第39話 〈錬金術師!!①〉
「世話になったな」
そう言って勇者モニカが愛飛竜ロックスに乗り込む。
短い休暇を俺達の家で過ごし、そしてまた戦いの日々に戻っていくのだ。
「スライムの事は本当にすまなかった」
モニカが改めてミレーヌに謝罪をする。
二人の剣技の余波に巻き込まれて、マオが行方知れずになってしまった。
「もういいわ……アンタだけのせいじゃないからね」
ミレーヌ自身にも悪いところは大いにあった。
あの稽古の後、俺とアンナにコッテリ絞られたミレーヌは自分の責任を今は痛感している。
「じゃあ行くよ。アシュリー、アンナ、ミレーヌ……元気で!」
俺たちが言葉を返す前にモニカは飛竜に乗って大空へと飛び立って行った。
「ふぅ……モニカには何とかバレずに済んだな」
数日間の滞在だったが、何とかかんとか俺達が転職して弱くなってしまった事は隠し通せた。
魔王軍残党と最前線で戦っているモニカに隠した事がいい事かどうかは分からない。
いずれ救援要請とかを寄越されなければいいが……。
「じゃあ私はモニカちゃんが使ってた部屋掃除しちゃいますね〜」
アンナが鼻歌まじりにパタパタと走って行く。
「ミレーヌはどうすんだ?」
「……私はちょっと出てくるわ」
そう言ってミレーヌは俯き加減で家を出て行く。
おそらくマオを探しに行くのだろう。
わずかな生きている可能性を信じて。
「……さて、俺はギルドに行きますか!」
冒険者ギルドに、色付きポーションの製作者であるボンズ錬金術師からの返事が来ていないかを確認しに行く。
ここ数日はモニカがいたので、パーティーの用事は全て後回しになっていた。
「あ、アッシュさん! 返事! 返事来てますよ!」
俺の顔を見るなり、受付職員のベティが話しかけて来た。
「マジすか!?」
小走りで受付に行き返事を聞く。
「じゃあ開封しますね」
ベティがボンズ錬金術師からの返事の封を解く。
俺宛の返事の封をベティが解く事に多少の違和感を覚えたが、まあいいだろう。
ベティが返事に目を通し終えるのを待っていると、
「……会って……くれるそうです」
「本当ですか!?」
返事の遅さから、てっきり断られるかと思っていたが……。
「あ、でもアッシュさん一人にしか会わないそうです」
「??? まあ、バカ連れて行っても仕方ないんで、問題はないですけど……一人としか会わないんじゃなくて、俺としか会わないって事ですか?」
「そう……みたいですね。名指して指名されてます」
この時感じた疑問は、何故俺一人を指名したのかという事と、何故俺が一人ではなく複数人のパーティーを組んでいる事を知っているのかという事だ。
「……アレ?」
「どうしました?」
「この返事に書いてある名前……間違ってますね」
どう言うことか詳しく聞いてみると、宛先は冒険者ギルド経由でアッシュ・クロウ様になっている。
アッシュ・クロウとは女神インティーナ様が俺の正体が他人に分からないように、冒険者カードに記した偽名だ。
なのに手紙の本文にはアシュリー・クロウリー様になっているらしいのだ。
「アシュリー・クロウリーって、魔王を倒した英雄と間違われちゃってますよ」
「は、ははは。言われてみれば、少し名前が似てますもんね」
ボンズ錬金術師が何者かは分からないが、少なくとも俺の正体に気付いている。
どこかで俺の顔を見て気付いたのか、それともハナから俺の事を知っているのか……だとしたら、何故俺一人を指名するんだ?
俺の正体に気付いてるんなら、アンナやミレーヌの事も気が付いていそうなものだが……。
「とにかく会ってみるしかないか」
ベティからボンズ錬金術師からの返事を受け取り中を確認する。
返事には待ち合わせの日時の指定もしてあった。
「──!? 明日じゃねーか!」
こうして色付きポーションの製作者である、ボンズ錬金術師との面会は急遽叶う事になった。
俺はその日を落ち着き無くソワソワと過ごし、何故だか好きな女性とデートする前の思春期の男の如く眠れぬ夜を過ごし、気付けば朝になっていた。
「フ……ヘヴィな朝だぜ……曇ってやがるのに世界が眩しく見えやがる」
寝不足だからである。
窓から差し込む朝日に目を細めるながら、ボンズ錬金術師に直接効果を聞くために、手持ちの色付きポーションを腰の道具入れに収納する。
ダイニングで朝食を取っていたミレーヌとアンナに出掛けて来るとだけ伝えると、二人は少しだけ訝しむ様な顔をしたが、その後は快く送り出してくれた。
ついに──ついにボンズ錬金術師との面会が叶う。
ボンズ錬金術師の年齢も性別も知らないが、昨日から胸のドキドキがおさまらない。
俺が花も恥じらう十代半ばの頃に流行った知らない相手と文を交わす文通。
誰とも知れず始めた文通相手と初めて顔を合わせる時もこんな感じなのだろうか?
お互い顔も知らない相手と、手紙のやり取りをしてゆっくりとお互いを知っていく……手紙を出して返事が返ってくるまでの何とも落ち着かない時間。
相手にちゃんと手紙は届いているのだろうか?
それとももう返事は返っては来ないのだろうか?
そんな事を繰り返し自問自答して、郵便受けを何度も確認する日々。
そんは面映い時間がさらに相手への気持ちを高めてゆき、その思いはいつしか『恋』へと昇華してゆく。
普通に考えれば、会ったこともない顔すら知らない相手に恋をするなんて異常だ。
だが人の心とはままならない物である。
時として、その異常さが燃え盛る『恋』の燃料となり得るのだ。
ガラスに映る自分にカーテシー。
これで挨拶もバッチリだ。
────……ハッ!? さっきから俺はいったい何を考えているのだ?
別に俺は片思いしている相手に会いに行くわけじゃないんだぞ?
ダメだダメだダメだ!
会う前から自分を見失ってどうする?
それでは相手のペースで話しが進んでしまう。
しっかりしろ、アシュリー・クロウリー!!
【星屑の魔道士】とまで呼ばれた俺が、たかだか錬金術師にチョロっと話を聞きに行くだけで、何を舞い上がっているのか?
そりゃあ? 貴重な青春時代を魔王軍との戦いに全て捧げてしまったので普通の恋愛などした事はないが、俺はカイほどじゃないがモテるんだぞ?
自分で言うのもアレだが、見た目もそんなに悪くない……いや、イケメンの部類に入るハズ。
そして何と言っても魔王を倒した英雄でしかも貴族で、『金』もある。
そんな俺が出身国であるノルガリアの王都の目抜き通りを歩けば、たちまち美女が群がってくるものだ。
オイオイお嬢さん方、俺の体は一つしかないんだぜ? お相手は順番だ。
────……ハッ!? イカンイカン……意識が妄想という名の翼を得て想像の世界の大海原に飛び立ってしまっていたではないか。
これではまるで俺がボンズ錬金術師に恋をしてしまっているようだ……いや……もしかして恋をしているのか?
待て待て早まるなアシュリー!
相手は男か女かも分からないんだぞ?
今はただ、中々来なかった返事といきなりの会う約束で舞い上がってしまっているだけだ。
もし、この気持ちを恋と認めてしまった後に、ボンズ錬金術師が男だったならどうする?
新しい扉を開けるのか?
いや、開けはしない。俺は至ってノーマルだから。
だが女だったならどうする……その場合は認めてしまってもいいのだろうか……クッソー!
会う前から俺の気持ちを散々弄びやがって!
なんて奴だ!
「……ねえ、さっきからアンタ何やってんの?」
ビックぅぅぅ。
あまりの驚きに心臓が大きく跳ねる。
「脅かすなよ」
俺は急に脅かされた事に、少しだけ腹を立て強めの口調で言ってしまう。
「出かけて来るって言って玄関出たところでずっと立ち止まってるんだもん。そりゃ声掛けるでしょ」
……しまった。
あまりにもドキドキして、玄関を出てすぐにいろいろと考え込んでしまっていたみたいだ。
まさか一歩も進んでいなかったとは。
────……ハッ!? こんな所でいつまでもグズグズしているわけにはいかない。
ボンズ錬金術師との待ち合わせに遅れてしまう。
「今度こそ行ってくる」
俺はミレーヌにそう言って走り出した。




