第2話 〈解散!!〉
「くは〜、腰痛ーい。つっかれたわ〜」
セレモニーが終わり、与えられた豪華な控室でそう言ったのは、桃色の少し癖のある髪を肩まで伸ばした女性は古今東西並ぶ者なしと言われる剣士、【剣聖】ミレーヌ・モローだ。
年齢は22歳。
パーティー内では最年長だ。
桃色の大きな瞳に長い睫毛、剣士という職業なだけあり引き締まったスタイルのいい、誰が見ても美人という容姿だろう。
男女問わず、誰もが惚れてしまうタイプだ。
その腰に聖剣を佩いて鎧に身を包まれていなければ、何処ぞの貴族のご令嬢か舞台女優と見間違えてしまうほどの美貌の持ち主だ。
「確かに僕も肩凝ったぁ。流石にあんだけ周りがお偉いさんばっかだとね〜。緊張しちゃうよね〜」
そう言って首を左右にバキバキと音を鳴らしながら動かし、肩を揉むのは世界最強の拳闘士【拳帝】カイ・バンスロー。
年齢は20歳。
金髪で浅黒い肌、魔物となど一切戦わなさそうなベビーフェイス。
そしてその見た目と矛盾して一切無駄のない筋肉質な身体に刻まれた無数の傷痕。
その一つ一つが彼の拳闘士人生がいかに激しかったかを物語っている。
その顔と身体のギャップが、世のお姉様方の母性を激しくくすぐるらしい。
普段は自分の事を僕と言っちゃう優しい奴だが、戦闘時には性格が凶暴になる危ない奴だ。
「うふふ。皆さんよろしければ回復魔法をかけましょうか?」
そう言って慈愛に満ちた表情を振りまくのは、女神官【聖女】アンナ・フランシェスカだ。
年齢は19歳で最年少。
透き通る水のような青い髪を腰まで伸ばし、それを背中辺りで一つに縛っている。
瞳は髪と同じく透き通るような青だ。
この全てを包み込む海のような青い瞳で、様々な人達を分け隔てる事なく癒して来たのだろう。
特に貧困層や孤児達からは神様のように崇められている。
そして何と言っても誰もが包み込まれたくなる豊満なスタイルの持ち主だ。
「…………」
「どうしたのよアッシュ?」
「そうだよ、さっきから真剣な顔して、何考え込んでるの?」
「やはりお疲れなのでしょうか?」
「いや……なあ? 気のせいかもしれないけど、俺の称号だけおかしくないか?」
そう愚痴をこぼすのが、大魔導士【星屑の魔導士】アシュリー・クロウリー、21歳だ。
黒髪、黒い瞳のなかなかのイケメンだと自負している。
そして、仲間からは親しみを込めてアッシュと呼ばれ、この物語の主人公でもある。
「おかしいって何が?」
どうやら脳みそまで筋肉が詰まっているカイには、何がおかしいのか判らないらしい。
「ミレーヌとアンナは判るだろ?」
「え!? えーっと……アハハ。アンナは判る?」
「え!? あの……えーっとですね……その、あの〜……アハハ」
ハァーー。ったく、どいつもこいつも……ため息しか出てこないぜ。
冷静に考えなくても、少し考えれば判るだろ?
俺の称号だけ方向性が違うでしょうが。
「剣聖、拳帝、聖女……この流れなら、俺の称号も二文字じゃないとおかしくないか!?」
「あ、そういうことか」
カイはやっとこさ理解したようだ。
「でも魔導士の場合二文字にしちゃうと、魔王とか魔帝、魔聖になって響きが悪くなっちゃうからじゃないでしょうか……?」
アンナが慌ててフォローに入る。
「それなら魔法帝とか魔導王とかでもいいじゃん! 星屑の魔導士って何!? 星屑ってどこから来たの!?」
「別にいいじゃん、そのくらい。たかだか称号でしょ
!? アンタは相変わらず器が小さいわね〜」
「な……ミレーヌ! お前に俺の気持ちが判るのか? 一人だけ仲間外れにされる気持ちがさぁ!」
アッシュの叫びを最後に部屋中を静寂が包みこんだ。
その静寂を打ち破ったのは、やはり【聖女】アンナだ。
「……逆……なんじゃないでしょうか?」
「……逆?」
「そうです。魔王にトドメを刺したアッシュさんだからこそ、特別な称号にしたんじゃないでしょうか?」
アンナのフォローに熱が入る。
「なん……だと!? 俺は……特別扱いされていたのか……!?」
ここが勝機と判断した【剣聖】ミレーヌがアンナの言葉に乗っかる。
さすがの勝負勘だ。
「そ、そうよ。アンタ程の大魔導士を形容する適当な言葉が無かったのよ。大陸同盟のお偉いさん達も悩んだと思うな〜」
「そ、そうかな? やっぱりそうだよな!?」
「そうだよ。いつだってアッシュがナンバーワンだよ! 星屑だって、一人だけスケールが違うじゃない、スケールが!!」
【拳帝】カイの逆転の一撃が撃ち込まれた。
「そうだよな。ああ、良かった。胸のつかえが取れたぜ。俺だけみんなと違うから、もう不安で不安で」
「アンタ程の大魔導士様が情け無い事言ってんじゃないわよ」
「そうですよ。アッシュさんの魔法に皆助けられて来たんですから」
「そうそう。あのいつもの決め台詞言ってよ。アレがバシッと決まると痺れちゃうんだよね〜」
「やだよ恥ずかしい。戦闘でアドレナリン出まくってないと言えない」
アッシュが照れて断ると、悪ノリしたミレーヌがモノマネを始める。
「……え〜、ンンッ。……さあ、お前に裁きを与えよう……どう!?」
「キャハハハ! に、似てるよ〜ミレーヌちゃん!」
「ヒャハハハ! 完全に再現出来てる!」
照れて顔を両手で覆うアッシュを尻目に、なんかいい感じに纏まった。
コンコン────。
不意にドアをノックする音が聞こえる。
「皆さま、お帰りの飛竜の準備が整いました」
それは、魔王討伐の凱旋セレモニーも終わり、魔王討伐の為に寄せ集められたパーティーの解散を告げる言葉だった。
ここにいる四人の英雄は全員が違う大陸の出身だ。
各々が自分の出身大陸に与えられた、己の領土に飛竜に乗って帰る時間だ。
ここハウンドッグ王国のある中央大陸出身はアンナだけだ。
そのアンナとて自分の国に帰るのには飛竜に乗らないと何日もかかる距離だ。
「じゃあ、みんな……元気でね。まあ、その……割と楽しかったわ。……ありがとう」
「ミレーヌちゃん……私も皆様との旅は、大変だったけど、毎日が楽しくて……本当は、本当はまだ皆様と旅を……うえ〜〜〜ん」
「泣かないでよアンナちゃん。僕だって泣きたいの我慢してるのに……うわ〜〜〜ん! みんな、ありがとう〜〜」
「…………」
大泣きするアンナとカイ。
そして涙を目にいっぱい溜めて、泣かぬよう必死に耐えているミレーヌ。
そんな三人にアッシュがそっと右手を伸ばす。
それを見て、一人……また一人と手を上に重ねてゆく。
確かに始まりは、ただの寄せ集めのパーティーだった。
全員が違う国から集められたS級冒険者。
己の身一つでS級冒険者にまで成り上がった者達の我は強く、事あるごとに衝突し、時には殴り合うなどもした。
たが日々を重ね寝食を共にし、強大な敵と対峙し続ける旅を経て、絆は確かに繋がれていった。
傷ついた仲間を庇う者、傷ついた仲間を癒す者、傷ついた仲間のために怒り戦う者、そのすべての瞬間、すべての場面を一つ一つ紡いで固い絆が出来上がる。
そしていつしか俺達は『仲間』になっていた。
そんな色褪せることのない毎日を思い出してアッシュは口を開く。
「魔王を倒して俺達の旅は今日終わりを迎えるけど、二度と会えなくなるわけじゃない。次いつ会えるかなんて分からないけど、泣いて別れるのはヤメにしようぜ? 俺達は離れていても戦共なんだからよ」
「アッシュ……」
「アッシュさん……」
「アッシューー!」
そうして俺達はギリギリまで抱擁し、お互いを称え、最後は笑顔で手を振り、それぞれの国に帰って行った。
未来永劫、物語として語り続けられるであろう、伝説のパーティーの解散した瞬間であった。
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