ヒロインは戦う
つまらないなぁ...
ただ、それだけが頭の中を占める。
攻撃は単調で同じ物ばかり、届かないと分かっているくせに何度も何度も撃ってくる。
この人こんなに弱かったんだ...
「そろそろ、お話をしませんか?サブリナ様?」
いい加減飽きてきた。
一気に彼女との間を詰め、炎をだし続けている両手を自身の両手で包み込んだ。
「や、やめてください。ミューリアさん」
ただそっと包み込んだだけなのに、彼女は大袈裟に私の手を振り解き再び炎を呼び起こしている。
あぁ、この光景周りから見ればサブリナ様は健気なヒロインで私はただの悪者で...
ーーそうか、そうだよね。何もしなくても悪者なら本当の悪者になってもいいんだよね。
それなら、いっそこの状況を楽しまなくちゃ
今にも手の上で爆発しそうな、炎のエネルギーを指で弾く
ッパチン
「なっ!?」
「ふふ、綺麗でしょ?」
撃っては消されるだけだった炎が、燃えてしまいそうなほど真っ赤な薔薇の花に姿を変えた。それを手に取り、優しくサブリナ様の耳の上へと挿してあげる。
「黒髪に真っ赤な薔薇はとてもお似合いですね」
茫然とこちらを見つめる彼女へとっておきの言葉をとっておきの笑顔で
「鬼ごときがエルフに敵うわけないよ」
「...な、なんですって?」
うふふ、おもしろい。今の悪者っぽかったんじゃないかな?なんだか、ワクワクしてきた。悪者になるのも案外悪くないかもしれない。
「どうします?まだ、戦います?私はいいですよ学園でのお礼もしたいですし、ここまで来たらもう何をしても重罪なのは変わらないだろうし」
怒りと悔しさに揺れるその瞳が私を映し出す。そこに映っている私はひどく歪んでいた。いやだなぁ。ずっと気にしないようにしていたけれど、すぐそこにはネムがいるのに。
きっと....この状況でも沈黙しているということはそういうことなのだろう。
けれど、たとえ彼女を好きになっていたとしてもこんな顔見られたくなかったなぁ。ただ、楽しく笑っていたかったのに、もう遅いけれど。
「ふふ、あまり油断するものではないわ」
嫌な囁きが耳に届いた瞬間目の前が赤に染まり熱風が巻き起こる。瞬時にクルーゼから飛び降り別の花へと移ったけれど避けきれず、左の腕が炎に包まれた。
「ッアッツ!」
格下の神とはいってもさすが先祖返りなだけあって、纏わりついた炎はなかなか消えてはくれない。
『新緑の伊吹』
右手の指を2本揃えて、燃えている左の手首から肩にかけて力を込めてなぞれば、青々とした葉が炎ごと腕を包みこんだ。
ジュワァと白い煙が立ち上がり炎は小さくなっていく。
青葉のひんやりとした感触が心地いい。
やがて、包み込んでいた青葉が一枚一枚剥がれ落ち最後の一枚が落ちる頃には炎は消えていた。流石に鬼神の炎で焼け爛れてしまった腕が治るにはもう少し時間がかかりそうだ。
「うぅ〜ヒリヒリする...ん?」
なんだか、顔の横が少し焦げ臭い。きっと髪の毛も焦げちゃったんだろうな。ちょっと悲しい。まぁ、いっか。そうこなくっちゃ面白くないもの。
『花剣』
私の呼びかけに答えて花びら達が宙を舞う。闇夜に浮かび月光に照らされた色とりどりの花達がとても美しい。そんな花達は徐々にガラスの様に硬化し鋭さを増していく。
ーーそして、体全体をピリピリとした威圧感に包み込まれた。本能的に恐怖するこの感覚は火傷の痛みなんて比ではない。
どうやら、これを感じているのは私だけではないらしく下にいる騎士、魔法士さえも立っていることが出来ず膝をついて震えていた。
それの源を辿ればこちらを睨むネムがいる。きっと私がサブリナ様に刃を向けているから怒っているのだろう。
ーーー大丈夫。そういうことには慣れてる。
上を向いてひとつ息を吐いた。
滲む視界に気が付かないフリをして風を呼びこむ。冷たい風が濡れた目尻を撫で、耳元の優しく切ない思い出をシャラリと揺らした。
一度硬く目を閉じて泣き騒ぐ心を押し殺し、目的の人物の方へと向いた。風は強さを増し、下ろしている髪が強く靡く。
彼女はそんな私をみて大きく目を見開いた。
「な、なんであなたが..それを持っているのよ...」
サブリナ様の口が微かに動いた気がしたけれど音が風に攫われて何も聞こえない。魔法の詠唱かな?それとも、誰かに助けを求める甘い言葉?どんな手を使ってでも対抗してきてよ。その度に私が打ちのめしてあげる。そうして悔しがるあなたの顔をみて私は笑うのだ。
「さぁ、みんな踊ろうか『乱舞』」
呼びかけと共に彼女の元へ花びらと共に飛び込んだ。