ヒロインは向き合う
さらに力を増して解き放てば花や木々はより一層瑞々しく咲き乱れる。
さて、これからどうしようか。
っふと下を見下ろせば、一際騎士たちが集まっている箇所を見つけた。
「あ、あそこにいた」
そこへと意識を集中させれば、木々が一人、また一人とその壁を取り払っていく。
隣で二人がなにやらフガフガと叫んでいるが、何を言っているのか全く分からないためチラリとみて、また視線を戻した。
人の壁が無くなれば、この国で一番高貴お方が顔を出す。遠くから見てもあからさまに怯えている表情に心底呆れてしまう。先程までの自信と威厳は何処へ行ってしまったのか。
必死に逃げ惑う貴族達。
植物達と応戦する騎士や魔法士達。
いつも偉そうにふんぞり返っている人達は、いざ実力となれば平民の私一人に、敵わない。この世界って何なんだろう。別に人の上に立ちたいなんて思わない。偉くなりたいなんてこれっぽっちも思わない。私はただ穏やかに過ごしていたいだけなのに。この人たちは平気で私の意思を踏み躙ってくる。
私が平民だからかな?あなた達より身分が低いから何してもいいの?じゃあ、神としての、私だったらあなた達に何をしてもいいよね?だって、あなた達は人間なんだから。
「安心して?私、血を見るのはそんなに得意ではないし、あなた達の死に興味も無いの。ねぇ、どうしたら私の悲しみをあなた達も分かってくれるかな?」
最後の壁の一人を取り払い、目的の人物を蔓で捕まえる。あまりに簡単に捕まえてしまえるものだから、なんだかお人形遊びをしている気分だ。
取り巻きの2人の横に王様も並べその恐怖で怯えたお顔をまじまじと見つめた。
「さて、王様。少しお話をしましょう」
「な、なんだ」
先程までの人を見下したような表情は成りを潜め今ではすっかり怯えきったその顔がなんだか可愛らしい。まるで水に濡れた小鼠のよう。
「私、殿下に毒など盛っていませんよ?何かの間違いでは?」
しゃがんで頬杖をつきながらそう笑いかければ、王様は取れてしまうんでは無いかと思うほど、上下にブンブンと首を振る。
「そ、そうだな、何かの間違いに違いない」
「そうですよね?あぁ。よかった。だっておかしいんですもん。私ダンスが終わった後ずっと庭園にいたのに」
「そ、そうだったのか。それはすまなかった」
滴るほどの汗をかきながら、王様は何度も何度も間違いだった、すまない。と私に訴えてくる。
なんか...面白くないなぁ。
そもそも、こんな状況になる事くらい少しは予想出来たのでは?冤罪をかけられたら誰だって怒るに決まってるのに。権力に甘え過ぎてるよ。
ーーーーその時
視界の端から何やら赤いモノが飛んでくる。
指を弾いて大きな葉を盾にするけれど、それを赤がゆっくりと包み込む。
「え?」
メラメラと燃えるその光景に驚きを隠せない。魔法に燃やされるだなんて.....。
必死に盾になってくれた葉は灰となって夜空へと消えていく。
残された炎は再び私の方へと向かってスピードを速めていく。それを真正面から見つめていると炎の揺らめきの隙間から彼女の顔がわずかに見えた。
「あぁ。なるほど。いいね、面白くなってきたよ」
どおりで燃えてしまうはずだね。だって、魔法じゃないんだもん。
こちらへと凄まじい火力で飛んでくる炎の玉を素手で受け止める。
たしかに、凄い力。魔法士達が撃ってきたモノとは完全に格が違う。
あまりの暑さに額から汗が流れ落ちた。
けれど、この程度なら片手で十分。
炎を受け止めた左手の指を順番に握りしめていけば、段々とその強さは成りを潜めていき、最後の一本を握りしめる頃には炎は煙へと姿を変え空高く登っていく。
煙が登っていく姿を何処までも追いかけて上を向いた。煙は夜空へと溶け込み今は瞬く星々が私を見つめている。まるで、いつまでも目を背けている私のことを笑っているみたいだ。
「ほんと、どれだけ力があっても私は弱いままだなぁ」
また泣いてしまいそうで溢れてしまった言葉を溜め息で吹き消した。
さぁ、もうおしまいにしよう。
「いこっか」
そうクルーゼに話しかければ一度っぽんと花びらを弾いて茎を伸ばしていく。
「ふふ、そうだね。せっかくだもん楽しまないとね」
まるで勇気づけてくれるようなその仕草に思わず笑みが溢れる。そうだね、笑わないと。
そうして私は彼女の方へと向き直り微笑むのだ。
それを合図にクルーゼはどんどんとスピードを上げて茎を伸ばしていく。
そうすればさらに威力を増した炎の玉がこちらへと撃たれる。
けれど、そんなの些細な事だ。ピンッと指で弾けば炎はッパンと弾け火花は薔薇の花びらへと姿を変えていく。
薔薇が作ってくれた花のアーチを潜ればあっという間に彼女がいるバルコニーへと辿り着いた。
そこには、各国の王様や臣下達、そして彼女とその隣にーーーーーネムがいる。
「王様方、お騒がせしてしまい申し訳ありません。ですが、もうしばらくお待ちいただけますか?彼女と話したらすぐ、去りますので」
アリーに叩き込まれすっかり板に付いた淑女の礼をして、彼女へと向き直る。
サブリナ様はフルフルと震えてすっかり怯え切った顔でこちらを見つめていた。
その顔もう見飽きたな
何度も何度も見てきたその表情。きっと男の人はこれが演技の顔だなんて思ってもみないんだろうな。
私は分かるよ。分かるから、またその顔かと可笑しくなって、笑ってしまう。さぁ、今日は今までとは違う。あなたはどんな顔を魅せてくれるのかな?