第36話 〈勇者!!〉
ウイジン湿原でのスライム捕獲から約一ヶ月が経ち、フーバスタン帝国に本格的に冬が訪れていた。
「申し訳ありません。まだお返事は来てないですね」
「そうですか……分かりました。また来ます」
冒険者ギルドに依頼した、ボンズ錬金術師との面会依頼の返事はまだ来ていなかった。
ベティが返事だけでも早くするように催促してくれるようだ。
だがやはり錬金術師、一筋縄ではいかない。
しかも色付きポーションなる物を密かに開発していた凄腕の錬金術師ともなれば、己の身を守るために情報を徹底的に制限していても、なんら不思議ではない。
ただの偏屈な錬金術師な可能性もあるかのだが……。
今日はクエストには行かずに、捕獲したはいいが全然懐かない紫色のスライムをテイムするための訓練をする予定なので家へと向かう。
冒険者ギルドを出て、寒風吹き荒ぶ中一人歩いていると、人混みで誰かと肩がぶつかってしまった。
「あ、すみません」
「失礼」
お互い謝意を示してそのまま進もうとすると、ぶつかった相手に唐突に話しかけられた。
「アシュリー……アシュリーじゃないのか?」
────誰だ!?
このフーバスタン帝国で俺の本名を知っている人間に出くわすとは……。
しかも、アシュリーと呼び捨てで呼ぶ奴なんて限られて────!!
俺はその人物の顔を見て、痛いくらいに心臓がドキッとしたのを感じた。
「あ……あ……お、おま……」
あまりにも驚きすぎて声が出ず上手く喋れず、鼓動はうるさいくらい早くなり激しい動悸を感じる。
燃えるような赤い髪をポニーテールで縛った美しい女性。
白く輝く聖なる鎧は、今は身につけていないが間違いない。
俺と肩がぶつかった相手は、俺達四人の魔王討伐パーティーよりも有名人……もしかしたら、この世界で一番有名かもしれない人物だったのだ。
「やっぱりアシュリーじゃないか!! 久しぶりだな。君ほどの有名人と帝都で会えるなんて思いもしなかったよ。嬉しいなぁ、元気だったかい?」
「あ……ああ。久しぶりだな……オマエも元気そうで何よりだ」
俺とぶつかり声を掛けてきたのは世界一の有名人、勇者モニカ・リリエンタールその人だった。
突然の再会に俺はオドオドして目を合わせられなかった。
「懐かしいなあ。いつぶりかな? アシュリー達が魔王城に乗り込んでいく少し前に会ったのが最後か……一年ぶりくらいか?」
「そ、そうかな? 会えて嬉しかったよ、じゃあな」
俺はそそくさとその場を離れようとする。
調子に乗って、勇者モニカよりも先に魔王ランブローザを倒してしまってからは、気まず過ぎて絶対に会わないように立ち回って来たのだ。
それに俺が転職した事も知られない方がいいだろうとの判断からだ。
「待て待て待て待て。久しぶりに会ったというのに相変わらずアシュリーは冷たいな」
俺は昔からこの女がどうにも苦手で可能な限り避けてきたのだ。
「モニカほどの有名人は忙しいだろ? 邪魔しちゃ悪いから俺は行くよ」
そう言って去ろうとすると、肩をガシッと掴まれる。
痛っ!! 何気なく掴んでいるつもりなんだろうけど、痛いからね?
言えないけどレベルが下がって耐久力も下がった俺には、モニカの握力は肩の骨が砕けてもおかしくないからね?
「用事は済んだところなんだ。どうだ? 積もる話もあるし、再会を祝して食事でもどうだ?」
マジで勘弁して下さい。
「いや……俺はアッチの方で用事があるから……」
何とかこの女勇者から逃げ切らねば……。
「ならば、その用事に私も付き合おう。今を逃せば次はいつ会えるか分からないからな」
「いや〜……どうかなぁ? 用事も先方がいて俺一人じゃないし……」
「なにも同席するなんて言っていないさ。離れたところで待たせてもらうよ」
この女の空気を全く読まないところは相変わらずだ。
まあ、空気なんて読んでいたら勇者なぞ務まらないのかもしれないが……。
「いや、本当にちょっと無理って言うか……」
「お〜い、アッシュさ〜ん!! 遅いから迎えに来ましたよ〜!!」
うっわ最悪……このタイミングでアンナの声だ。
なかなか帰らない俺を迎えに来たらしい。
オメーも少しは空気を読んだらどうだ? うん?
「アンナ!? アンナじゃないか! 君も帝都にいたのか!?」
「へ? キャーーー! モニカちゃ〜ん! なんで? なんでアッシュさんと一緒にいるんですか〜!?」
モニカとアンナが喜びの余り抱き合う。
終わった……。
完全に終わった。
アンナは俺たちパーティーの中では一番モニカと仲がいい。
そのアンナとモニカが再会してしまっては、もうどうにもならない。
「いや、偶然アシュリーと肩がぶつかってな。それにしてもアンナまでいるなんて。 アシュリーを呼びに来たようだったが、アシュリーの用事とは君のことか? 今もパーティーを組んでいるのか?」
アンナよ!
敵に余計な情報を与えてはならんぞ!
俺はアンナに向かって、分かっているなとバチバチとウインクを繰り返す。
アンナも分かってるとばかりにウインクをして返す。
「私だけじゃないですよ〜。ミレーヌちゃんも一緒ですよ〜!」
おいコラ、アンナ。
「何!? ミレーヌもか!?」
「そうですよ〜。私達一緒に住んでるんです!」
「ちょっと待った! モニカちょっと待っててな」
俺はちょっと待ったコールをしてから、モニカとアンナの会話に強引に割り込みアンナを引き剥がした。
そしてモニカから少し離れてアンナに耳打ちをする。
(オマエはバカなのか? 余計な情報与えてどうする!)
(へ? 久しぶりに会えたんだし情報交換をと思って……)
(バカヤロー! 俺達が転職したのがバレたらどうする!)
(別にモニカちゃんは何も言わないと思いますけど?)
(違う違う。モニカは何も言わないだろうけど、モニカの気持ちを考えろよ!)
モニカは五歳の『星見の儀』で勇者の才能アリと判明してからずっと勇者として生きてきた。
魔王を討ち滅ぼす事を宿命とされ、その小さな体に世界中の期待を背負い、人生の全てを魔王軍と戦う事に捧げて来た女なのだ。
それなのに魔王は俺達に討たれてしまい、せめて残りの残党はと戦いに明け暮れている。
そんな人間に対して、魔王を横取りするかのように討った人間達がもういいよね? あとは任せたよとばかりに勝手に転職して自由に生きていたら、どんな気持ちになるだろうか……。
勇者であるモニカには転職なんてする事は出来ないし、勇者をやめて自由に生きる事など出来ないのだから……。
(……すみません。モニカちゃんの気持ちを考えていませんでした)
(分かったら何とかして切り抜けるぞ)
(了解であります)
俺とアンナは耳打ちを終えモニカの元へと戻る、
「いや〜、ごめんごめ……うわああぁぁああ!!」
「あわわわわ」
俺達の目に絶望的な光景が飛び込んできた。
なんと、勇者モニカとクッキーとスライムを連れたミレーヌが既に遭遇してしまっていた。
「ミレーヌも元気そうだな。 会えて嬉しいよ」
「アラ? 私はそうでもないけどね」
勇者であるモニカと剣士だったミレーヌは、事あるごとに比べられていたので、ミレーヌが一方的にウンザリしているのだ。
「ふふ……君は変わらないな。そのタイニーウルフは君のペットかい? それにそのスライムは……?」
「クッキーはペットじゃなくて、テ……」
「そうそうペット、俺たちで世話してんだ。スライムはなんか懐いて付いて来ちゃってね〜、困ってんだよね、ははは」
おバカなミレーヌが秒で転職したことを教えてしまいそうなので全力で止めに入る。
ミレーヌは状況が飲み込めず釈然としない様子だったが、アンナがコッソリと説明したようだ。
「そうか、君達は相変わらず仲がいいな。私のパーティーも仲は悪くはないが、君達のソレとは違う感じがするよ」
「そりゃ私達は一緒に魔王をたお……ゴるべーザっ!!」
余計な事を言いそうだったミレーヌのみぞおちに、アンナの肘が高速で突き込まれ、ミレーヌが変な呻き声を上げた。
「そ、それでモニカちゃんは何してたの?」
アンナが話題を上手く変えた。
「私か? 魔王軍残党のコミュニティを一つ潰したから少しの間休暇を取る事になってな。皇帝陛下に報告に来ていたんだよ」
「さすがモニカちゃん! 凄い!」
「ああ、お前がいれば世界は安心だな!」
「何よ残党ぐらいで……私達は魔王をた……ハーゴンッ!!」
またしてもアンナの高速の肘がみぞおちに突き刺さり、ミレーヌが変な声を出す。
「皇帝陛下もお前達が帝都にいるなら教えてくれれば良いのにな。あれ? そう言えばカイは一緒じゃないのか?」
いくら大陸同盟に加盟していないフーバスタン帝国とはいえ、魔王を討った英雄が滞留するのだから大陸同盟から皇帝に連絡が来ているはずだとモニカは思ったのだろう。
「俺達はお忍びで来てるんだよ。国許では気が休まらなくてな。それにカイは来ていない」
「そうだったのか」
「そうなんです。モニカちゃんは今から実家に帰るの?」
「いや、そこまで長い休暇じゃないからな。宿を取ろうと思っていたところだ。流石に城に泊まる気にはなれなくてな」
「アラ? なら私達の家に泊めてあげてもよくってよよ?」
────!?
なんでミレーヌは余計な事ばかり言うんだ。
今の流れなら上手く誘導すれば別れられただろうが!
「いや、さすがにそこまで図々しくはなれないよ」
い・い・ぞ! い・い・ぞ! モ・ニ・カ!!
ガンバレ! ガンバレ! モ・ニ・カ!!
「勇者なんて図々しいものじゃない? どうせ勝手に人の家に入ってタンスや壺を漁ったり、宝箱奪ったりしてるんでしょ!?」
オマエはどこの世界の勇者の話をしているんだ。
「さすがにそんな事はしないさ」
「でもモニカちゃん、勇者相手だと宿側も気を遣うでしょうし、ウチにおいでよ〜」
……くっ、アンナまで……ミレーヌがお馬鹿過ぎて霞んでたけど、アンナも知力Fの相当なお馬鹿さんだった。
「まあ、気配隠蔽のスキルでどうとでもなるけど……まだまだ話足りないしな。お世話にならせてもうよ」
知ーらない、俺知ーらない。
どうなっても俺は責任もたんぞ。
こうして勇者モニカが俺達の家に泊まる事になった。
モニカは荷物と飛竜ロックスが城にあるため一度戻る事になり、道案内のためにアンナが付いて行ったのだった。




