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第29話 〈雨の上がった空に……〉

 

「ミレーヌちゃん……うう」


「もう……ポーションもない……」


「クーンクーン」


 クッキーが主人であるミレーヌの亡骸に身を寄せ離れようとしない。



「クッキ〜……ミレーヌちゃんはもう……」


「……アンナだけでも……蘇生出来て良かったよ……」


 そう言いながらも、苛立ちを抑えきれずに瓦礫を蹴飛ばす。



「私が……私が転職(ジョブチェンジ)なんてしなければ……ミレーヌちゃんを蘇生して、綺麗に傷も治してあげられたのに!」


「傷はポーションで治してやれたから……いつまでもこんな所で寝かせておいちゃ可哀想だ。早く家に連れて帰ってやろう……」


「うう……ミレーヌちゃん。こんなに綺麗なのに……寝てるようにしか見えないのに……」


 アンナがミレーヌの顔をそっと撫でる。 



「私が転職(ジョブチェンジ)しなければ……私に前の力があれば……グスッ」



俺はここで一つの可能性に思い至る。


「……あ」


「どうしたんですか? そんな間抜けな声出して」


「俺さっきさ……魔法使えたわ」


「は?」


 俺はアンナが五分ゴブリンに刺された後の話を詳しく説明した。




「……なるほど。この砂時計がひっくり返って魔導士の頃のアッシュさんに戻ったと」


「うん」


 アンナは自分のと俺の砂時計をマジマジと見比べている。



「アッシュさんのは、砂が落ちていますね」


「ああ、そう言えば二回目に反転した時に力が消えたな」


「……そうですか……もしかして……もしかしてですけど、これがスキル【目覚める力】なんじゃないですか!?」


 俺達三人全員が持っているスキル【目覚める力】……。



「そう……なのかもしれない。三人とも職業(ジョブ)が違うのに、同じスキルを持ってるって不自然だもんな」


 と言うことは……。



「私がこのスキルを使えれば……ミレーヌちゃんを蘇生できます! どうやってアッシュさんは、このスキルを使ったんですか!?」


 俺は無意識に【目覚める力】を使った時のことを思い出した。



 五分ゴブリンに刺されて瀕死の状態で、尚且つミレーヌの亡骸が弄ばれそうになるのを見て……キレた瞬間に血が沸騰してるかと思うくらいに身体が熱くなったんだよな。


 その事を事細かにアンナに説明する。



「……なるほど、キッカケは瀕死の状態であることか、我を忘れるくらいの怒りなのか……はたまたその両方か……時間も余りありません。両方試しましょう」


「いいのか?」


「かつての私なら、時間が経っていても蘇生自体は問題なく出来るでしょう。ただ時間が経てば経つほど、ミレーヌちゃんに後遺症が残る確率が高くなります……急ぎましょう」


 確かにあれ以上頭が悪くなったら、取り返しがつかない。

 それも、生きていればこそだが……。



「分かった」


 そう言って俺は星屑(スターダスト)ハンマーを構える。

 コイツでアンナを殴って瀕死の状態に追い込むのだ。



「行くぞ?」



「待て待て待て〜い!」


「ん?」


 アンナに芝居掛かったセリフと仕草で止められる。



「ん? じゃないですよ! バカなんですか? 瀕死か我を忘れるほどの怒りかの二択で、なんで瀕死を先に試そうとするんですか!? それで失敗したら私まで死んでそこで試合終了ですよ! 頭が良いくせにバカなんですか? それともワザとやってるんですか!?」


「あ、ああ……すまんすまん。言われてみればそうだな。だが、どうだ? 随分と怒っているように見えるが?」


「え? あ、はい。そうですね……確かに怒っていますけど、計算通りなんですか?」


「う……うん」


 俺はアンナの目を見ずに返事をする。

 都合がいいから計算尽くで怒らせた事にしておこう。




「でも、何の変化もありませんね〜」


 アンナが自分の身体を見ているが、さっきの俺に起きたような現象は起きてはいない。



「怒りが足りないのか……やはりある程度のダメージが必要なのか……」


「そうですね……仕方がありません。ハンマーで一思いにやっちゃってくだ……」

「そーーい!」


 ドガーン!


 アンナが話している最中に、俺の星屑(スターダスト)ハンマーの一撃が左肩を捉えた。



「いったーい!! 話してる途中に殴るなんて最低! アッシュさんのバカァ!!」


 ふむ、ついでに怒らせる事にも成功したな。

 だが、これだけではダメなようだ。



「アンナ。申し訳ないけど、もう少しだけやるぞ?」


「え? ちょ、待っ……さっきのも充分痛いんですけど〜!?」


「クッキー! お前も主人の為にアンナに噛みつけ!」


 それまでミレーヌの亡骸に寄り添っていたクッキーが俺の言葉に反応してアンナに飛び掛かる。



「え? 嘘!? なんでアッシュさんの言う事聞くの? 痛! いたたたたたた……」


 いつもクッキーの世話したり、散歩に連れて行っているのが俺だから言う事を聞くんだよ!

 それに俺には魔獣使い(テイマー)の才能があるのかもな!



「そい! はいクッキー。 しょら! ほいクッキー!」

 ドガッ! ガブッ! バキッ! ガブリ!


 これこそが真の人魔一体なのかもしれない。


 俺はフッと星屑(スターダスト)ハンマーに息を吹きかける仕草をした。



「うう……ひどい……痛いよ〜」


 雨の勢いは弱まったとは言え、アンナが倒れている場所はドロドロでアンナは泥まみれだ。



「ここまでしてもダメか……何が足りないと言うのか……」


 泥まみれで泣いているアンナをよそに、俺は検証を続ける。


 あの時と今の違いは何だ?

 何かが決定的に違う気がする……あ!



「アンナアンナ! 砂時計だよ砂時計! 砂時計貸して!」


 アンナが震える手で砂時計を渡してきた。


 それを俺の砂時計と見比べてみると、俺のは砂がサラサラと落ちているが、アンナの砂時計は砂が落ちきったままだ。



「……これなんじゃね?」



 ────カラン。



 アンナの砂時計をひっくり返すと、砂がサラサラと流れ出す。


「アンナ、いまだ!」


 そう言ってアンナを見ると、すでにアンナは自分の変化に気付いているようだ。



「身体が……熱い」


 雨で濡れたアンナの身体から湯気が立ち昇る。

 それほどアンナの体温が上昇しているのだろう。

 俺も血が沸騰しているかのように感じていたから、きっとあの時の俺の身体からも湯気が立ち昇っていたのだろう。



「……戻ってる。理屈じゃない……感覚で分かります」


 アンナは立ち上がり、傷が治っているのを確認もせずミレーヌの亡骸に駆け寄る。


 神官へと戻ったアンナが目を閉じて神に祈り、聖なる魔力がグングンと高まっていく。

 そして目を開いた。



「〈完全蘇生魔法(ディア・マリア)〉!」



 アンナの祈りと共に、白とも黄色とも言えない神秘的な光のベールが、ミレーヌの身体を優しく包んでいく。

 その光の粒子の一つ一つがミレーヌの身体を修復しているのが見える。


「ふう……ミレーヌちゃんはもう大丈夫です」


「良かった……上手くいって良かった」


 だがアンナの様子がどうもおかしい……俺の言葉に賛同しない。



「何が良かったんですか? 散々無茶苦茶してくれましたね?」


 ……ヤバイ……【聖女】アンナが怒っている。



「聖属性魔法……〈神の一刃(エル・レガーデ)〉!!」


「オイこらアンナ! お前が使える最強の聖属性攻撃魔法じゃねーか!! 殺す気か!?」


 俺はジグザグに逃げながら叫ぶ。



「いっぺん死ねばいいんですよ。大丈夫です、私がすぐに蘇生してあげますから」


 そう言うアンナの目は全く笑っていない。


 放たれたアンナ最強の攻撃魔法が聖属性の刃となり、俺もろともに辺りを吹き飛ばす。

 そこで俺の意識は一旦途切れた。



「……はっ!?」


 目を覚ますと、俺は水浸しの地面に寝転がっていた。


 ……どうやら俺は一度死んで蘇生されたらしい。

 殺したのもアンナなので、見事なマッチポンプなのだが……。

 だが、俺は強く自分に言い聞かせた……アンナは決して本気で怒らせてはならないと。



「ミレーヌ! ミレーヌはどうなった!?」


 俺は五分ゴブリンにやられたミレーヌを思い出した。



「私ならここよ。心配掛けたわね……それに……マントを掛けてくれてありがとう」


 ミレーヌは五分ゴブリンに上半身の服をビリビリに破られてしまったので、俺が掛けたマントで隠している。



「良かった……とにかく良かった」


 俺は起き上がりミレーヌを抱きしめた。



「ちょ、ちょっと……」


「良かった……本当に一時はどうなるかと思ったよ」


「アンタにもアンナにも感謝しなきゃね。アンナに何があったかは聞いたけど、とにかく詳しい話は帰ってからにしましょ。みんな泥だらけでボロボロだもの」


「そう……だな」


 俺は恐る恐るアンナを見てみると、さすがに怒りは収まっているようだ。

 神官の頃の強い気配はもう無い。

 よくよく聞いてみると、俺はただ状態異常魔法で気絶させられていただけらしい。



 三人で抱き合い無事を確かめ合う。


「さあ、家に帰ろう」


 こうしてウェイカプの町のボランティアから始まった、五分ゴブリンとの戦闘は幕を閉じた。



【目覚める力】の謎といい、色付きポーションの効果といい、何故この場所に五分ゴブリンが群れで出現したのか謎は残ったが、今は全員が無事に生き残れた事に感謝しよう。




 いつしか雨は止んでいた。


 雨の上がった空に、三頭の飛竜が舞い上がり帝都メストの方角へ飛び去って行った。



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