58.大失態
「 や っ て し ま っ た … … 」
気付いた時には、時すでに遅し。
ビジネスホテルの一室で、俺は朝を迎えたわけだ。
記憶を呼び起こすも、データが破損しているようで、おぼろげにしか思い出せない。
ただひとつ言えることは、大失態を晒したということだけだ。
隣で寝息を立てる相手は、まだ目覚める様子はない。
ここでとるべき行動は……。行動は??
えーっと。運営さん、選択肢の表示お願いします!
なんて思っても、そんなものあるはずない。
何を考えるにも、痛む頭をどうにかせねばと、洗面所へ向かえば、鏡の中のひどい顔の俺と目が合った。
せっかくだ、シャワーを浴びよう。うん。
少し冷たい雨に打たれるように、体を洗い流す。
混乱していた思考も、頭が冷えると共に整理されてきた。
そうだな、とりあえず……。土下座かな……。
おぼろげに、泥酔する俺をまーちゃんが運んでくれたことは思い出せた。
かなり重いだろうに、悪いことをしてしまったな……。
あとは、うん。わからん。なんでそうなったのかもわからん。
まぁ、わからないことは考えないでおこう。そうしよう。
ともかく、まーちゃんが起きたら詫びを入れるということだけ決めて、俺はシャワーを止めた。
身なりを整え戻れば、のびをしながら笑顔で俺を迎えるまーちゃんの姿があった。
どうやら、この現実の運営さんとやらは、俺に容赦がないようだ。
「おはよ……、ええっ!?」
ズバッと目にも止まらぬはやさで土下座体勢。
やること決まってるなら、即座に実行。ためらいなど不要、それが効率第一主義。
「申し訳ありませんでした!!」
「ちょっと!? どういうこと!?」
「酔っていたとはいえ、ひどい醜態を……」
「そっ、それはいいから起き上がって! ね?」
「あの、えっと、その……」
ぐいっと腕を引っ張られ、目が合う。
ほとほと困ったやつだと軽蔑するような、そんな顔だったらどれほどよかったか……。
今のまーちゃんは、まるで子どもをあやす親のような、そんな顔なのだ。
いや、そんな顔されても、どう反応していいかわからん……。
「昨日は、ちょっとはしゃぎすぎちゃっただけ。ね?
だから、気にしなくていいの!」
「は……、はぁ……」
「それに、僕も楽しかったしね」
「そう……?」
「うん。ほら、こっち座って」
「はい……」
促され、ベッドの縁に二人で座る。
まーちゃんは、少し不満げに俺を見たあと、少し裏のあるような笑みを浮かべた。
「はいじゃないでしょー!」
「ちょっ!? なに!? やめっ、くすぐったい!!」
むぎゅっと抱きつかれ、お腹まわりにたっぷりついた肉を揉みしだかれる。
ゲームでもこっちでも、まーちゃんはスキンシップが過剰だ。
「降参! 降参やから!」
「ぷっ……。ふふっ……」
「ホンマまーちゃんは、こっちでも変わらんのやなぁ」
「…………。そうでもないよ」
さっきまでの楽しそうな空気がすっと気え、少し寂しげな顔をした。
あまり聞かれたくなさそうだけど、他の話題もない。
それになにより、俺はまーちゃんがどういう人なのか知りたかった。
「そうなんか?」
「相手がトンちゃんだから。それだけ」
「ワイって、そんなに話しやすいかなぁ?」
「んー……。それはどうだろ?」
にっと笑い、少し意地悪げに言う。
コロコロ変わるその表情の裏には、どんな本音が隠されているのか……。
『本気で好かれてると思ってた? マジウケるんだけどwww』
ふっと脳裏に過去の映像がフラッシュバックして、ブルブルと頭を振る。
思い出さないように、そう考えるほどに思い出されてしまう、過去を組み伏せるように。
「どうしたの?」
「なんでもない。ちょっと昔のこと思い出しただけ」
「そう……」
ふわふわと浮き沈みするまーちゃんのテンションが、二日酔いでそう見えるのか、それとも本当にそうなのかわからない。
けどなんだか、悲しそうに見える瞬間があるのだ。
ふわふわと、静かな時が流れる。
「あのね……。僕の話、聞いてもらっていい?」
ふわりとした声が、耳に届いた。




