第14話 〈サイカ草原にて!!〉
「さて、一応の下見とドーバードを見つけておくか」
「そうですね〜」
サイカ草原はフーバスタン帝国の帝都メストと、俺たちがいつも薬草採集をしているウルダースの森の間に広がっている。
つまり帝都メストの門を一歩くぐれば、目の前にはサイカ草原が広がっているのだ。
「もう少し向こうか……」
俺とアンナはドーバードを探して歩く。
ドーバードは狩りやすい動物ではあるが、さすがに野生動物なだけあって、人の出入りで常に人気のある帝都に近い場所には数が少ない。
なので出来るだけ帝都から離れてドーバードを探す。
「おお、いたいた!」
茂みの向こうにいるのがドーバードだ。
中型犬位の大きさで短い脚と短く太い首、太く丸みを帯びたクチバシが特徴の青緑色の鳥だ。
「まずは俺たちだけで狩ってみるか?」
「そうですね〜。報酬もドーバードですけど、少ないよりは多い方がいいですし、レベル上げにもなりますしね」
そう言ってアンナは愛用のミスリルの短剣をカラララと鞘から抜いた。
「行きますよ?」
「待て!」
俺はドーバードに飛び掛かろうとしたアンナを横手で静止する。
「急になんですか!?」
「試しにスキル使ってみろよ。練習しといた方がいいだろ」
そりゃそうだと言わんばかりの間抜けな顔をしたアンナが首を縦に振った。
「今度こそ行きます。スキル【残像】!」
アンナが唯一戦闘で使えそうなスキル【残像】を発動した!
アンナが動く度に残像が見えて、アンナがまるで何人もいるように見えた。
「きええぇぇぇ!」
アンナよ、毎度叫ぶその奇声は何だ?
斬りかかる寸前で奇声を発してたら、寸前まで気配を殺してた意味が無に帰すんだよ?
わかるかな〜?
わからないだろな〜?
アンナはバカだもんな〜。
なんせ知力がFだもんな〜。
それにさ……そのスキル何か意味あるの?
かつての仲間、【拳帝】カイが使っていた【分身】なら分かる。
実際に何人にも見えるから、相手もどのカイを攻撃していいか迷って空振りしてるのを何度も見たから。
でも残像が見えたって、アンナは残像の一番前にいるのは俺にでもハッキリと見えてる。
「はずれスキルか……」
俺は可哀想なアンナを生温かい目で見守った。
スキルの中には『はずれスキル』と呼ばれる使い道のないスキルがある。
はずれスキルを覚えたり授かったりすると、その冒険者は一日中飲んだくれるか、その日は宿に引きこもってしまうかの、だいたい2パターンに行動が分かれるくらい残念な出来事なのだ。
まあ、アンナの【残像】はレベルが上がれば使えそうなスキルではあるが。
「見てくださいアッシュさん! 見事仕留めましたよ!」
「おめでとう」
俺はパチパチと拍手をして、可哀想なアンナを称えた。
「次はアッシュさんの番です」
適当なドーバードに狙いを定め、星屑ハンマーを構える。
俺は残念な頭のアンナとは違い知力はSSもある天才だ。
奇声を発してわざわざ相手に気付かせたりはしない。
「そーーーい!!」
ズダァーーーーン!!
当たりどころが悪かったのだろう。
俺の全力の一撃でドーバードは脳震盪を起こして気絶してしまった。
「うおおおお!」
勝利の雄叫びだ。
「オヤッサーン! 見ててくれたか〜? 一撃で見事星屑を飛ばしてやったぜ〜」
抜けるような青空にオヤッサンの白い歯が輝く笑顔が見えた。
歓喜の舞を踊る俺の横を、真顔のアンナが通り過ぎて、真顔でドーバードにトドメを刺して血抜きをする。
ふん……男のロマンの分からん奴め。
「もっと狩ってレベル上げしたいとこだけど、持って帰れなくてもアレだしな……」
「そうですね〜。闇雲に命を奪うだけなのも気が引けますし」
「そういや、依頼主はどうしたんだ? 遅くないか?」
「そう言えば狩猟クエストじゃなかったですね。忘れてました」
やはり知力F……記憶力も悪いのか。
二人で辺りを見回してみるが、視界一杯に広がるサイカ草原の景色と、遠くに帝都とウルダースの森が見えるだけで、魔獣使いの依頼主らしき人影は見えなかった。
「ガセか?」
「そんな事は無いと思いますけど……」
ごく稀にだが、冒険者を困らせるためだけに嘘の依頼を出す輩がいる。
嘘の依頼を出しても、依頼主は依頼料を丸損するだけで済むし、影から見て腹を抱えて笑っているのかもしれないが、付き合わされる冒険者はたまったものじゃない。
嘘の依頼でも本気で達成しようと入念に準備して本気で挑んでいるからだ。
もちろん嘘の依頼を出した事が発覚すると、依頼主は憲兵に逮捕されるか、暗闇で何者かに襲われる怪事件が発生する事があるので、本当にごく稀にしか嘘の依頼はない。
「いつまで待ってても仕方ないしなぁ」
俺は両手を頭の後ろで組んで石ころを蹴る。
「どうしましょうか?」
アンナは足を抱えて座り、俺に蹴られた石ころの行先を見ていた。
「帰ります?」
「嫌々ローブに穴開けてまで腕章つけたのにな」
腕に着けてある目印の黄色い腕章を指で弾く。
俺たちは帰り支度を始め、倒したドーバードを逆さにして脚を縛り適当な木の棒にくくる。
二人で籠を担ぐ要領でドーバードを帝都の冒険者ギルドまで運ぶためだ。
そしてさあ帰るか……と、そんな時だった。
「わ、ね、ちょっと……ダメェェェ!」
そんな声が聞こえたかと思うと、離れた場所にある茂みから一頭のタイニーウルフと呼ばれる、ペットとして人気の小型の狼が、俺たち目がけて走ってきた。
「キャンキャン、キャン!」
小型の狼と言っても狼は狼。
突然の襲撃に俺とアンナは勢いよく転び、ドーバードを縛ってある木の棒を手放してしまった。
「わ、コラ! やめろ! コレは俺達の獲物だ!」
「キャー! この狼、私達のドーバード食べてます〜!」
俺たちの獲物を横取りしようとするとはなんて奴だ。
俺はスキル【みなぎる力】を迷いなく使いなけなしの魔力を膂力へと変換する。
両手にスキルを使用した時に出る湯気のような靄のようなエフェクトがかかる。
そして星屑ハンマーを大きく振りかぶった。
「アッシュさん、ストップ、ストップ!」
アンナが慌てて俺を止める。
「落ち着いてください! 一撃で死んじゃいますから!」
俺の手のエフェクトを見てスキルを使用した事が分かったのだろう。
慌てて俺と狼の間に割って入り、ハンマーを振り下ろそうとする俺を、身体を張って止めたのだ。
「こんの……クソがぁ!!」
ドーバードを食べ続ける横取り狼に、俺の怒りはおさまらない。
「アッシュさん、この狼って……」
「おそらくそうだろうな」
少し冷静さを取り戻した俺は、タイニーウルフが飛び出してきた茂みに目を向けた。
俺とアンナはその茂みに向かってザッ、ザッと歩き出す。
今回の依頼は、テイムしている狼の実践訓練だった。
そう、狼の訓練である。
そして俺達は獲物を狼に奪われたのだ。
となると答えは一つ。
「犯人はお前だ!!」
俺とアンナは茂みの裏側に隠れるようにうずくまる犯人と思しき女性を見つけた。
犯人は顔を隠すように蹲っている。
「どこのどなたか知りませんけどね。依頼を引き受けた俺達に、この仕打ちは無いんじゃないですか!?」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
だが何故か顔を上げようとはしない。
俺たちを怖がっているのだろうか?
「アナタねぇ! 本当に謝罪する気があるなら顔を上げてください!」
おお! あの【聖女】とまで呼ばれたアンナが怒って……いや、最近はよく怒ってる気もするな。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい。私は飛び出さないように命令してたんです。でも言う事聞かなくって……ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
「魔獣使いが何を言う! あくまでも顔を見せない気か……ええい! 埒があかん! アンナ!」
「ラジャ!!」
俺の指示にアンナが、うずくまる女性の肩を押して仰向けに転がす。
だが、女性は仰向けになりながらも顔を隠している。
「おのれ……こうなったら力尽くでやってやる。アンナ!」
俺とアンナで、顔を見せない女性魔獣使いの腕を、顔から無理やり引っ剥がす。
「イヤーーーー!!」
「え!?」
「なんで!?」
そこで必死になって顔を隠していた魔獣使いは、俺達のよく知るかつての仲間、【剣聖】ミレーヌ・モローだった。
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