第12話 〈情熱帝国!!〉
「うう……寒っ!」
冒険者の朝は早い。
クエストの準備や遠く離れた目的地への移動の為であったり、朝一番に貼られるクエストを受注するためだ。
とかく朝まで飲んで騒いで、昼過ぎに起きると思われがちだが、意外にも規則正しい生活をしている冒険者は多い。
そしてここにも、毎朝のルーティンワークの為、陽が昇りきる前に動き出している一人の冒険者がいた。
その名をアシュリー・クロウリー男爵。
稀代の天才魔導士として仲間と共に魔王を討ち、【星屑の魔導士】とまで称された英雄である。
クロウリー卿の冒険者としてのランクは【S】。
全体の1%もいない最高位冒険者である。
だが今のクロウリー卿のレベルはたったの3……そこら辺を歩く町人と変わらないレベルだ。
それはというと、クロウリー卿は天才魔導士の栄誉をいとも簡単に捨て去り、戦士へと転職してしまったからである。
おかげで積み上げた経験は全てリセットされ、レベル1から出直しているのだ。
だがクロウリー卿には何の後悔も迷いもない。
戦士になり冒険するのは子供の頃からの『夢』だったからだ。
「だって戦士って格好良くないですか?」
これは戦士として歩き出したばかりのクロウリー卿の言葉だ。
「離れた所から魔法で攻撃するより、やっぱ男なら近接武器持って肉弾戦でしょ!」
そう言ってクロウリー卿が我々に見せてくれたのは、クロウリー卿が戦闘で使用する愛用の武器『星屑ハンマー』だ。
自由国家アンセムの名工ライアン・スミスの手で鍛えあげられたミスリル製のハンマーである。
ハンマーに刻まれた幾つものキズが、数々の死闘を乗り越えた事を物語っている。
「コイツを始めて見た時ビビッと来たんですよね……ああ、俺が探していた武器はコイツなんだって」
そう当時を思い出して語るクロウリー卿に、我々はなぜ冒険者の一般的武器である剣を使わないのか聞いてみた。
「なぜ剣を持たないのかって!? だってなんかチャラくないですか!? それにみんな持ってるし……それにかつてのパーティーに本物の剣使いがいましたからね……アイツのようにはとても扱える自信が無いですよ」
クロウリー卿が言っているのは、魔王討伐パーティーのメンバーにいた【剣聖】ミレーヌ・モローの事だ。
女剣士にして、剣の腕だけならば勇者をも超えると言われている。
そう言いながらクロウリー卿は毎朝のルーティンである、愛飛竜パージの世話をしている。
まず朝のスキンシップをしてから、全身をくまなくブラシをかける。
「クルルー」
飛竜もとても気持ち良さそうにしている。
「コイツが出会った頃は本当に言う事聞かないヤンチャで、何度振り落とされたかわかりませんよ、ハハハ」
笑いながら話しているが、この何度も振り落とされた事が、パージという名前の由来のようだ。
ブラッシングが終わると水浴びをさせる。
「ごめんな〜。冷たくないか?」
フーバスタン帝国は北国のため、今の時期の水はとても冷たい。
いくら飛竜が環境変化に強い種だと言っても、クロウリー卿は仲間である飛竜が少しでも不快な思いをせぬよう気遣っているのだ。
次にエサの準備をする。
パージは今、ここフーバスタン帝国の竜着場にいるためエサに困る事はないが、冒険の途中では何度も水だけしか与えてやる事が出来ず、本当に可哀想な事をしたとクロウリー卿は語る。
「俺たちパーティーも食糧が尽きて飛竜にエサを与えてやる事が出来なかったんですよ。相当ひもじい思いをしたはずなのに、飛竜は文句一つ言わず飛んでくれて……当時を思い出すと涙がこぼれますよ」
我々はクロウリー卿にかける言葉を見つけられなかった。
彼が落ち着くのを待ってから話を再開する。
「そんな時にですね。俺達は魔王軍と戦っていたんですけど、飛竜達が動物を狩って来てくれたんですよ……スゴくないですか!? 自分達も腹減ってる筈なのに、主人である俺達のところに狩った獲物持って来たんですよ?」
クロウリー卿の頬を涙が伝う。
「あの時みんなで食べた肉の味は忘れられないですね……俺たちも飛竜達も……みんな泣きながらかぶりついてましたよ」
英雄と呼ばれた彼らにも、やはり食うことが出来ずに夜も眠れぬ日々があったことを、我々は知らなかった。
我々は彼ら四人の輝かしい功績だけに目を奪われて、その裏で彼らが戦い、傷つき、血を流していた事を忘れていやしないだろうか?
「はは、いいんですよ別にそんなのは。魔王軍との戦いの血生臭いところなんて知らなくたっていいじゃないですか? 俺たちの苦労の一つ一つが形を変えてお伽話になって、これからの子供達の希望となっていけばそれでいいですよ」
……英雄とは、こんなに謙虚なものなんだろうか?
国と国とで勝手に結ばれた大陸同盟に招集され、魔王軍との戦いを強制された者が、ここまで謙虚になれるものだろうか?
「やめてください言い過ぎですよ。俺たちはただ、自分のために戦ったたけですよ。その結果として魔王を討伐出来ただけで、四人全員の戦う理由は違ったはずですよ」
このクロウリー卿の姿こそが、真の英雄なのかもしれない。
ーーこれから冒険者になろうと思っている若い子達に何かアドバイスをお願いします。
「とにかく無理はしない事! 実力以上のクエストに挑んで死んだりしたら元も子もない。自分の実力を客観的に判断して最善の準備をしてからクエストに臨んでください。準備の時点で勝敗はほぼ決してますよ。それに心から信頼出来る仲間を一人でもいいから見つける事ですね。冒険をしながら見える景色が変わりますよ」
ーーその仲間と言うのが、他の三人の英雄って事でいですか?
「そう……なりますね。ああ、恥ずかしい」
ーークロウリー卿にとって冒険とは何ですか?
「難しい質問ですね……私にとって冒険とは、常に私を成長させてくれる『親』みたいなものかもしれないですね」
──では最後に、例の決め台詞で締めてもらってもいいですか?
「俺もう魔導士じゃないんですけど……」
ーーそんな事言わずにお願いします。
「仕方ないなぁ……」
そう言いクロウリー卿は水で喉を湿らした。
どうやらまんざらでもないらしい。
「俺の魔法は世界の怒り。さあ、お前に裁きを与えよう!」
ーーありがとうございます。ファンの方も喜ばれると思います。
「もう魔導士じゃないんだから、これっきりですよ?」
ーー次も期待しています。本日はお忙しい中、ロングインタビューに答えてくれて、ありがとうございました。
「……え? コレなんですか?」
「ちょ! オマ……何勝手に人のノート見てんだよ!!」
俺はアンナからノートをひったくる。
「へぇ……アッシュさんにこんな趣味があるとは知りませんでした」
「うわっ、最悪。もう死にたい」
ご機嫌カーテシーを見られるより恥ずかしい事が世の中にあるとは……。
「ミレーヌちゃんやカイ君に土産話が出来ました」
「ちょ、待てよ! いや、マジ勘弁してください」
アンナがニヤニヤしている。
「どうしよっかな〜?」
「一杯奢りますので……」
「一杯だけ?」
く……調子に乗りやがって!
その無駄にデカい乳を揉んで泣かしてやろうか!
「何ですか〜? その目つきは〜?」
「……好きなだけ飲んで下さい」
「わ〜い! アッシュさんやっさしい〜! そうと決まれば酒場に行きますよ〜」
俺はアンナに強制連行された。
酒場で一時間くらい経った頃だろうか、俺達の飲んでいるところにミレーヌとカイが合流した。
「あ! ミレーヌちゃーん、カイくーん! アッシュさんてばね〜、ノートに……」
「ちょ、ちょ、マジでやめてーーーー!!」
俺は大声で叫びながら目を覚ました。
「ハァッ、ハァッ、夢か……助かった……」
燃やそう……この危険なノートは燃やしてしまおう。
そう固く心に誓った俺だった。
「しっかし久々に夢に出てきたけど、ミレーヌとカイは、元気にやってんのか?」
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