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第33話 〈ヘイ、お待ち!!〉

 

「アッシュさーん! お待たせしました〜。手をキレイに洗って下りてきて下さ〜い!」



 ついにオシスの準備が整い、アンナに呼ばれてしまった。

 地獄の晩餐の幕開けだ。



「頼むぞ、色付きポーション」


 俺は色付きポーションを入れた動画入れを手に、トボトボと自室からダイニングに向かう。

 部屋を出た瞬間から、ビネガーの香りが鼻を刺激している。



「へい、らっしゃい!!」


「は?」


 頭に捻り鉢巻きをしたミレーヌとアンナが俺を迎える。



「らっしゃい! 何から握りやしょう!?」


 展開についていけない。



「わかんないの?」


「ジャパングでは、こうやってその都度注文しながら食べるオーダー方式なんですって〜」


「な、なるほど……じゃあ試しに一つ……この赤身の魚を頼む」


「はい、ブッブー! 白身やイカなんかの淡白なネタから食べるのが正解で〜す」


「……なら聞くなよ」


 なんでアンナが、いちいちドヤ顔してくるのか……イラッとする。



「まあ、そう言った順番があるのも事実だけど、ここはお店じゃないんだし、好きなネタから好きなように食べればいいわ」


 ……珍しいな。こういう食べ物のルールに関してはミレーヌはこだわりが強いはずなんだが……。



「赤身でいいのね? 握るわよ」


 そう言ってミレーヌがオシスを握り始める。

 決して手際が良いわけではないが、ミレーヌの持ち前の料理センスで見る見るうちにライスが形作られ、その上に赤身の切り身が乗せられ、更に軽く握られた。

 そしてハケでソイソースが軽く塗られる。

 少し不格好だが、とても初めて握ったとは思えない出来だ。



「お待ち!」


「おお! これがオシス……」


 俺はオシスを食べるのは初めてだが、これは一口サイズで中々旨そうだ。



「好みで、このワサビを少しだけ付けて食べてみて」


「ちなみにジャパングではデフォルトで入っています。アッシュさんが食べられないといけないので、後付けにしてみました〜」



 チッ。

 握ったのはミレーヌなのに、知識を披露するたびに見せてくるアンナのドヤ顔がマジで腹立つぜ。



「じゃ、じゃあ……いただきます」


 俺は手を合わせて、いつもの挨拶を済ませる。

 そして食べようかと思ったが、フォークがない事に気付いた。



「オシスは手で食べるんですよ〜」


 なるほど、だから手を洗う事を念を押されたのか。


 俺はミレーヌの握った赤身のオシスを手にとり、口に一口で放り込んだ。



「お?」


 う、美味い。

 ライスが僅かな酸味と共に、噛むたびにホロホロと崩れていく。

 そして赤身の強い旨みがライスと混ざり渾然一体の旨さを演出している。



「美味いよミレーヌ。 初めてのオシスで生魚も不安だったけど、こんなに美味いとは……むしろ魚は生の方が美味いまであるぞ!?」


「フフフ……下手くそな握りで、そんなに喜んで貰えるなんて光栄だわ」


「いやマジだって。いくら料理上手いからって、素人が作ったオシスがこんなに美味いなら、ジャパング行って本場のオシス食べてみたくなるわ。いや〜、生魚がこんなに美味いとは……」


 俺はベタ褒めされて、ミレーヌは照れてはいるが、とても嬉しそうに笑っている。



「他にも何か握る?」


「お任せするよ。適当にちょうだい」


「フ、フ、フ……私が握りましょうか? 今日作る料理にオシスを提案したのも私ですし、自信……ありますよ〜?」


「あ、大丈夫です。今ミレーヌに頼んじゃったし、何よりミレーヌからのお礼だからさ? アンナもコッチ座って食べようぜ!」


 アンナにオシスを握らせない事に全力を注ぐ。

 ミレーヌからの礼だからと言って、食べる側にしてしまえば、第二の悪魔の晩餐会事件は起きないだろう。



「じゃあ、私もお任せで!」


 ヨッシャー!

 このまま握らせずに食事を終える事が出来たならば、俺の勝利。

 アンナに隙を見せて握らせてしまったなら、俺の死亡エンド。

 このままやり過ごすぞ。



「へい、お待ち!」


 ミレーヌが不格好なりに次々と寿司を握ってくれる。

 見た目は良くはないが、どれもこれも味は抜群だ。


 俺が美味い美味い言って食べているのを見て、ミレーヌは笑顔だが、何故かアンナが不機嫌な様子だ。



「握りが甘いんだよね〜……だから持つと崩れちゃう。それに前のネタの脂が付いてたりネタにライスが付いてたりと、とにかくまだまだですね」


「ごめんねアンナ。オシスは本当に見様見真似で出来る料理じゃないわ……長年の研鑽が必要よ」


 ダンッ!


 アンナが強くテーブルを叩く。



「だから初めから私が握るって言ってるんですよ! それをお礼だからとか言って……客の口に中途半端な物入れないでください!」


「ご、ごめんね? でも……ね? アンナは……料理が……ね? アッシュそうだよね?」


「それに俺たち客でもねーしな」


 おそらくミレーヌは、最初からアンナに握らせるつもりがなかったのだろう。

 自分が握り続ければ、第二の悪魔の晩餐会事件は起きないと思っていたに違いない。



「そこをどいて代わって下さい! 私が真のオシスを見せてあげます!」


 そう言ってミレーヌを無理矢理どかし、満面の笑みでこう言った。



「らっしゃい!!」



「…………」

「…………」


「早く頼みなさい」


「じゃ、じゃあこのボイルしてあるエビで……」

「わ、わたしも!」


 俺とミレーヌの心は一つだった。

 ボイルして火を通してあるエビならば、そうそう食中毒になったりはしないだろう。

 そう思い俺はボイルしたエビを選んだのだが、ミレーヌも同じ考えだったようだ。



 不安でいっぱいな俺とミレーヌをよそに、アンナが握り始める。


 だが、そこで俺たちが見た光景は、まさに奇跡だった。


 流れるような手つきでライスを握り、人差し指にチょんとワサビを付けライスに塗る。

 そしてエビを乗せて握り形を整える。


 あの『容疑者A』が、料理に天才的センスを持つミレーヌより遥かに早く、遥かに美しいオシスを握ったのだ。



「す、凄い!」

「アンナ、言うだけあって凄いわ!」


 ニヤリと口角を上げたアンナの口がゆっくりと開く。



「へい、お待ちぃぃ!!」



 その声と共に、俺とミレーヌの皿の上に、美しいエビのオシスがのせられた。


 ……ゴクリ。


 実に美味そうである。

 見た目だけなら、ミレーヌが作ったオシスより完全に上だ。

 そしてライスとネタはミレーヌが仕込んだ物……それをアンナは握っただけなので、今までのような激マズな料理を食わされる可能性も低い。

 以前のアンナなら、何を作らせても見た目からして暗黒物質(ダークマター)だった。


 それが今はどうだ?

 完璧なまでのオシスを握ったのである。


 俺はアンナの成長に驚きと感動を覚えていた。

 魔王討伐後から再会するまでの、役半年の間に料理を頑張って勉強したのだろう。



「兄さん、姉さん……ネタが乾いちまう前に、食ってやっちゃくんね〜か?」


 俺とミレーヌが躊躇していると、オシス屋の大将になりきったアンナが食べるのを催促してきた。



「そ、そうね。いただくわ……ね? アッシュ」


 く……ミレーヌが食べるのを見てから食べようと思っていたが……。



「そうだな、いただくとしよう。せーので一緒に食べるか?」


(チッ)


 俺の言葉にミレーヌが小さく舌打ちをした。



「じゃあいくぞ?」


「「せーの……」」


 俺とミレーヌは、合図と共にアンナの握ったエビのオシスを口に放り込む。


 大丈夫……きっと、大丈夫、見た目は完璧なオシスだったんだ、味だって大丈夫だ……咀嚼を開始するんだ、俺!



 ズダァァーーーン!!


「!?」


 俺がいざ咀嚼を開始しようとすると、凄まじい音が隣から聞こえてきた。

 見てみると、一足先に咀嚼を始めたミレーヌが、口から泡を吹きながら椅子ごとひっくり返っていた。



「あれ? ミレーヌちゃん?」


 俺は全てを察知して口からオシスを吐きだした。



「オイ! ミレーヌ! しっかりしろ!」


「お……お祖父様、お久しぶりでございます。ミレーヌはこんなにも大きくなりました」


 アカン、三途の川を渡りかけてる。


 俺はお前の尊い犠牲は忘れない。

 ミレーヌが先に咀嚼を開始してくれていなかったら、俺が泡を吹きながらひっくり返っていただろう。

 ……必ず助けてやるからな。



 俺は道具入れから、色付きポーションを取り出し次々とミレーヌの口に流し込む。

 その結果、緑色のポーションを飲ませたらミレーヌは回復した。

 緑色のポーションには毒消しの効果があるのかもしれない。



「ミレーヌ、大丈夫か!?」


「う……うえーん、お口が不味いよ〜。どうしたらあの見た目から、あの地獄のような味の食べ物を作り出せるのよ〜」


「え? マズかった!?」


「マズいなんてもんじゃないわよ! 一噛みした瞬間、口に地獄が溢れたわよ!」


「あれ〜、おっかしいな〜?」


 おかしいなじゃない……本当に噛まないで良かった。



 だが、これで確定した。

 悪魔の晩餐会事件の真犯人はアンナだ。

 アンナの手は、どんな料理でも暗黒物質(ダークマター)に生まれ変わらせる悪魔の手だ。

 二度と料理をさせてはならない。



 こうして第二の悪魔の晩餐会事件は、ミレーヌの尊い犠牲と共に終わったのである。



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