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3/10

3、女性ボーカル

 土曜日の夕方。


 次に出す曲に関する打ち合わせの日。


 少し早めに到着してしまい、案内された会議室でスマホをイジっていたら、思わずスクショをしてしまった『涼白のプロフィール写真』が出てきた。




 相変わらず何度見ても面白い。


 クール系を全力で返上して、めちゃくちゃ嬉しそうに自撮りしてるのに、肝心の写真がブレッブレなのが、地味にくる。


 光源が少ない中で、下から上にずらしてしまったのか、光の線が、写真の中をめぐっている。目を細めると下手な集中線を入れた、漫画の一コマに見えなくもない。


 で、自信満々な涼白の顔――やばい。まじ、何度みても笑えるわ……。




 会議室のドアの開閉音。


 誰かが入室する気配。




「なーにニヤニヤしてんのよー」




 すぐにクーラの声がした。


 顔をあげると、眼前にクーラの顔があったので、身を引く。こいつは距離感が時折おかしい。やたらと胸を揉ませようとしてくるあたり、俺は美人局を疑っている。




 世間に対するクーラの印象はミステリアス。


 だが私生活ではこの通りである。当然、ウサギの面はしておらず、大学生らしい化粧と服装でまとめていた。


 髪はショートカット。かなり明るく染めている。ウサギの仮面が選ばれただけあって、元からウサギ顔というか、目がくりくりとしている。最初はかわいい奴かな、と思ったけど、付き合えば付き合うほど、うるせえ奴だった。




 一回、家に泊めさせてもらったときなんて、酒の一升瓶を抱いて潰れていたと思ったら、なんの間違いか俺を一升瓶と間違えて、抱きついてきた。


 元々、カラテか何かの学生女子チャンピオンだったとかで、その膂力は凄まじく、結局朝まで身動きができなかった。


 寝違えていてもおかしくなかったが、でかすぎる胸が枕代わりになったので、翌日は、何事もなかったかのように過ごすことができた。




 クーラの今日の服装は、やけに短いスカートと、なぜかゴテゴテとしたジャケット。音楽活動の日なので、攻めたい気分なのだろう。


 日によって、パンクっぽい服装になることもあれば、アメカジで無難に納める時もある。


 こいつは感情豊かで、それがめちゃくちゃ良いレコーディングにつながることもあれば、歌えば歌うほど悪くなることもある。


 市街地で乗り回すスポーツカーみたいな奴だなあ――なんて、俺たちのプロモーション方面全体をまとめてくれている女性プロデューサーが言っていたっけ。




 クーラと初めて会ったときから、会話の主導権は握られている。


 というよりもクーラがよく喋るから、ついていけないのだ。


 ちなみにクーラの元ネタも本名。




倉木凜音くらきりおん』だから、クーラ。色々と雑だよな、俺たち。




 クーラの言葉を受けて、回転椅子を180度回転させて――いや、それだとスマホの画面が見えちまうと考え直し、90度で止めて、あからさまに息をはく。




「別にニヤついてないけどな」


「嘘つくんじゃないわよ。ニヤニヤしてたでしょーが。あ、まさか、あれだな? 好きな女の子でもできたとか? はは、うける、そんなことないか」


 


 あはは、と笑うクーラに気の利いた言葉をかけたかったが、出てきた言葉は、早口の言い訳がましい言葉だけだった。


 なんか、今日、調子が悪いのだろうか……?




「……アホらしい、そんなわけないだろ、バカかよ」


「まじかよ」




 クーラは見ようとしていた、自分のスマホを机に叩きつけた。


 そういう風に扱うから、クーラのスマホはすぐにボロボロになる。




「あんた、ほんとに好きな人できたわけ? 他人に興味のない、あんたが?」


「興味あるよ、ひどいこと言わないでくれますかね」


「うそつけ。あんたの他人ってのは、集合知みたいなもんなのよ。個人じゃないの――まあいいわ。それにしても、どんな子なわけ? ぶっちゃけ、わたしより可愛い子じゃない限りは、許さないから」


「いよいよ意味がわからねえ……」


「スマホをチェック!!」


「あ!?」




 涼白が表示されたままのスマホを手からサッと抜かれてしまった。


 止める間もなくクーラが画面を見る。それから椅子から滑り落ちた。




「なんだよこの残念美少女! ブレブレじゃん! あ、でもこれ……このまえのライブ会場……? ……え? うそ、ま、まさかあんた、禁断のファンに手を出して、そのまま童貞卒業――」


「してねえよ!」


「してないって、手を出してないほう? 童貞卒業のほう?」


「……手を出しないほう!」


「ふっ……イネくんはまだ童貞、と」


 こいつ、はっ倒してやろうか……。


 俺は我慢して、事実だけを口にした。


「この前のライブ会場にクラスメイトが偶然、居たんだよ!」


「はぁ? たった数十人のなかに? 数万人の応募があったのに?」


「そうだよ。ウソじゃない」




 俺はスマホをふんだくった。


 クーラは、俺をじっと見つめたとおもったら、いきなり地面につっぷした。机ではなく、床である。汚いと思うけど、気にならないらしい。




「うわああん。イネが他の女にとられたよおおおう。かなしいいいい、くやしいいいい」




 何言ってんだか……。




「そもそも俺はお前のもんじゃないし、涼白もそういう相手じゃない」




 俺の言葉に、サイコロの目が変わるみたいに、ガバッと起き上がるクーラ。




「涼白さんっていうんだー? おっぱい大きい? あたしよりでかい? 鷲掴みできんの? ほら、ほら」




 わざと年上みたいな余裕を出して話してくるのが、やけにイラついた。




「そんなことばかりいうなら、もう曲はつくりません」


「ああ、そんなイネ様〜、私の見かけより数倍でかいお胸を触らせてあげるからさ〜」


「いらねーよ、そんなの」


「インスピレーション大事でしょ? ほらほら既成事実カモン!」


「親父くせえ……」




 まだ一年に満たない程度の付き合いだけど、良くも悪くも気は合うのだろう。


 それから会社での担当が来て、仕事モードになるのはいつも通り。




 今日も、同じように、社員が来て、話は終わったが――。




「――あーあ。ほんとに押し倒しておけばよかった。近くにいたから余裕ぶっこいちゃったよ、おねーさんは」




 クーラが最後にぼそっとつぶやいた言葉の意味はよくわからなかった。




 そのあと「ねえ、イネ、ご飯行こうよ。あたしお酒飲みたい気分〜」と連れて行かれた高級焼肉屋の支払いは、なぜか全額俺だった。




 意味わからん。




 まあ、もっと意味の分からないやつの襲来がそのあとにやってきたのだけど。




 そいつの名前は「漣蓮さざなみれん」、十六歳、高校生。


 今、若年層に大人気のSNS発動画配信者兼モデル――で、俺と同じレーベルから歌も出してて、なぜか俺にめちゃくちゃ絡んでくる。




 絡んでくる理由が「楽曲提供」なのかと思って、一曲渡したら、なお絡んでくる。




 そんな奴が、俺が通う高校まで進入してくるなんて、ふつー思いつくか?

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