05.チキンなブタ
「はぁ……。昨日は散々やったわ……」
散々と言えるほどの試行回数はないと、自分の言葉に自分でツッコミを入れつつも、今日も今日とて噴水裏待機だ。
残り時間はまだ余裕がある。この姿なら、タイムアップまでの時間は10倍されるから、元の姿に戻らない限りは急ぐこともない。
そして行動しない時はスリープモード。この間とログアウト中は、カウントが進まない。
これらを駆使してうまく立ち回れば、なんとかなると思う。というか、そう思いたい。
「カウントはあと23時間と45分くらいか。育成も考えたら、急がんとマズイな」
結婚システム、それは相手がいても、すぐにできるものではない。双方が一定レベルまで達している必要がある。
そして、俺の求める相手は、剣士でなく魔法使いでない相手。つまり、完全生産職。
戦って、敵を倒さないと経験値が貰えないこの世界においては、最も育成難易度が高いルートだ。
そのせいで大抵は戦闘スキルも取るし、専業にしようなんてバカはいない。
茨の道どころか、道が途中で崖になってるようなものだからな。
そんな茨の道を進む者、それが俺の求める人材なのだ。
「…………。高望みしすぎやろか。せめて魔法はアリでもええってことにしよかな」
少しの妥協案を考えながら見ていると、新人ではない二人が噴水前に来るのが見えた。
まぁ、誰でも入れる場所だし、待ち合わせ場所にする人も多い。だからそれは別段変でもないのだが……。
「なんやあの二人。獣人……、というかほぼ完全ケモノ系ってのはめずらしいな」
一人は、赤い毛並みの狼。二足歩行で、下は七部丈くらいのズボン。
そして上半身は人間用だが、露出の多い革製防具を付けている。
腹側は白い毛で、鼻あたりまでその白い毛が続いている。
そして真っ赤で、鋭い目つきが特徴だ。
もう一人は完全にデカいネズミ。緑の目と、頭に乗せた葉っぱの花冠が特徴的だ。
花も一応あるが、小さいのが数個なので、花冠というよりは草冠だ。
手や足、そして長い尻尾に蔓が巻き付いていて、なんだか木属性のキャラに居そうな感じだ。
そんな二人は連れ添って歩き、ネズミの方がその深い緑色の目で、キョロキョロと周りを見回している。
そして、出てきた初心者であろう人たちに、声をかけて回っているのだ。
「なんやアイツら……。はっ!? まさか同業者か!?」
こうしてはいられない、優良物件を取られてしまう!
そういう考えがよぎったものの、昨日のことがあって、なかなか飛び出せない。
このまま指を咥えて見ているだけなのか……。
いや、今の俺には指じゃなくて蹄しかないんだけど。
「くっそ、なんでよりによってワイがおる時にやりよるかな……。
今日は諦めるか? いや、そうなるとまた一日クソみたいに時間潰す事になるしなぁ……。
ログアウトはしたないけど、かといって制限時間が……」
ぐるぐると悩んでいる間も、二人は出てくる新人に次々と声をかけている。
まったく、俺もあんな風にグイグイいけるタイプだったら、などと少し羨ましくなった。
「しかしアイツら、取っ替え引っ替えやな。
声かけても、ほん数分も喋っとらんやないかい……。ナンパでわんこそばすんなよ!
ん? いや、あれが正しいナンパスタイルなんか?」
ナンパなんてした事ない俺にとっては、どっちが正しいかなんてわからなかった。
けどまぁ、相手の方が一枚上手なのは確かだな。
せめてナンパ術を盗んでやろうと見ていれば、他の人とは違って長く喋っている相手がいる。
相手の見た目は赤髪をくるくると縦ロールにした少女。
顔はちょっと遠くてわかりにくいが、かなり可愛い。
あれはキャラメイクだけで5時間くらいかけてそうだ。
その子は、初心者装備のシャツの裾をいじりながら、少し俯き気味に二人と話している。
いきなり話しかけられて、困っているようだというのは感じ取れた。
感じ取れただけで、すぐに助けに行くほど、大胆な性格はしていない。
俺は見た目こそ黒豚だが、その精神は鶏だ。
「いやでも、ここで助けたらナンパ成功するんちゃうか……。
でもでも、そんな下心で行くのもなぁ……。あいつらとかわらんやん……」
そうこうしていると、ぐいぐいとネズミの方が彼女に近づく。
近づかれた子の方は、逆にじりじりと後ずさっている。
「あー! 見てられへんわ!! 待っとき! 今助けたるからな!!」
そうして空飛ぶブタは、三人の間に割って入ったのだった。