ヒロインは逃げ出す
気がついた時には、走り出していた。
もう何も考えられなくて頭の中がぐちゃぐちゃで。
どうして、?どうしてネムがその人といるの?どうして?ネムまでその人のところへ行ってしまうの?私とずっと一緒にいてくれるって言ってたのに、、、
言葉が消えていく。大切な思い出が黒いモヤに覆われていくようだった。
ネムまで私をあの人達と同じような目でみるようになるのだろうか。
走って、走って、走り続けてそれでも庭園は広く、足を止めて花に囲まれひとり蹲み込んだ。足元に視線を落とせば慣れないヒールで走ったせいか足がじんじんと痛みを訴えてくる。
私はここで何をしてるんだろう。
全く思考が働かず、涙すら出ない。
茫然としゃがみ込む私と痛みを訴えてくる足。
その場から動けず、ただ、土の付いた靴の先を見つめていた。
思い出すのはテラスで見つめ合う男女の光景。学園では何とも思わなかった光景だったのに、その相手が好きな人だとこんなにも苦しいなんて...
アリーもこんな気持ちだったのだろうか。もともと、恋愛感情がなかったとはいえ、何とも思わないなんてことは無かったはず。
自分の身に起こってはじめて、本当の意味で他人の気持ちを理解出来ることを知った。
学園に入ってから知らなかった沢山の感情を知ってその殆どが知らない方が幸せだった事ばかりだなと自傷の笑みがこぼれる。
「ほんと、なんでこうなっちゃうんだろう...」
せっかく、ルナールに戻って穏やかに過ごせていたのにこっちに来た途端またこんな気持ちなる。やっぱりこっちの世界は嫌だ。嫌い。大嫌いだ。
こうしてどれくらいの時間が経ったのだろう。学園生活やルナールに戻ってきてからの出来事、そして先ほどの光景が頭の中でぐちゃぐちゃに溢れ出して思考がうまく働かない。
ただ...一つの考えが頭の中に浮かんでくる。
あの人は...皇帝陛下はネムじゃなかったのかもしれない。
そうだ。きっとそう。ダンスでの会話は緊張のあまり見てしまった幻夢に違いない。だから皇帝陛下はネムではないし、あのバルコニーでの二人の逢瀬は私には関係ない。
きっとそうだ。
そうであってほしい。
もう私は貴族の世界とは関係無いのだから。ここで起こる出来事はすべて無関係で私は無関心のままいたらいい。
そう思えば少し気持ちも軽くなってきた。
そろそろ会場に戻らなければもしかしたら姿が見えない私をぐぅちゃんやエヴァンさんが探しているかもしれない。
「〜っう、っう、うぅぅぅ」
泣き声?
私?ううん、違う。誰か泣いてる?
そろそろ戻ろうとかと考えていると、どこからか微かに泣き声が聞こえてきた。
重たい顔を上げて辺りを見渡すけれど花壇に植えられた花でまわりがよく見えない。
...泣いている人も悲しいことがあったんだろうか。こんなところでどうして泣いているんだろう。
気になってのそりと立ち上がった。
「おっと」
暫くしゃがんでいたせいで足が少し痺れてよろけたけれど、なんとか踏ん張って転けずにすんだ。けれど、立ってもよく見えなかった。
どこから聞こえるんだろう
泣き声を頼りに歩みを進めていく。数歩、歩いていれば次第に足の痺れもなくなりすたすたと歩けるようになった。
っほっと息を吐いて声の方へと歩みを進めていくと、すんすんと可愛らしい泣き声が大きく聞こえてくるようになってくる。
そして、ようやくたどり着いた先には植木の影で小さくなって蹲るメイドのお仕着せを着た少女がいた。
水色のくるくるショートカットのメイドさん。下を向いているのでつむじしか見えない。どうしよう。声かけても...いいのかな?
「あの〜、すみません。どうされましたか?」
迷ったけれど、やっぱり声を掛けずにはいられなかった。だって悲しそうに泣いてたから。こんな暗くてだれもいない中一人っきりで。そんなの寂しいよ。
私も寂しかった....
声を掛けると、メイドさんは肩を大きく跳ねさせて固まった。
なんだか悪いことをしてしまった気持ちになってきたけれど、声をかけてしまったものはしょうがない。なかなか動かないのでもう一度声を掛けてみる。
「あのぉ、大丈夫ですか?」
ゆっくりと上げてくれた顔を見たその瞬間私は、はっと息を呑んだ。