ヒロインは兄に甘える
「泣いてるから」
男の子の言っている意味が分からなくて首を傾げるとほろりと温かいものが頬を伝っていく。慌てて手を当ててみれば、たしかに目元は涙で濡れていた。
こんな時でさえ強くなりきれない自分が嫌になる。泣いている顔を見せたくなくて両手で自分の顔を覆った。
「お、おねぇちゃん。やっぱりどこか痛いですか?早くお医者さんに診てもらわないと。僕、いいお医者知ってるんです!少し怖いけれど、僕が風邪を引くといつもあっという間に治してくれる先生なんです。だから、きっとお姉ちゃんのお怪我も治してくれます。大丈夫。泣かないで」
俯いてしまった私の頭を、その小さく優しい手で、幼児を諭すようにゆっくりと撫でてくれる。こんな光景を見ても恐れることなく私を心配してくれるこの子の強さに憧れた。
私も強くならなくちゃ。
目をぎゅっと閉じて涙を止める。そして、
顔を上げれば私はもう、泣いていない。
「ありがとう、元気が出たよ。優しいね。いつまでも、強くて優しいそのままの君でいてね」
今度は私が、栗色のサラサラな髪をそっと撫でた。頭を撫でられるのが好きなのか、男の子はくすぐったそうに笑う。その仕草がとても可愛らしくてずっと撫でていたかったけれど、そろそろ下が本格的に騒がしくなって来た。そろそろ、帰してあげなければ。
「おい。なに坊ちゃんに慰められてんだよ」
笑い混じりの呆れた声にっは、として隣を向くと、そこには花の上であぐらをかいて頬杖をついたぐぅちゃんがいた。
「なんだ、ぐぅちゃんいたの?」
「なんだいたの?じゃねぇよ」
「い、いはい!いはい!ははひへー!」
「ら、乱暴はよくないです」
ほっぺを摘むいい大人と、摘まれる大人もどきと、仲裁にはいる大人な子供。なんだコレ。
やっと手を離してくれたほっぺは魔法で攻撃をされた時よりもよっぽど痛くて、せっかく涙を止めたのにまた泣いてしまいそうだ。ほっぺを摩りながら恨みがましくぐぅちゃんを睨んでいると、呆れたようにため息をつかれた。
「お前が森にするって言ったんだろ?」
「え?」
その一言があまりに衝撃的で私は今、鳩が豆鉄砲を食ったような顔になっているに違いない。
「ミュー、鳩が豆鉄砲を食ったような顔してるぞ」
「奇遇だね。私もそんな顔してるんじゃないかと思ってた。ねぇ、ぐぅちゃんそれほんとに言ってるの?」
「本当に決まってるだろ?まぁ、俺も国王のやり方は気に食わなかったしな。仕方ねぇから付き合ってやるよ」
ぐぅちゃんはそう言って悪戯っ子のように笑う。
ぐぅちゃんはいつもそうだ。何やかんや言ってもいつも私の無茶に付き合ってくれる。優しい私のお兄ちゃん。
もう十分だ。私はもう十分優しさをもらった。大丈夫。私は一人で歩いていける。だから、また込み上げるものをぐっと呑み込んで私は笑うのだ。そろそろ、兄離れをしなくては...
「はい!ぐぅちゃん」
腕に力を入れて男の子を抱き上げると、そのままぐぅちゃんへと渡す。そうすれば、ぐぅちゃんはしっかりと男の子を抱き留めてくれた。
「お、おい!ミュー」
「ありがとうぐぅちゃん。でもここは私一人で目立ちたいから」
そう言って私は戯けてみせる
私の大好きなお兄ちゃん。だから、あなたを巻き込むわけにはいかない。
二人を乗せた花が徐々に遠ざかっていく。
「ぐぅちゃんには守るべき者がたくさんいるでしょ?だから、ここでお別れ!その子のことよろしくねー!」
私は笑って手を振った
ゆっくりと遠ざかっていくぐぅちゃんの顔が、離れていても怒りを含んだものに変わっていくのが分かる。
やっぱりぐぅちゃんは優しいなぁ...
「何言ってんだ!お前にだって守るものがあるだろ!おじさんやおばさんはどうすんだよ!ルナールは!森は!ニコだってお前のことずっと心配してたんだぞ!お前は俺の妹だろ!?もっと頼れよ!!」
ぐぅちゃんが花の主導権を奪おうとしてくるけれど、私はそれを押さえ込んで力を流し込んだ。
すると、花は一気に成長し、ふわふわの、綿毛へと姿を変える。
「お父さんとお母さんには出来の悪い娘でごめんねって謝るしかないねぇ。ルナールや森はおじさまがきっとなんとかしてくださるから大丈夫かな!アリーにはこっ酷くしかられてしまいそうだけど...。ニコちゃんにも謝るしかないなぁ。ごめんねって伝えておいてー!」
泣くな、泣くな、泣くな
「.....俺には!?」
「兄貴なら察してー!」
舌をべーっとだして私はもう一度笑った。
そして、風を呼んで二人を乗せた綿毛を遠くへと運んでもらう。広いお城の反対側までいけば、巻き込まれずに済むだろうか。あとは、あの子のご両親に会えるまできっとぐぅちゃんがなんとかしてくれるだろう。
結局、お兄ちゃんに甘えてしまっていることに気がついて私は私に苦笑した。
さぁ、これで思い残すことは何もない。ぐぅちゃんやニコルは無事離れたし、アリーもきっとおじさまとおばさまが側にいてくださる。エヴァンさんは自身でなんとでも出来る人だ。それ以外は......どうでもいい。
「あっちに戻ろっか」
クルーゼにもう一度話しかけ、残してきた二人の元へと戻るようにお願いする。
私のお願いにクルーゼは嬉しそうに花びらを弾ませ茎を伸ばした。やっぱり植物はいい。素直で優しいんだもん。
「子供にまで手を出すとは貴様は人間のクズだな。お前みたいな奴にまで優しく接していたサブリナが不憫でならない」
戻ってみたものの、相変わらずうるさいこの人に嫌気がさしてくる。溜息を吐いてその隣の人を見てみれば、蔓を食いちぎろうとしたのか、口元から血がでていた。
可哀想だなと思い蔓を解いて傷を治してあげようと手を伸ばしたけれど、
「俺に触れるな、この悪魔が」
と、言われる始末で...
なんだか楽しくなってくる。
「そうだね。私、悪い女だから、癒草を毒草にすり替えたの。私悪い女だから、窓から鉢を落として怪我をさせたんだよ」
「やはり貴様だったか!お前のせいで、どれほどサブリナがーーーッッ!!」
何がやはりだ。何も知らないくせに。けれど、なるほど。確かに恋は盲目らしい。嘘か真実かを見極めようともせず、ただ恋に溺れてひたすら自信を疑わない。本当に困った人達だ。
だから今度は二人ともの騒がしい口を蔓に塞いでもらった。
だって私の言葉を聞かずに遮ってしまうんだから。このままでは、私が嘘をついたことになってしまうではないか。していない事をしたと言っているんだから。
「これで満足だった?していないのに、したと言えばいいんでしょ?もう、どっちでもいいんだよ」
あなた達はいつも私の真実を嘘に変えてしまう。それでも、私は嘘はつかない。
誇り高きエルフだから。
「そうだ、一つ教えてあげる。
私はね、化け物でも悪魔でもないんだよ?
だって私は...
神様なんだから」