第46話 死神との死闘 その1
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残り時間――3時間28分
残りデストラップ――2個
残り生存者――3名
死亡者――6名
重体によるゲーム参加不能者――4名
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紫人からのメールが届いた。スオウは歩みを一旦止め、鉄パイプを右脇の下に器用に挟み込むと、スマホに届いたメールをチェックした。そこに絶対に見たくない名前が載っていた。
『 ゲーム退場者――1名 瓜生
残り時間――3時間28分
残りデストラップ――2個
残り生存者――3名
死亡者――6名
重体によるゲーム参加不能者――4名 』
「うそだ……。こんなの絶対にありえない……。あの瓜生さんが犠牲になるなんて……うそに決まってる!」
瓜生の笑顔が頭に思い浮かんでくる。必ず再会すると約束した瓜生――。
「ちゃんと……約束したじゃないですか……。大人なのに……大人なのに……約束を破るなんて……ずるいですよ……ずるいじゃないですかっ!」
その場に力なく崩折れた。
「――スオウ君、ねえ、スオウ君! 今は病院から遠ざかるのが先だよ!」
イツカがスオウの肩を必死に揺すってきた。
「でも、瓜生さんは再会するって約束したんだ……。それなのにさ……それなのにさ……」
「いいから、早く起きてっ!」
「なんだよ、イツカは悲しくないのかよっ!」
行き場のない悲しみを、イツカにぶつけてしまった。それが八つ当たりだということは、スオウ自身が一番よく分かっている。
「しっかりして、スオウ君! 苦しんでいる妹さんが病院で待っているんでしょ!」
それはスオウのことを思いやるイツカの優しい怒鳴り声だった。
「――そうだ……そうだった……。妹が、妹が……病院で、待っているんだ……」
ゆっくりと立ち上がる。イツカの目を見て、今やらなければいけないことがなんなのか思い出した。
そうだ、おれは妹の為にも絶対に生き残らないといけないんだ!
イツカの一喝のおかげで、混乱していた頭に冷静さが戻った。
「――ありがとう、イツカ。瓜生さんには悪いけど、今は逃げよう」
「そうだよ。今は目の前のやれることをしないとスオウ君」
「よし、駐車場まで急ごう」
スオウは再度鉄パイプを右手で力強く握り締めた。傷口の痛みに耐えながら、前を向いて歩いていく。
ときおり耳の横を通り過ぎていく強風の音。反対に遠くから聞こえる雷の音。
ゲーム開始当初に五階ホールのテレビの天気予報で見た強風雷注意報を思い出した。これ以上天候が悪化しないことを祈るばかりだ。
地震による緊急出動なのだろうか、けたたましいサイレンが何十にも重なって聞こえてくる。それだけ多くの緊急車両が出動しているのだろう。
「ダメもとで、救急車を呼んでみようか? この状況じゃ、いつ来てくれるか分からないけど、おれたち二人じゃ重体のゲーム参加者を外へ運び出せないから」
「うん、そうだね。それが一番安全な方法だよね」
スオウはイツカに確認してから、スマホで119番に連絡を入れた。
『はい、消防です。火事ですか? それとも救急ですか?』
地震の影響による回線の混雑を予想していたが、電話はすぐに消防署につながった。
「救――」
『急』と言いかけたとき、突然、まばゆい光に顔を照らされた。光の方に視線を向けたが、まぶしすぎて視界がまったく利かない。
不意に、ギュルルンという獣の咆哮じみた音が前方からした。すぐに音の正体が車のエンジン音だと気づいた。脳裏に、さっき見た病院の入り口付近に止まっていたルーフが壊れた車が思い浮かぶ。
果たして、それらが意味することは――。
車の屋根に落ちたのは人間だったに違いない。しかも、その人物はまだ生きている。そして、車を運転してこちらに向かって来ているのだ。
今このゲーム内で生き残っている人間は三人しかいない。スオウと、イツカと、もうひとり――。
光芒を放つ人工的な獣が、猛烈なスピードで近付いてくる。
「イツカ、早く逃げるんだっ!」
スオウは考えるよりも先に行動していた。隣に立つイツカの背を手で力強く押して、車のヘッドライトの中に自分だけが残る。
「スオウ君!」
イツカの絶叫。
「くそっ、何か策はないか……?」
光が間近に迫ったところで、ようやく車の輪郭が目で把握できた。そのとき、別の物がスオウの視界に入った。
これだ! これしかない!
スオウは地面に右手を付き、『それ』を掴んだ。光に向かって『それ』を大きく振り上げる。
ちょうどそのとき、良い具合に一陣の風が吹き抜けた。スオウが手にした『それ』――足場を覆っていた巨大なシートが、風の力で舞い上がり、猛スピードで接近してきた車の方に飛んでいき、フロントガラスを一面覆い隠す。
よし、今だっ!
スオウは一か八かのタイミングを見計らって、真横に飛んだ。同時に、下半身に非常に重たい衝撃が走る。そのまま地面に飛ばされて転がっていく。
だが、ここで気を失う訳にはいかない。車の行方をしっかりと目で確認する。
フロントガラスを暗闇で閉ざされた車は左右に蛇行しつつ、体勢を整えるためか、急ブレーキを踏んだ。切り裂くような音とともに、車体がグリップを失い、盛大にスピンをする。
そのままスピードを落とすことなく病院の外壁に激突。そして、コンクリートの塊と鉄の塊がぶつかり合う衝撃音。
「や、や、やった……のか……?」
変形した車が薄闇の中にぼんやりと見える。そこから白い煙が闇の中を空へと立ち上っていく。
「スオウ君、大丈夫? 怪我はしていない?」
イツカが心配顔で駆け寄ってきた。
「――ああ……ちょっとかすっただけだから、平気だよ……」
スオウは強がってみせたが、実際のところ、左わき腹の辺りにじんじんとした痛みがあった。車をよけるのが一瞬遅れてしまったのだ。
「スオウ君、早くここから逃げよう!」
「そうだな……」
スオウは答えながらも、車からまだ目を離すことが出来ずにいた。そのとき、車の一部に赤い光が生まれた。それがたちまち車全体に広がっていく。どうやら車体から漏れ出したガソリンに引火したらしい。
「――ねえ、これで終わったんだよね? これで本当に終わったんだよね?」
「ああ、そうだと思いたいよ……。この体じゃ、やつの相手を続けるのは――」
二人の話し声をかき消すかのように、爆音が轟き渡った。ついに車が爆発したのだ。
病院の三階近くまで、昇り竜のごとく炎が立ち上っていく。爆発の衝撃によって、車の破片がそこらじゅうに飛び散っていく。ガソリン特有の鼻をつくニオイと、焦げ臭いニオイがあたりに立ち込めていく。爆発によって、車は完全に破壊されていた。
「この炎で全部燃やし尽くしてくれよな……」
だが、スオウの願いは届かなかった。ガジャンという音が車の付近でしたのだ。
炎を背にまとったがごとく、人影が車から出てきた。
「うそ……うそ……うそ、でしょう……」
イツカが声を震わせた。スオウも目の前の光景が信じられなかった。あれだけの規模の爆発に巻き込まれたにも関わらず、その男は生きていたのだ。
「あいつ……不死身なのかよ……。まるで……死神そのものじゃないか!」
地獄の炎の中から姿をあらわした、死神を思わせる男――瑛斗。




