、自分のことのように深刻な顔をしている。
これじゃまるで、俺がバカみたいじゃん。
「まーちゃんが優しいのは分かってる。
けど、どっからどう見てもアホやん。
我ながらびっくりしてるくらいやで」
「トンちゃんは、ゲームの世界しかなかったんだよ。僕もそう。
誠じゃなく、マコとして居る時だけが、本当の僕だったんだ。だからわかるんだ。
だからトンちゃんのこと、バカになんてしないよ」
「…………。ありがとな」
何の縁なのかは分からないけど、こうして会えたのがまーちゃんで良かったと思う。
今はただ、その想いしか湧き上がってこなかった。
「んじゃ! 昔話は終わり! お疲れ様!」
「…………」
「なんやその顔は」
「ごめんね、辛いこと思い出させちゃって」
「それはお互い様やろ?」
「…………」
「はい! 湿っぽいのも終わり!
せっかく久々に外出たのに、家の中より息つまるわ!」
「ごめん……」
「ごめんやなーい!!」
わしわしと頭を撫でれば、下手な笑顔が返ってきた。
「やっぱ、まーちゃんはこっちでも笑ってる方がええわ!」
「へへへ……。それじゃ、出よっか」
「せやな!」
荷物をまとめてホテルを出る。
駅まで一緒に歩いて、改札で別れた。
けど、このままだともう会えない気がして……。
「まーちゃん!」
「へっ? なに?」
「また一緒に遊びに行こな!」
「……うんっ!」
笑顔で大きく手を振る姿は、紛れもなく俺の知るまーちゃんだった。




