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第27話 〈降り頻る雨の中で……〉


「五分ゴブリンだ!! 逃げろーーー!!」



 俺たちは雨の降り続ける中、廃墟となったウェイカプの町で、そこにいるはずのない魔物、五分(ごぶ)ゴブリンの襲撃を受けていた。

俺の叫び声に、ボランティアで集まった人間と、ウエィカプの町人が我先にと逃げ出して行く。



 この五分ゴブリンと言う魔物は、その間抜けな名前とは裏腹に、簡単に相手出来る魔物ではない。

 ゴブリンの中でも最悪に厄介な魔物で、冒険者の投票で決められる遭遇したくない魔物ランキングで、毎回上位に名を連ねる魔物だ。

 冒険者ギルドの単独討伐依頼ならランクはB。


 実は五分ゴブリン自体は倒す事は難しくない。

 耐久力も低く、単純な強さだけならば、ゴブリンキングやゴブリンロードには遠く及ばない。

 ()()()()()の手段さえ持っていれば、ノーダメージで完勝できるレベルの相手なのだ。


 その程度の強さの魔物の討伐依頼が、なぜBランクなのかと言うと、五分ゴブリンが持つスキル【五分五分の致命】のせいだ。

 このスキルが実に極悪で厄介なスキルで五分ゴブリンの厄介さは全て、このスキルに集約されている。

 このスキルの恐ろしいところは、五分ゴブリンの持つナイフで一撃でもダメージをくらうと、五分五分の確率……つまり二分の一の確率で、ほぼ即死させられてしまう恐ろしいスキルなのである。


 その恐ろしいスキルを持つが故に、五分ゴブリンと呼ばれるようになった魔物だ。

 このスキル一つで五分ゴブリンは、冒険者ギルドから特殊危険モンスターに指定されていて、常に注意喚起がされているほどである。



 そして、その危険な五分ゴブリンが今、雨に紛れて俺たちの目の前に五体も群れて現れていた。

 一目で五分ゴブリンと分かる特徴的な赤い目をギョロギョロと動かし、その手に鈍く光るナイフを持って。



「クヒヒヒ……」

「ケハァーー」



「はあっ、はあっ、ちくしょう……ちくしょう!」


「どうする? 私達のパーティー構成じゃ五分ゴブリン五体は厳しいなんてもんじゃないわよ?」


「分かってるよ! そんな事は!」


「ケンカしてる場合じゃないですよ! 今は逃げる事だけ考えなきゃですよ!」


「……俺が殿(しんがり)をつとめる。俺が引きつけてる間に二人は逃げろ!」


「何言ってんのよ! 私の方がレベル高いんだから私がやるわ!」


「ダメですよ~……みんなで一緒に逃げるんですよ~」


「女に任せる事じゃない、俺が残るよ。それにミレーヌは……アンナを守ってやってくれ……頼む」


 俺のこの言葉に、ミレーヌは抵抗をやめた。

 俺の言葉に本気の覚悟を感じたのだろう。


 別に女だからとか、男だからとか、そんな事は俺には関係なかった。

 最後の最後に体を張って仲間を守る……それが戦士の務めだと、子供の頃に戦士に憧れたあの日から、ずっとそう思って生きてきたからだ。



 降り頻る雨は、さらに強さを増していた。



「走れぇぇ!」


 俺の合図でアンナとミレーヌ、それとミレーヌの合図を受けクッキーが走り出す。


 俺は星屑(スターダスト)ハンマーを強く握りしめ、五分ゴブリンに殴りかかる。

 ビシャっと雨でぬかるむ地面を強く踏み込み、一番近くにいた五分ゴブリンの頭を、全力で殴りつける。


「グギィィィッ!」


 一体の五分ゴブリンが俺の一撃で気絶する。

 耐久力がないのがせめてもの救いだ。



 ……あと、四体……いけるか?


 一体の仲間がやられた事で、残り四体の五分ゴブリンから余裕の笑みが消えた。



「……へっ。こっからが本番ってか」


 四体のゴブリンはフォーメーションを使い、ジリジリと俺を囲んでいく。

 時間を掛ければ掛けるほど、不利になることは自明の理。

 完全に囲まれてしまう前に、俺は一体の五分ゴブリンに飛び掛かった。

 すると、俺に飛び掛かられた五分ゴブリンがニヤリと笑った。


 不気味な笑みを浮かべた五分ゴブリンは、おれのハンマーを受けるでも避けるでもなく、俺の体目掛けて突進してきたのだ。

 突進されタックルされた形になってしまっては、ハンマーを振り下ろせない。



「くそっ! 油断した!」


 俺は必死に五分ゴブリンを振りほどこうとするが、五分ゴブリンは離してはくれない。

 離してはくれないどころか、そのまま水浸しの地面に押し倒されてしまった。



 バシャ、バシャ。

 泥に塗れながら、必死にもがくが俺を離さない事だけに集中した五分ゴブリンからは解放される事はなかった。


 そして残り三対の五分ゴブリンがニヤニヤと笑いながら近寄ってきた。


「ハアァァァァ……」

「ケヒヒヒヒヒ……」

「ギャハハハハ!」



 ニヤニヤ、ニタニタと笑う五分ゴブリン達がナイフを振り上げる。


 ───ヤバイ!? 俺もここまでか……。


 俺は覚悟をして目を瞑った。

 目を瞑り、走馬灯とか見ないもんなんだなと冷静に考えていた、その時。


 ヒュン……パシィーン!!


 覚悟をして目を瞑っていた俺を、五分ゴブリンのナイフが貫く事はなく、代わりに俺を押さえつけていた五分ゴブリンが息絶えていた。



「……なん……で?」


 絶対絶命のピンチを救ってくれたのは、逃げずに戻ってきたミレーヌとアンナだった。

 ミレーヌの鞭で押さえつけていた五分ゴブリンを一撃で倒し、残り三体はアンナのスキル残像とクッキーのフットワークで撹乱されていた。



「なんで戻って来たんだよ!!」


 ピンチを救われたばかりの俺の言葉だ。



「フン。仲間のピンチに自分達だけ逃げるわけにはいかないでしょう?」


「みんなで協力すれば何とかなりますよ~」


「ミレーヌ……アンナ……」


 助けられた安堵感からか、俺の頬を涙が伝う。

 この土砂降りの雨なら二人に気付かれる事はないだろう。



「さ、こんな奴ら早く倒して帰りましょう。じゃないと雨で冷えて風邪をひいてしまうわ」


 そう言いながら、ミレーヌが嬢王の鞭を振るう。


 パッシィーン。


「グキャ!」


 またも一撃で五分ゴブリンの命を死に至らしめる。


「あと二体」



 俺は立ち上がると星屑(スターダスト)ハンマーを構え直し、一体の五分ゴブリンにすぐさま殴りかかった。

 だがその攻撃はオーバーモーションだったせいか躱されてしむう。

 だがそれは、俺の計算の内だった。


 俺のハンマーを躱して、次は自分の番だとばかりにニヤついた五分ゴブリンの背後から、アンナが短剣・紅を突き刺した。



「ギャ!」


 短い悲鳴と共に五分ゴブリンが絶命する。

 残り一体と思った瞬間に、パシンと乾いた音が聞こえて最後の一体の五分ゴブリンが、ミレーヌの鞭によって倒されていた。



「やった……のか?」


「やりました~! やりましたよアッシュさん!」


「ふぅ……何とかなったわね。最初はどうなるかと思ったけど……」


 ──ドン!


「え? 嘘!?」


 ミレーヌがその場に崩れ落ちる。

 そして、その背後には一体の五分ゴブリンがミレーヌの血で赤く染まるナイフを持って立っていた。



「ミレーヌちゃん!?」

「ミレーヌ!!」


 何故だ!?

 何故まだ五分ゴブリンがいる。

 五体全て倒した筈だ。


 ここで俺は一つの可能性に思い至る。

 コイツは最初の一体だ。

 他は絶命させたが最初の一体だけは、俺の星屑(スターダスト)ハンマーで気絶させただけだった……つまりコイツは気絶から覚めてミレーヌを襲ったのだ。



 ミレーヌの意識はない。

 顔色はみるみる青くなっていく。

【五分五分の致命】が悪い方に転んでしまったのだ。

 雨に打たれ、冷たくなっていくミレーヌの顔をクッキーが寂しそうに舐めている。

 クッキーには分かるのだろう……主人はもういないと言うことが……。



「うわぁぁぁ! よくもミレーヌちゃんを!」

「アンナよせっ!!」


 アンナが怒りに我を忘れて、五分ゴブリンに斬りかかる。

 だが冷静さを欠き、大振りになったアンナの短剣は簡単に躱されてしまう。

 そして……。


 ──ドス。



「いや……アッシュ……さん……」



 アンナが俺に手を伸ばしながら、泥水の中に倒れ込んでいく。

 アンナも【五分五分の致命】の一撃で、命を刈り取られてしまった。



「なんで……なんでこんな事に……」



 二人を失い呆然とする俺を、五分ゴブリンが醜悪な笑みを浮かべてナイフで突き刺した。


「ゴハッ……」


 その場に崩れ落ちる。

 崩れ落ちた拍子に、腰につけた道具入れから何かが転がるのが見えた。

 だが、今の俺はそれどころではなかった。

 五分ゴブリンの【五分五分の致命】の一撃をくらってしまったからだ。



 土砂降りの雨の中、二人の仲間を失い、自分の命も消えてしまうかもしれない中で、転がった何かを見つめながら、俺はどうしてこんな事になってしまったのかを考えていた。



「アンナ……ミレーヌ……くそっ……どうして……どうしてこんな事に……」



 雨はまだ激しく降り続けていた。



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