表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

8/10

8、続・女性ボーカル

 クーラと次の曲に向けてのイメージのすり合わせをしている時、それは起こった。


 お互いに近い距離には住んでいないので、ちょっとした相談事はチャットアプリで済ます。


 また、長くなりそうな話や、互いの意見のすり合わせが必要なときには、ビデオ通話を使う。




 で、今日は、ビデオ通話だった。


 俺は作曲でも使用しているパソコンの前に座り、画面に映った「キレてしまったクーラ」を眺めていた。




「ちょっと! なんとかいいなさいよ、イネ! 人をアサガオ観察してる感じで見てるんじゃない!」


「いや、そんなことはないけど」




 アサガオはこんなにうるさくないからな……。




 ことの発端はただの一言だった。


 一言、俺が『涼白に曲を提供することにした』と言ったとたん、これだ。


 やれ「浮気」だの「唾をつけたのはあたしなのにぃ、きぃぃぃ」とか、嘘か本当かわからない対応が長時間続いている。


 途中、面倒くさくなってミュートにしていたら、普通にバレて、チャットアプリの通知音が消えなくなったので、そこは素直に謝って、再び元どおりとなっていた。




「イネは、わたしの相方なんだから、わたしの曲を作ってよ!」


「相方かもしれないけど……、でもレンのときは、むしろお前が仲介してきたんじゃん。同じレーベルに、俺のファンがいるとかなんとかいってさ」


「あれは、勝てるから。わたし、勝てるから」


「親しき仲にも礼儀を持てよ……」




 俺からしたらどっちもどっちのイイ性格してるよ……。




「とにかく涼白さんに曲は作っちゃダメだから。約束だから」


「だから、なんでだよ。一曲くらい良いだろ。正体をばらすわけじゃないんだから」


「わかってないのは、イネだから――」




 途端に、クーラの声が静かになった。


 俺は茶化そうとしたが、できなかった。


 なぜかその時のクーラは、ただただ正しいことを口にするだけの存在に見えた。


 俺は身構えた。




「イネが、個人とのやりとりの楽しさに気がついたら、もう皆に曲なんて作らなくなる。きっと誰かの為だけに曲を作りたくなる。それはきっとイネのためにはなるかもしれない。でも、わたしとの関係は終わっちゃうよ。だってイネだけ別人になるんだから」


「……意味がわからない」


「わたしは、みんなのうちの一人でしかないから。オンリーワンじゃない」


「そんなわけないだろ。仲間だよ、俺の」


「ありがと。でも違うんだよ――ごめん、今日はもうここまでにしとく。曲の意見はあとでメールで送るから」


「うん。わかった」


「……じゃあね」


「じゃ――」




 別れの言葉を言い終える前に、クーラのほうから通話が切られた。


 俺は無意識にあげようとしていた右手を下ろす。




 椅子の背もたれに体重をかけて、天井を見た。




「意味、わからねーよ」




 そう。


 意味がわからない。


 なのに――なにかを心のどこかが動かそうとしている。




 だって、俺は涼白の歌詞を早く見てみたいと、思ってる。


 それは俺にとって、初めて約束した遊園地に行く約束みたいに、心が浮き立つような出来事なのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ