第3話 〈チンザノ島へ!!〉
王都フォルテッシモでパーティーが解散してから、早くも半年近くの月日が流れていた。
魔王は討伐されたものの、未だ世界には魔物が蔓延り、魔王軍の残党も水面下で活動を続けていた。
だが魔王討伐の功を、不運にも盗られた形になってしまった勇者パーティーの活躍も目覚ましく、各地で魔王軍の残党を潰して回っていた。
さすが勇者である。
そしてここは魔王討伐の英雄の一人、【星屑の魔導士】こと、アシュリー・クロウリー男爵の領地にある屋敷である。
「ふむ……暇だ」
そう独りごちたのはアッシュこと俺だ。
厳密には暇ではない。
領地運営でやる事はいくらでもあるのだが、貴族になったとはいえ、所詮名誉男爵に与えられる領地は、屋敷と屋敷がある小さな村くらいなもので、国から派遣されてきた優秀な執事オーウェンに任せておいても、なんの問題もなかった。
そして何より、魔王を倒すため毎日が生死を賭けた日々だった冒険者時代と比べると、どうしても物足りなく感じてしまう。
毎日生きているのか死んでいるのか分からない……俺はそんな感覚に陥っていた。
「なんだかな〜……」
書類仕事をしていた手を止め、羽ペンを鼻と口の間に挟み、椅子を傾けて両手をプラプラさせる。
「みんな元気にしてっかな?」
美人だけどおっかない女剣士に可愛い顔して戦闘狂の拳闘士、それに意外にポンコツな巨乳の女神官。
よくあのメンツで魔王を倒せたものだと思う。
目を閉じ、未だ色褪せない冒険の日々に思いを馳せる。
そうだ……やはりこんな毎日はつまらない。
領地運営など執事オーウェンに任せておけば良いんだ。
それでとやかく言われるなら名誉男爵の身分など返却してやる。
俺は冒険者……根っからの冒険者なんだ。
あの何の保証もない、根無し草のような毎日にこそ、俺は命の価値を、輝きを見出せる気がする。
「そう言えば……」
今でこそ【星屑の魔導士】なんて呼ばれる大魔導士になったが、子供の頃は魔導士なんかになりたくなかった。
大人になった今でも片手で持てないような分厚い本を、何冊も何冊も読んで勉強して、精霊がどうだの魔力がどうだの、魔術理論がどうだのと毎日毎日勉強漬けの日々。
思い出したくもない灰色の日々だ。
子供の頃に憧れた職業といえば、やっぱり剣士や戦士など近接武器で戦う如何にも"漢"って職業だよな。
剣士や戦士はパーティーの中心メンバーである事も多く、子供の頃に時折り見かけた冒険者パーティーの中でも、一際輝いて見えたもんだ。
だいたい魔導士や神官なんかの魔法系職業の紙装甲は何なんだ!
敵によっては、ワンパンでやられる事も珍しくない。
ミレーヌやカイが笑って受け止める攻撃で、俺やアンナは瀕死の重傷を負うんですけど?
そりゃ、そのために防御力を上げる支援魔法や回復魔法もあるんだろうけど、その恩恵を受けるのは前衛職も一緒だしなぁ。
俺は旅を通じて、何度その不公平さに苛立ちを覚えたか分からない。
そんな事を思っていたその時!
傾けて前後に揺らしていた椅子がバランスを崩し、後ろに仰向けになるように倒れてしまった。
そしてその倒れた衝撃で、俺はある事を閃く。
「……そうだ……転職しよう!」
何で今まで思い付かなかったんだ。
そもそもこの世界には子供の頃に『星見の儀』と呼ばれる適性検査を誰もが受ける。
これの結果を受けて剣士の才がある者は剣士に、商人の才がある者は商人への道を進んで行き、12歳の『確定の儀』で正式に職業を登録する。
もちろん困難な道を覚悟で適性の無い職業になる猛者もいるし、そもそも何も適正の無かった者は『農民』や商人の下働きなど人に使われる『町人』になって生きていく。
それはそれで生活は最低限保証されており、別に悪い事じゃない。
むしろ下手に才能があり、冒険者なんかになった方が命の危険は多く平均寿命も短いだろう。
俺も5歳の時に受けた『星見の儀』で魔導士適性有りと判断されて魔導士になった。
当時の俺には魔導士の適性を無視してまで、憧れの剣士や戦士になる勇気など無かった。
もちろん魔導士適性が有ったからと言って、冒険者に必要は無いのだが、部屋に篭って魔術研究に一生を費やす気には到底なれなかった。
憧れた剣士や戦士には例えなれなくても、せめて自由に冒険がしたい!
そんな思いに駆られ冒険者になったわけだ。
そして日々研鑽を積み、微々たる前進を積み重ねながら大魔導士と呼ばれるまでになり、ついには仲間と共に魔王を討伐するに至ったのだ。
だがもう魔王はいない。
魔王軍残党や残った魔物など、勇者や騎士団などの正規軍に任せておけば良い。
俺はもう、自由に生きたっていいはずだ。
そうだ転職だよ転職!
だが、この世界の転職は簡単ではない。
『確定の儀』で登録してしまっているからだ。
この登録と言うのが厄介で、国やお役所に登録するなんて生易しいものではなく、この世界を統べる神様に、この職業で生きていきますという誓いを立てるのだ。
だからと言って不可能と言うわけでもない。
その神に、転職の許可を貰えばいい。
それにはまず俺の領地のある、ここ西の大陸のノルガリア王国から、中央大陸を超えて南の大陸と東の大陸にの間に浮かぶ孤島、チンザノ島にある神々と交信できると伝えられる神殿に行かねばならない。
飛竜に乗っても一週間近くかかる距離だが、時間ならあるし金にも困っていない。
何も問題なくたどり着く事が出来るだろう。
よし……そうと決まれば、思い立ったが吉日だ。
俺は魔王を討伐した時の装備を身に付ける。
ローブに着替えマントを羽織り、杖を手に取る。
「オーウェン! オーウェン!」
俺の呼び声に素早く反応して部屋に入ってくる執事のオーウェン……実に有能な男だ。
「ちょっと転職してくるから、領地の事は全部お前に任せる」
「ジョ、転職ですか!?」
「うん。もう魔王もいないし別にいいでしょ。好きな職業に転職して、風の吹くまま気の向くままに冒険するわ」
「ま、待ってください男爵。急に言われても困ります」
「そもそも領地経営なんて俺には向いてない。その日暮らしの冒険者が肌に合ってるんだ。ま、たまには帰ってくると思うから。オーウェンなら俺より上手くやれるよ。じゃ!」
そう言って俺は、動揺するオーウェンを尻目に走り出す。
もうこんな退屈な毎日とはオサラバして、あのスリルと冒険の日々に戻るんだ。
玄関から外に飛び出し、屋敷の裏手に回る。
竜舎に入り飛竜に飛び乗った。
そして飛竜を操り大空へと飛び立つ。
一度で神殿のあるチンザノ島までは飛竜が保たない、まずはセレモニーの行われた中央大陸にあるハウンドッグ王国を目指す。
飛竜を休ませるついでに、久しぶりに【聖女】アンナに会うのもいいだろう。
グングンと飛竜は高度を上げ、風に乗って中央大陸を目指した。
◇ ◇ ◇ ◇
「ふぅ……やっと着いたか」
王都フォルテッシモに何ヶ所かある竜着場に飛竜を繋ぐ。
「クルル……」
海を越えて飛んだ愛飛竜パージの頭を撫でて労う。
何故名前がパージなのかと言うと、初めてコイツに騎竜した時に、俺を荷物のようにパージした事に由来する。
あの頃を思えば良く懐いたものだ。
「良く身体を休めておくんだぞ」
竜着場は飛竜のために水飲み場が設けられており、別料金でエサを購入して与えることもできる。
この移動に使われる飛竜とは、とても従順で大人しい小型の竜である。
乗る人数によってサイズは変わるが主流は二人乗りの小型の飛竜だろう。
環境変化にも強く、少量の水と食料でよく飛ぶため大抵の貴族が一頭は飼っている。
一般市民は流石に飼えないので公共の飛竜を使って移動するが、普段は徒歩か馬車移動だ。
アンナに会うため、王都で一番大きい教会に行く。
アンナは魔王討伐の功績で名誉貴族になった後も、女神官として神に仕え、様々な慈善事業に従事するまさに【聖女】だ。
教会で係の者にアンナを頼む。
すると、アンナではなく司祭が出てきた。
「これはこれは【星屑の魔導士】クロウリー卿。遠い所をよくぞおいでくださいました。しかし間の悪い事に数日前から【聖女】アンナ様は王都を離れておられるのです」
ふむ……入れ違いでアンナは王都を離れていたか。
会えなかったのは残念だが仕方ない。
しかし飛竜を休ませるため王都に一泊しなければならない。
宿を取るため教会を後にしようとすると、司祭に呼び止められる。
「宿が必要でしたら、ぜひ当協会の一室をご利用ください。アンナ様からもお仲間の方が見えたら良くするようにと仰せつかっていますし、何より【星屑の魔導士】クロウリー卿に泊まっていただいた教会となれば、新しい信仰を生みそうな程ご利益がありそうです」
そこまで言うのならと一日だけ世話になり、翌日チンザノ島へと旅立った。
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