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召喚された女勇者は、死神魔王に振り向いて欲しい

作者: 灯流






「魔王サタナス! 今日こそ答えてもらいます!」



 バァーン! という効果音と共に重厚そうな扉を開けると、中では、不機嫌で不健康そうな長身痩躯の男性が、仕立ての良い服に包まれた背を丸めて、新聞を読んでいた。


「毎回、あなたも飽きませんね、勇者ヒカリ」

「そう呼んでくれるのは、もうリュカさんだけですよー」


 勝手知ったる何とやらで、広い部屋の真ん中をずいずいと奥の方に入り込み、その男性、かつては魔王と呼ばれ人間達と争っていたひとの目の前のソファーに座り、陣取った。


 私が座ったのをチラリと横目で確認しただけで、また新聞に目を落とし、コーヒーに口を付ける元魔王のリュカさん。

 目の前の一番良い位置に陣取り、マジマジと、穴があくほど凝視しているのに、無関心な目の前の男性を観察する。

 伏せた長い睫毛、スッと通った鼻筋と切れ長の目、目の下のうっすらとしたクマ、こけていると表現されそうな頬、細い首筋からの薄い胸板、長く骨ばった綺麗な白い指。長い灰色のくせッ毛は邪魔なのでポニテでまとめている。

 好き全部好き。はっきり言ってこれ以上好みの見た目の持ち主にはもう出会えない。断言できる。

 それに、魔王をしていたのに驕り高ぶらず、やる気なく、みなに敬語を使う紳士。

 完璧! もう本っ当に完璧! 人間の第一王子とかマジでどうでもいい。


「リュカさん。好きです」

「はい、どうも」


 思わず口からすべり落ちた言葉をすげなくスルーされて、はや48回目。

 もはや、リュカさんはこちらを向いてもくれない。

 ずっとコーヒーをすすりながら、新聞に目を落としている。

 コーヒー、という文化を持ち込んでしまったのは、失敗だったかもしれない。彼の不健康さに拍車をかけてしまった気がする。良いんだけど良くない。


「もー! 人の告白聞き流して、何読んでるんですかっ」


 新聞に嫉妬してしまうという、ちょっといやかなり気持ち悪い自分を自覚しながら、何をそんなに真剣に読んでるのかも気になって、彼の新聞を覗き込む。

 近寄っても顔すら上げないのに、サッと新聞をたたまれてしまった。ちょっとだけ見えたのは、キャロ、という名前。

 リュカさんはさっさと立ち上がると(もちろん私より頭一つ分は高い)、


「あっ、なんで片付けちゃうんですか」

「読み終わったからですよ」


 すげない物言いをして、リュカさんはソファーの横の新聞入れに新聞を戻した。私はと言えば、中途半端に浮かせた腰をまたソファーに戻すしかなかった。

 思ったよりしょんぼり座ってしまったのだろう、向こうからふと笑う気配がした。


「コーヒー淹れますが、貴女もいりますか?」


 まるでオシャレキッチンのショールームみたいな所に立ったリュカさんが、こちらに聞いてくる。似合いすぎて鼻血出そう。というのはおくびにも出さず、


「はいっ、お願いします」


 嬉しさ一杯に応えると、リュカさんは苦笑して、お湯を沸かしはじめた。魔法で。そうだった、ここは、剣と魔法がある、ファンタジーの異世界。


 平和そうに、柔らかな午前の光の中コーヒーを淹れている彼の姿を見つめながら、ふと昔の事を思い出していた。







 私、今上ヒカリは、日本に生を受けて成人まで育ち、成人式の帰りにベロベロに酔っ払ってトラックにはねられ、異世界にこの身体のまま転移した。

 死んだあと不思議な空間で目覚めて、女神、という存在に、こちらの手違いで間違って死んじゃったから、いま丁度人手が足りない世界に転移させてくれないか、という微妙にお約束を外した事を言われた。

 はいそうですか、とはさすがに言えなくて考えさせてくれと言ったら、あなた好みのチョーイケメン(当社比)がいるから! と説得され、見てみるだけなら……と返事したら問答無用でこの世界に飛ばされていた。


 そして光り輝く不思議な円陣、イン、私。


 その後は、まあ、深くフードを被ったおっさんたちに失敗したとか言われたけど、女神がちゃんと仕事してチート能力貰ってたので、すんなり勇者にされた。

 聖女ポジじゃないのかよ! と思ったけど、私好みのイケメンが人間のパーティに居なかったので、じゃあ勇者で良いです、となって魔族と戦う事になったんだよね~。


 でもさ、普通に考えてみてよ。

 日本に生まれて殺生したのって、蚊とゴキブリ、あとでかい所でいったらムカデくらいだよ? それも凍らせる殺虫剤使ってやっとだよ?

 無理じゃん。

 ふつうに目の前で殺生されたら、無理じゃん。血とかグロすぎじゃん。人と変わらない見た目の魔族も多いのに。

 やだ。絶対やだ、ってごねたら、お前がやれって言われて、言われてはじめて知ったけど私レベル99なんだって。そんじょそこらの人間と魔族じゃかなわないんだって。

 だから、峰打ち?みたいなので気絶だけさせて、事無きを得たんだよね。

 で、こうなりゃ死神って呼ばれてる魔王に直接会った方が早いなって思って、魔王城に乗り込んで、運命の出会いを果たすの!


 そう、魔王サタナ、本名リュカさんに!


 当時の私は、一応人間代表の勇者だし、魔王とは平和的に話し合いで解決しようと思ってた。

 でもね? 無理だよ。

 スラリと長い瘦せぎすの長身を、黒いコートで覆い、靴は革のロングブーツ。

 長く腰まで届きそうな灰色の髪は少しパサパサで、頭の横に取ってつけたような黒い巻き角。

 不健康そうな目の下のクマと、こけた頬。やる気のない死んだ目。

 それでも彼は整ったパーツをしていた。ちゃんと栄養を取ったら、絶対世の中の女性が二度見するぐらいの。でも、私はそれじゃ興味わかない。これぐらいがいい。まさに、こういう男性を待っていた。ジャストイット。死神ってこういう事か。

 やばい、やばいめっちゃ好み。


 その時思ったね。


 あっ、女神が言ってたチョーイケメンって、この人の事だ絶対そうだ。だって、ここまでニッチ(自覚はある)な好みドストライクバッターアウトな見た目、もう二度とお目にかかれない!

 さては女神、嵌めたな。

 私がこの魔王絶対好きになるってわかってこの世界に送りこんだな!

 って下唇噛みしめながら耐えていた時、頭の中に突如、天啓のように声が響いた。


《バレました?? いやぁ、人族と魔族に仲良くなって欲しくて~。適材かなって》


 ハート付きで言われても可愛くないしちくしょうありがとうございます!! 全部女神の掌の上だったとかくやしいっ、でも好きです、付き合ってください!


「……はい?」


 っかー! しかも敬語キャラとか、っかー! 女神わかってんねー!心の友かよ!


《でしょ、でしょ!》


「……あの、さっきから全部聞こえてますが、大丈夫ですか?」

「大丈夫じゃないです!」

「そうですか。で、どうするんですか? 人類史上最強の勇者さん」

「私の名前はヒカリといいます! 好きです、付き合ってください! マジで二度とお目にかかれないぐらい、タイプなんです!」

「……えー…っと、ちょっと、待ってもらえますか」

「はい、いくらでも!」




 ああ、あの時の頭痛そうなリュカさんも素敵だったなあ。

 珍獣を見る目で見られたけど……あ、今もコーヒー淹れてるリュカさんにそんな目で見られたけど、気にしないもんねっ。

 手を振ると、ぷいっと目線を逸らされてしまった。悲しい。……うーん、嫌われてはないと思うんだけどなぁ。

 こうやって、魔王城、現在はアトラクション魔王城ユニバーサルシティ(フフフーンランドより規模が大きい)内にある、プライベートな一室にいきなり入っても追い返されないもんね。まあ、私のレベルだから追い返せずにいる、っていう線も否定できないんだけど……。胸が、モヤモヤする。


 あ、そうそう、それで。

 私の告白を保留にした魔王のリュカさんの提案で、とりあえず人と魔族は和平を結んだんだよね。私が全く殺生をしなかったのが、魔族側にも好意的にとらえられたみたい。魔族側はそもそも防衛しかしてなかったらしいし。

 で、魔法が使えて文明が少し進んでた魔族と人が技術交換していく中で、なんと電気を生み出せる魔法とそれを活用する道具、そして何より、人間側にもチート錬金術師が居て、私が現代日本で受けていた恩恵を、急速に叶えてくれたのだ!

 それは人と魔族を繋ぎ、ともに発展していく中で、結果的に双方に良い影響をもたらし、数年もしないうちには、こうやって魔王城と城下を解放してアトラクションとすることで、人と魔族の平和のシンボルに出来るまでになったのだ!

 近々、私達勇者一行の冒険(一週間)が、大スペクタクル映画になるらしい。……文明の進み方が早すぎて、怖くもあるけど、うん。


 まあ、なんにせよ。おかげでこうやって、魔王だったリュカさんは現魔王城の支配人として優雅に生活できるようになったし、私は救国の勇者としてこうやって遊びほうける事ができているのだ。女神、万歳ー!


「……どうしたんですか、さっきから百面相して」


 昔に思考が飛んでいたので、話しかけられて、ハッとした。

 思ったより近くにある、ド好みのひとの顔。ちょっと心配そうにのぞき込まれただけで、顔が赤くなる。


「いっ、いえ、なんでもっ」


 そうですか? と言いながらも、リュカさんは私にマグカップを差し出してくれる。

 中には、日本で飲んでいたのと遜色ないコーヒーが入ってる。

 コーヒー淹れるの、上手になったよなあ。喜んでもらえてよかった。

 リュカさんが私の正面にまた座り、コーヒーを飲む。そこが、リュカさんの定位置。そして私の定位置は、真正面の、ここ。


 コーヒーを冷ます間、静かな時間が流れる。

 チラリとリュカさんを見ると、なんでもない顔をして、今度は机の上にあった別の書類を見ている。

 正直、彼にどう思われているのか、全く自信がない。

 正面に座るのを拒否はされないが、拒否されないだけかもしれない。私の事なんて、本当に珍獣かなにかと思って何とも感じてないのかもしれない。

 さっきのように不意打ちで告白しても、最近は動揺すらしてくれなくなった。

 私、告白しすぎた?

 諦め悪すぎて、呆れてる? でも、ハッキリ振られたわけじゃないし……。

 胸の奥がツキリと痛み、慌てて手に持ったままのマグカップの中身を飲む。この世界にコーヒー豆があったわけじゃないのに、ここまで再現できた飲料チームには脱帽するしかない。

 しかも、リュカさんが淹れてくれたのは私好みの、甘いコーヒー。


「おいしい」


 ホッと声が漏れると、リュカさんがふと目線を上げて、


「それは良かったです」


 そう言って、優しそうな目で私を見る。今日、はじめてまともに見てもらえた。

 そんな優しい声で、目で、私を見るから、私がつけあがるんじゃないですか……。

 もう一口、コーヒーを飲む。

 私が、甘いのが好みだって知って、わざわざ私に合わせて出してくれる。さすが、年の功。200歳はやる事がスマートで大人だ。


「なんですか? ひとの顔をジロジロ見て。何かついてますか?」


 はい、めちゃくちゃ私好みの顔が! とは言わず、無難にごまかす。


「いえ、なんでも。……あの、最近また顔色悪いですが、大丈夫ですか? キャロちゃんがバトルトーナメントを立ち上げてから、なんだかちょっと寂しそうですよ」


 リュカさんが、私を見ていた目をふとくもらせる。


「あっ、ごめんなさい。立ち入ったこと言って」


 慌てて謝り、バツが悪くなってコーヒーに視線を落とす。

 さっきとは違う、少し気まずい沈黙が流れる。

 耐え切れなくなってチラッと目線を上げると、リュカさんがポニテにしたせいであらわになったうなじ(性癖)をポリポリかいて、小さな苦笑を漏らしている所だった。アンニュイ。好き。


「全く、貴女にはかないませんね」


 溜息とともに漏らされる言葉。ふいと視線を外される。ど、ど、どうしよう、嫌われた? 嫌われたら生きていけないんだけど……。


「キャロは、元気にやっていますか」


 静かな、落ち着いた声。良かった、嫌われたわけではなさそう。


「はい。毎日挑戦者たちを選抜したり、門番達を鍛えたりして、頑張ってますよ。兄貴が引退した後、この魔王城を盛り上げるのは私達だ、って言って」


 親友の、頑張り屋さんの彼女の事を思い出して、ふと口がほころぶ。

 キャロ、というのは、この魔王リュカさんの妹で、一番最初に人間と手を組んでくれた魔族の女の子だ。リュカさんに似てちょっと無愛想だけど、話すととっても良い子で、魔族の将来を本気で心配していた。あとめっちゃ可愛い(当社比)


 人と魔族が仲良くするのは良い事なのだが、今まで荒事をやってた人達もいるわけで。お互いに渡り合っていたわけで。

 そんな人達の、ガス抜きとエンタメを両立させようと最近立ち上げた大会があり、それをバトルトーナメント、という。もうちょいキャッチ―な名前考えればよかった。

 で、魔王城の敷地内に大会専用の建物を作り、大会のルールの中で一番強い奴を決めよう、と宣伝しまくって、今、出てくれる人を選抜している所だ。そんな中私は、その大会の名誉会長兼アドバイザーとして、名前だけその組織委員会に在籍している。

 勝っちゃうからね。仕方ないね。

 キャロちゃんは、立ち上げたその大会の組織委員会の委員長として頑張っている、というわけだ。

 ちなみに、魔族時代の呼び名である魔女王をもじって、魔女っ娘キャロと名乗らせた私を褒めたたえるSNSが連日大賑わいで何よりだ。


「そんなに心配なら、見に行ってあげたら良いのでは?」


 そしてこの兄妹、早くに義理父義理母おとうさんおかあさんを亡くし、二人で魔族を引っ張ってきたせいか、わりとシスコンブラコンなのである。

 私の言葉に、リュカさんがまた苦笑を浮かべる。


「兄貴は来るな、と言われていますからねえ」

「ああ、キャロちゃん、照れ屋さんですもんね」


 んで、この兄妹。お互い思いやっているのに、どこか不器用で素直になれないらしい。

 変な意地はらなければいいのに、お互い。

 心配症で、キャロちゃんが怪我しないかずっと心配してるリュカさんと、リュカさんの不健康を心配しているキャロちゃん。キャロちゃん、普通の人や魔族からしたらめっちゃ強いのに。

 それとは別に、照れ屋のキャロちゃんにツイテさせて魔女っ娘名乗らせた私を(以下略)


「大丈夫ですよ。キャロちゃん、強いですもん」


 私が安心させようと笑うと、リュカさんもつられて、ちょっと笑ってくれた。

 不健康そうな人の笑顔って、貴重で良いよね。それがリュカさんなんだから、最高オブ最高。素敵アンド素敵。もう本当に好き。好きって言っても最近は聞いてももらえないけど。ちょっと悲しい。

 リュカさんは、また目線をコーヒーに落とした。


「今までずっと、キャロを守らなければと思って、必死にやってきましたが……皆、大きく成長していくんですね。いずれ、この手を離れていく事なんて、わかってたはずなんですけどねぇ」


 自嘲混じりに呟かれる言葉。お互いに、兄離れ妹離れしようとしているのかな。何それ尊い。


「貴女も。はじめて魔王城に乗り込んできた時は、まだまだ初々しかったのに、今や救国の勇者様。トーナメントも始まるし、映画も封切りが間近。色々忙しいでしょうに、ここに居ていいのですか?」


 リュカさんが、私を労わるように見てきてくれて嬉しいのだが……痛い所ついてくる。


「まだ、色々はじまってないので……」


 言い訳のように口ごもるしかない。

 そう。

 私は今や、どこにいっても有名人だ。人にも、魔族にも。

 そっとしといて欲しいのだが。キャロちゃんに頼まれてバトルトーナメントの顔にもなってしまったし。キャロちゃん可愛いしそうしなきゃ魔女っ娘名乗ってくれないっていうから仕方なく……っ。


 電気が使えるようになって、急速に情報伝達手段も発展を遂げ、魔法と混じって、ついにテレビのような物まで出現した。印刷技術も拡大に飛躍したし、紙や荷物を運ぶための運送業も飛べる魔族がいて全土をカバーできるようになった。

 テレビや新聞が発達したら、それを発進するマスコミみたいな産業も盛んになり、わりと地獄の様相を呈してきている。

 いつか、法を定めるように意見しないといけないだろうなあ。


 そんなわけで。

 冒険を膨らませ過ぎた映画が公開されたり、トーナメントがはじまってくると、ハッキリ言ってマスコミがうるさくなるのが目に見えてる。ゴシップなんかは、どの時代の民衆も好むようだし。

 ごまかすように、一口、コーヒーを飲む。あぁ、おいしい、落ち着く。


「そうでしたか。トーナメント、はじまったら見に行きますよ。名誉会長の挨拶も見にね」


 ちょっと意地悪っぽく笑いながら、言われた。んんっ、その顔好きっ。


「そんな事言われたら、責任重大じゃないですか。そうでなくても、記念の第一回目で失敗できないのにぃ」


 ちょっと眉を下げながら言うと、今度はちょっと優しそうな顔して笑ってるリュカさんと、不意に目が合った。

 ドキン、と心臓が跳ねる。


「貴女なら大丈夫ですよ。そんな重圧跳ねのけて、きっとやり遂げてくれる、そうでしょう」


 胸が、心臓が、ドキドキいって、うるさい。

 なんで。なんでこの人は、私にこんな風に祝福が言えるのだろう。

 年若い人間、しかもポッと出の私なんかに、不戦とはいえ負けた形で平和条約結ばされて。悔しくなかったわけないのに。鼻の奥が、ツンとした。


「おや、何て顔してるんですか。可愛らしい顔が台無しですよ」


 あまりにもさらっと言われすぎて、一旦脳が言葉をスルーしてしまった。

 ハッとして、今、ようやく言葉が、脳に届いた。


「かっ、可愛く、ないです。キャロちゃんの方が、よっぽどっ」

「確かに、キャロは可愛いです」


 やっぱりシスコンだー。……ああ、でも、そうか。可愛いって、妹に対する可愛い、みたいなものか。

 顔真っ赤にしてしまって、恥ずかしい。隠すように両手で頬を覆う。


「でも、貴女の事も、可愛らしいと思っていますよ。……私の気持ちに、全然気づかない所とか」


 珍しい、リュカさんのいたずらっ子のような、口調。


「リュカさんの気持ち、ですか?」


 はて。スルースキルを上げ続けているな、という事ぐらいしか……あっ。


「ご、ごめんなさい。私、自分の気持ちばっかりで、リュカさんのやさしさに甘えて、ずっと、ご迷惑を……」


 あ、泣きそう。


「ヒカリさん」


 今日は本当に、珍しい。

 珍しく名前を呼ばれたのに、嬉しい、より怖い、が先に立つなんて。

 謝罪をもう一度口にしようとした所、正面のリュカさんと、また目が合った。

 でも今度は、今まで見た事ないような、表情をしている。

 例えるならそう、蕩けるような甘やかな顔、だろうか。そんなの、見た事ない。

 私を黙らせるには、十分すぎるほどの破壊力を持った、意思のある瞳。

 その雰囲気のまま、リュカさんが私に微笑む。


「そういう早とちりな所、変わりませんねぇ」


 ここに、墓を立てて欲しい。勇者ヒカリ、推しの笑顔に無事昇天、とーー。


「貴女、私に好きだと言って、何回になりました?」


 思いもよらない言葉に、昇天しかけた魂がシュパッと戻ってきた。

 戻ってきたらきたで、リュカさんに見つめられたままだったので、心臓の鼓動を酷使してしまった。ドキドキがうるさい。


「えっと、48回、ですかね」


 今までちゃんと、好きって言ったの聞こえたのねっ。スルースキル上がり過ぎてわからなかったよっ。


「残念ですね。正確には、49回ですよ」

「えっ?」


 数え間違えるはずないのに。っていうか、リュカさんがちゃんと回数まで数えてくれていた事に驚きすぎて、言葉が出ない。


「その顔は、やっぱり数に入れてないんですね」


 面白そうに笑うリュカさんに、思考と鼓動が追いついていかない。

 口を半開きにして固まっている私に、リュカさんは言葉を降らせる。


「貴女、はじめて元魔王城で私と話した後、人間の王様にも認めさせてくるので、全部うまくいったら、ちゃんとお話させてください、って言って出て行きましたよね」

「?!」


 再び、顔が真っ赤になる。

 そう、あの日。はじめて魔王であるリュカさんに会って、あまりのタイプさに舞い上がって好きだと言ってしまった、初対面のあの後。

 さすがにこれはまずいと思って、ごまかすように口実をつけて人の国にとんぼ返りしてしまったのだ。

 うわっ、黒歴史好きな人に言及されるって、さすがに辛すぎる。


「私、その時言いましたよね。はい、待ってます。って」

「ソウ、デスネ」


 口実とはいえ、その時のリュカさんの言葉に勇気づけられて、平和条約を絶対人間の王にも認めさせてやるって決意したから、きちんと全部覚えてる。

 ちょっと困ったような、どこかホッとしたようなリュカさんの表情も、全部。忘れない。スマホがなかったのが残念だわ。


 でもその後、もう一度ちゃんとお話できたのは、だいぶ経った後だった。

 王様が、やけにすんなり和平を認めるなと思ったら、その条件が、私が第一王子の嫁になる事だったから、まー、その後はすったもんだの大騒ぎよ。

 私はもうリュカさん以外目に入らないし、王子もなんか気になる令嬢がいたらしいし、お互いに迷惑している話なので手を組んで、何とか、その話は保留にしたまま条約を結んだのだ。

 そのままあれやこれやと式典があったり、いろんな条約が決められたり、マスコミに追われたり、大変だった。

 時間が経つのは仕方なかった。

 ようやく落ち着いた頃、リュカさんに会いにいったらいわゆる塩対応されて、よくめげなかったよね、当時の私。

 ほろりと心の中だけで涙を流していると、


「だからね」


 リュカさんが立ち上がり、何だろうと見つめていると、上体を曲げ、机の上に手を付きかがみ込んだ。

 ちっ、近い近い!

 こんなに近いの久しぶりすぎて、もはや胸が痛いのすらわからなくなってきた。

 その、まっすぐこちらを見つめてくる赤ともオレンジとも輝く瞳から、目が離せない。


「私、ずっと言ってますよね。はい、って」

「へっ?」


 予想もしなかった言葉に、間抜けな声が上がる。

 ……思い返してみれば、確かにそうのような、違うような?

 そもそも、はい、って相づちの一種じゃないの? リュカさんの口癖というか。はい、どうも、とか、はい、ありがとうございます、とか、はい、わかりました、とか。


「……えっ」


 今度は、本当におかしそうに、声をたてて笑うリュカさん。


「好きです。に、はい。と答えているのに、本当に気づかないのですから」 


 今、胸の奥に、言葉が、落ちた。


「……え? えええええっ?!」


 じゃあ、じゃあ! あの時の好きですも、あの時のも、今日のも?!

 全部、全部答えてくれていたって事!?


「だって、だって凄くどうでもよさそうに返事されるから!」


 今日なんてこっちをチラリとしか見なかったんだよ?!

 だから、私の言葉なんて届いていないのだと思っていた。なのに、本当は?


「私にも言わせてくれますか。貴女が、私の返事に全く気付かないからですよ。でもさすがに私も、ちょっとムキになりすぎました。すみません」


 謝られてしまった。

 い、い、え、とかろうじて口にすると、リュカさんからそっと手が伸びてきた。

 不健康に細くて白い、でも大きくてごつごつした男の人の手。

 それが私に近づいて、そっと、壊れ物に触れるように優しく私の頬に触れる。

 ひんやり冷たくて、ちょっと汗ばんだ感触。熱で上気しつづけている私の頬に、ちょうどいい。

 目と目が、合う。

 その目は、私を。

 私も。


「好き、です。好きなんです。阿呆な事をって言われるかもしれないけど、あたなを一目見た時から、好きなんです。優しくて、ちょっと意地悪なところも、全部」


 言葉が、溢れる。

 目の前の、私の好みドストライクで、不健康で、シスコンで、紳士で、そしていつも優しいこの人に向けての、言葉が。


 50回目の私の告白に、リュカさんは笑って、はい、と答える。


 身体が、歓喜に震えるのがわかる。細胞の一つ一つまで、喜びで満たされる。

 でも。

 欲張りになってしまったようで、私は、その答えに満足できない。今まで口にできなかった言葉が、胸の奥からせりあがってくる。


「リュカさんは、私の事す……、どう思いますか」


 怖くて、長年こじらせた恐怖で、素直に聞けなくなってしまっていた。

 一度怖いと、断られるかもと覚えた恐怖は、人を臆病にさせる。

 今、目の前のこの人の表情を見てすら、なお。

 私の好きな人は、私のその言葉に、微笑む。


「私も、はじめて会った時から、貴女に惹かれていましたよ。いつも一生懸命で、人の為に頑張って、私に好きだ好きだと言ってくるわりに、こちらの気持ちを聞いてこない臆病さ全部ひっくるめて、可愛らしいと思っています。貴女に救われたのは、人だけじゃない」


 夢にも思わなかった言葉を、返してくれる。


「うそ……」

「嘘じゃありませんよ。ちょっと意地悪しすぎましたかね」


 ははっと笑うその顔に、仕草に、目を奪われる。ずっと、心は奪われていたけど。あなたも、同じだったの?


 すっと、大好きな顔が近づいてくる。

 なぜか自然と、目をつぶるのが当たり前だ、という考えに支配されて、無意識に目を閉じていた。

 一瞬遅れて、頬、そして唇に触れる、柔らかで少し乾いた感触。

 ハッとして目を開けると、遠ざかっていく手と、色気を含んだ顔で口角が上がっている、リュカさん。

 ……え! いま、もしかして、き、キスしちゃったの?!

 さっきからずっと頬が熱いのに、燃えてしまいそうなほどの熱が集まる。


「あ、わ、わ」


 動揺しすぎて、言葉にならない。もう一回。もっと。ちゃんと見たい。色んな気持ちが渦巻いて、何一つとして形にならない。


「すみません、つい、先走りすぎました。隣に座っても、良いですか?」


 思考が追いつかないが、その言葉には、こくこくと何度も頷いた。

 ちょっとおかしそうに笑いながらリュカさんは立ち上がり、こちらに歩いてくる。足長い、スタイル良い。カッコいい。

 失礼しますよ、と言って、リュカさんが私のすぐそばに座る。

 腕と腕がくっつくかくっつかないかぐらいの距離、だったのだが、リュカさんが座り、ソファーが沈んで、ピトリと腕がくっついた。あわわわ。細いスタイル良すぎ。


 隣に座ったリュカさんがコホンと一つ咳払いをして、真面目な顔で、固まってしまった私を覗き込むようにして、見る。


「ヒカリさん。貴女は私に光を見せてくれた。救ってくれた。私は魔族で、貴女とは相入れない種族かもしれない。不釣り合いで不甲斐ない男かもしれない。それでも、私と共に、歩んでくれますか」

「もちろんですっ!!」


 秒速で、なんなら最後の言葉に被るぐらいの勢いで、返事をしていまった。うう、恥ずかしい。ちょっと視線外してしまう。

 そっと、大きな手で両手を握られた。

 スキンシップに慣れてなさすぎて、やばい。今日が本当に命日かもしれない……いや、生きる!!


 バッとリュカさんを見ると、幸せそうにふにゃっと微笑んでいた。

 ……鼻血出るかと思った。変な雄たけびをあげないように必死に抑えるので手一杯だった。


「それでは、これから、も、よろしくお願いします」

「はいっ。こちらこそよろしくお願いします!!」


 愛おしい、と、彼の顔にかいてあるように見える。見間違いでなければ。私の強めの幻覚でなければ。本当に。


 ああ。

 と、ふと、胸にストンと落ちた。

 私は、このひとを笑顔にする為に、今まで頑張ってきたんだって。女神に唆されてこっちに来たその瞬間から、ずっと。

 人間と魔族に和平を結ばせたのだって、お互いに使えるように技術を共同開発したのだって、今回のキャロちゃんの大会だって、その他色んなこと全部、全部。このひとを捕らえる世界から、救う為に。

 この人が、幸せに笑える平和な世界を作るためだったんだって思えば、すべて、報われた。


「わっ、大丈夫ですか、いま拭くものを」


 ダバッと、本当に急に、涙腺が決壊した。

 慌てて立ち上がろうとしたリュカさんの服の裾を、つい掴んでしまった。その間にも私の目からは次から次に涙が溢れて、止まらない。

 困った顔をさせてしまった。

 服から手を離し、目を拭おうとした時、ふわっと、横から長い腕が伸びてきて、薄い胸板にもたれかからされ、包まれた。


「よしよし。どうしたんですかいったい、急に」


 リュカさんの匂いだ。

 抱きしめられて腕の中にいる、とハッキリ実感すると、ますます涙が溢れて止まらない。


「わかっ、らない、んですっ。嬉しくて! 嬉し、過ぎるんです!」


 もはや言葉になっていたかどうかすら怪しいけど、リュカさんはよしよしと変わらず私の頭を撫で、あやしてくれた。

 それに辛抱たまらなくなって、思わず私からもリュカさんの背中に腕を回す。細いけど、しっかりした背中。

 しゃくりあげ、嗚咽しか出ない。


「そうですか。じゃあ、もうしばらくこうしていましょうかねぇ」


 その言葉が嬉しくて、より密着するように抱きついてしまった。







 リュカさんは言葉の通り、そのまましばらく私の涙に付き合ってくれた。

 しばらく時間が経って、ようやく私の涙も嗚咽もおさまり、胸から顔を離すと、私の涙と鼻水で服が大惨事になっていた。


「あっ、すみません、私これ」

「いいんですよ、気にしないでください。服ならいくらでもありますし、今ここで、あなたの涙を拭えてこの服も本望でしょう」


 ま、またそんな惚れさせるような事言って! 知りませんよ!

 さすがに、まだちょっと顔がぐちゃぐちゃのままなので、袖でぐいっと顔をぬぐう。


「ああ、いけませんよ、そんなに乱暴にしては。せっかくの可愛い顔が大変ですよ」

「いいんですっ」


 恥ずかしくてつい、口調が強くなってしまった。


「貴女といい、キャロといい、素直じゃないんですから、全く」


 苦笑するリュカさんの顔は、言葉に反して、私に雄弁に語り掛けてくる。

 一度、気持ちを知ってしまったら、あとはもう、戻れない。

 ああ、彼も、同じ気持ちだったのかな。


「リュカさん」

「はい」

「私、絶対、バトルトーナメント成功させてみせます。それで、もっと、もっと人と魔族が仲良くなれる平和な世界にします。絶対します」


 おやっという顔をしたが、リュカさんは変わらず、微笑む。


「その意気ですよ。がんばってください。私も、お手伝いしますよ」

「はいっ。だから、その暁には」


 その言葉は、降りてきた唇に、塞がれてしまった。


「たまには、私にも先に言わせてください。ケッコンというのを、人はするのでしょう? だからその暁には、私と、ケッコンしてください」

「はい喜んで!!」


 どっかの居酒屋のような返事をしてしまったが、リュカさんが本当にうれしそうに笑っているから、まいっか、と思ってしまった。

 ついに耐え切れなくなった血管(どことは言わないが)から、一筋の赤い線が垂れるまで、あと残り数秒。

 そんな事も知らず、私達は笑いあっているのだった。








 その後、無事バトルトーナメントは開催され、年々人気を増していく大人気産業の一つとなる。

 その、伝説的な第一回の名誉会長挨拶で、勇者と魔王の二人の関係をぶちまけて、色んな関係各所を巻き込み騒動を起こすのは、また別の話。


 


おわり



 









「そういえば」

「はい」

「第一王子とのケッコンの話は、どうなったのですか?」

 思わず咳き込んでしまった

「どっ、どうもこうも無いですよ? お互い、なんとか王様に諦めさせようってしている所です」

「そうですか。……良かった」

 ギュッと抱き締められた

 

 ーーは?この魔王、可愛過ぎか??幸せにするしか選択肢なくない?いや絶対に幸せにしてみせる!


 勇者ヒカリは、天に召されていく意識の中、そう誓ったのであった……いや生きるけどね!!


 今度こそおわり。

魔王はちゃんと返事してるつもりだったけど、勇者が全然気づかないのでちょっと面白くなってそのままにしてたら、告白50回目が見えてきたので、焦ってちゃんと返事してみた。けど50回目は阻止できませんでた、みたいな話でしたね?


ここまで読んでくださって、ありがとうございました!

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