第7話 第一の犠牲者
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残り時間――12時間41分。
残りデストラップ――12個。
残り生存者――13名。
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「どうするんですか?」
イツカが五十嵐の顔に伺うような視線を向けた。
「いや、どうすると言われても……。まあ、あれだけ本人がはっきりおりると言っている以上は、ぼくらがどうこう言うことでもないんじゃないかな……」
五十嵐は対処しようがないと言わんばかりに首を左右に振った。
「でも、もうゲームは始まっているんですよ。だとしたら、奥月さんはこのまま帰っても大丈夫なんでしょうか?」
「うーん、それをぼくに聞かれてもね……」
「瓜生さんはどう思いますか?」
二人の会話に割って入る形になったスオウは瓜生の顔を見つめた。この参加者の中では、五十嵐よりも瓜生の方が頼りになりそうな気がしたのだ。
「イツカちゃんっていったかな、たしかに君の言うことも一理ある。あの男はすでにゲームに参加しているんだ。今さら自分勝手にゲームからおりられるわけがない。だとしたら、あの男にもデストラップが発動する可能性は残されているってことだからな」
瓜生が顔を曇らせた。
そのとき、廊下の先からエレベーターの到着を知らせる音が聞こえてきた。おそら
く奥月が呼んだのだろう。
「ねえ、まさかとは思うけど……。ひょっとしたら、あれがなにか関係しているとかないよね?」
イツカが震える指先で、たった今落下した額縁を指し示した。
「そうか! もしもこの額縁の落下がデストラップの『前兆』を表わしているんだとしたら、デストラップはエレベーターの落下だという可能性があるっていうことか!」
イツカの言葉に刺激されて、スオウの低スペックな頭脳が再びひらめいた。
「おい、もしもスオウくんの言う通りだとしたら――あのオッサン、危険かもしれないぞ!」
言うなり、瓜生がいきなり廊下を駆け出していく。
「スオウくん、わたしたちも行こう!」
「ああ、分かった!」
スオウはイツカに促されるようにしてエレベーターホールに走った。しかし、エレベーターホールにいたのは瓜生だけで、そこに奥月の姿はなく、エレベーターはすでに降下を始めていた。
「おっ、きみたちも来たのか。でも、一歩遅かったみたいだ。こうなったら階段を使って追うしかないな」
言うが早いか、瓜生がエレベーターホール脇の階段に走って行く。
スオウとイツカは互いに一瞬顔を見合わせた。同時に大きくうなずく。考えていることは同じだったらしい。
「おれたちも行くしかないか」
「そうね。とにかく、今はエレベーターにデストラップが仕掛けられていないことを祈ろう」
二人とも瓜生の後を追うべく、階段を駆け下りていった。
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奥月は降下していくエレベーターの中で、点灯する位置がゆっくりと変わっていく階数表示を忌々しく見つめた。
やっぱり、ここにきたことが間違いだったんだ。いや、このゲームに参加すると決めたことが間違いだったんだ。いや、違う――。あの両親がいることが、すべての間違いの元凶だったんだ。
奥月が要介護が必要となった両親の世話を始めたのは三年前だった。食事に入浴に排泄と、生活に関わるありとあらゆる介護をしてきた。幸いにして奥月は独身だったので、仕事以外のすべての時間を両親の介護に費やすことができた。
だが、それでも限界がある。仕事が忙しいときなどは、両親の介護にかかる時間も限られてしまう。そんな状況では、仕事に集中できる余裕もなかった。結果として、仕事の質は徐々に落ちていき、会社での立場も悪くなり、去年、退職の道を取らざるをえなくなった。
長い介護生活の間に、両親に対する愛情も薄れていった。なぜ、自分だけがこんな苦労をしないとならないのか、理不尽に思うこともあった。
少ない退職金はまたたく間に介護費の支払いで消えていった。このまま貯金が尽きてしまえば、あとは一家心中以外の道は無いように思えてきた。
そんなときに、紫人に出会った。奥月は紫人の話す『命をかけたゲーム』に、人生を掛けてみることにした。今さらどうせ、失くすものなどなにもないのだ。
しかし、いざゲーム会場に来てみると、自信がなくなってしまった。怖くなったのだ。いや、それは違う。正直に言えば、両親の為に自分の命をかけるのが、惜しくなってしまったのである。
だから、私はこのくだらないゲームからおりた。
奥月には秘策がひとつあった。このまま家に帰っても、介護が必要な両親がいるだけで、もとの介護疲れの生活に舞い戻るだけである。だが、その秘策を使えば、生活は激変する可能性を秘めていた。今まであえてその秘策から目をそらしてきたが、それも今日までだ。
奥月の両親は生命保険に入っていた。それも高額なものだ。奥月がもらった退職金が、はした金に思えるくらいの金額である。その保険金をいただくのだ。むろん、その為には両親に死んでもらわないといけないが。
奥月の意志はすでに固まっていた。バカみたいなゲームに自分の命をかけるぐらいならば、老い先短い両親に、自身の介護の責任をとってもらえばいいだけだ。
このままゲームを降りる。家に帰る。両親を殺す方法を考える。そして、それを実行に移す。そうすれば、すべての苦労から開放される。
なんだ、簡単なことじゃないか! 今の今まで悩んでいたのがウソみたいだ!
奥月は心中に明るい希望がうまれてくるのを感じて、歓喜の表情を浮かべた。ここ三年間味わったことのないくらいの高揚感が胸に広がっていく。
エレベーターが一階に着いた。奥月は意気揚々とした足取りでもって、正面玄関に向かって歩き出した。
正面玄関の向こう側に、まだ見ぬ明るい未来が待ち受けているのが容易に想像出来た。
ガラスドアを大きく開いて、一歩、病院の外へと足を踏み出した。
頭上で大きな金属音がした。
奥月ははっと顔を上げた。
建物の壁に沿って組まれていた鉄製の足場の一部が崩れ、何十本という数の鉄パイプがいっせいに地面に降ってきた。
そのうちの一本の鉄パイプが、頭上を見上げていた奥月の顔面に突き刺さった。右の眼球を破壊して頭蓋に進入した鉄パイプは、やわらかい脳をいとも簡単に深くえぐった。
奥月の脳は瞬間的に壊滅的なダメージを受けて、その機能を完全に停止させた。
「ぐじゅじゅ…………げぼは………………ごぶふ……………………」
奥月の口から大量の血液がこぼれ出る。
それで終わりだった。
奥月の命はあまりにもあっけなく失われたのだった。
その場に崩れ落ちた奥月の体の上に、次から次に鉄パイプが山となって積み重なっていく。たちまち奥月の体は鉄パイプで覆い隠されてしまった。
『デス13ゲーム』における、デストラップの最初の犠牲者はこうしてうまれた。
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スオウとイツカは二階の廊下で、瓜生に追いついた。三人そろって一階の階段踊り場に差し掛かったところで、耳障りな金属音が聞こえてきた。
「遅かった? きっとエレベーターが――」
「いや、今のは病院内でした音じゃないぞ。それにエレベーターが落ちたのなら、もっとデカイ衝撃音があがるはずだ。こんな小さい音じゃすまないからな」
「それじゃ、今のはなんの音だったんですか?」
スオウの質問に、瓜生は視線で答えた。
「入り口を見てみろ。どうやら、音の正体はあれみたいだな」
瓜生の視線は病院の玄関に向けられていた。
「ちょっと、なんなの……あれ……?」
イツカが視線の先に広がる光景を見て言葉を荒げた。
正面玄関の先に見えたのは、足場として組まれていたはずの鉄パイプで出来た、おおきな山だった。4~5メートル近い高さの山を形成しており、外の風景が見えなくなっていた。完全に入り口が塞がれた格好である。
「瓜生さん、ひょっとしてさっきの音って、この鉄パイプが崩れた音だったの?」
「ああ、間違いなくそうだろうな。あのホールの額縁の落下は、鉄パイプが崩れ落ちることを示すデストラップの『前兆』だったんだな。そして、あのオッサンはその崩落に巻き込まれたに違いない」
「それじゃあ……あのオジサンはもう……」
「まあ、この様子からすると、まず生きてはいないだろうな」
「そんな……」
成す術もなく、その場に立ちすくむしかない三人だった。
そのとき、唐突に三人のスマホが同時にメール受信のメロディを鳴らした。紫人からの一斉送信メールだ。
スオウは慌ててスマホを手に取った。すぐにメールを開き本文を表示させる。
『 ゲーム退場者――1名 奥月
残り時間――12時間27分
残りデストラップ――11個
残り生存者――12名
死亡者――1名 』
メールにはそれだけが記されていた。
「うそ……うそよ……。だって……さっきまで、生きていたのに……」
イツカの嘆きに対して、返す言葉の見つからないスオウだった。あまりにも突然すぎる出来事で、スオウもまだ奥月の死を受け入れることが出来なかったのである。
「――二人とも言いたいことはたくさんあるだろうが、とりあえず今はホールに戻ろう」
この非常事態の中、一番落ち着いている瓜生の言葉に従って、スオウたち三人は五階のホールに戻ることにした。