第44話 反撃の手段
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残り時間――3時間49分
残りデストラップ――4個
残り生存者――4名
死亡者――6名
重体によるゲーム参加不能者――3名
重体によるゲーム参加不能からの復活者――0名
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廊下の中ほどにあった休憩スペースに着いた。地震の衝撃か、あるいはガス爆発の衝撃か、休憩スペースに設置されていた自動販売機が倒れており、中に入っていた缶ジュースやペットボトルがそこらじゅうに散乱していた。
ちょうど喉が渇いていたので、瓜生は腰を曲げて缶ジュースを一本拾った。プルタブを引っ張ると、顔目掛けて炭酸が噴き出してきた。自販機から転がり出たときに、炭酸がシェイクされたのだろう。
「うわっ、なんだよ! これじゃ、スオウ君と同じじゃないか」
スオウが缶ジュースの炭酸を浴びて、イツカがデストラップだとからかったのを思い出した。ずいぶんと前の話に思えたが、実際はたかだが数時間前の出来事である。
一口缶ジュースを口に含んだ。喉を流れる炭酸の刺激が心地良い。
「よし、これで気持ちがリセット出来たぜ」
気持ちが落ち着いたためか、ドアから漏れてくる小さな音に今さら気が付いた。シューシューと何かが漏れる音。
ドアの案内プレートを見ると、そこには呼吸器科の文字。缶ジュースを手にしたまま、そのドアの中に入る。
床に転がる数本の酸素ボンベ。棚から落ちてきたみたいである。落下の衝撃でバルブのハンドルが緩んだのか、ボンベから空気が漏れ出していた。その音が廊下に漏れてきていたのだ。
呼吸器不全の人が使う医療用酸素ボンベ。瓜生が過去にインタビューした人間の中にも、それを使用していた人がいたのを思い出した。
そしてもうひとつ、思い出したことがある。医療用酸素ボンベが関わる事故のニュースの記憶。
瞬間、瓜生の脳裏にひらめきが走り抜ける。手にした缶ジュースをじっと凝視する。ただの缶ジュースであるが、さっき中の炭酸が噴き出してきた。
ふん、なるほどね。そういうことか。
もしも瓜生の想像が正しければ、このボンベは立派な武器になりうる。瑛斗の銃にも勝てるはずだ。
瓜生はすぐに使えそうなボンベを選び始めた。頭で思い描いたプランに従って、ボンベを廊下に並べていく。その数、合計三本。
次にバルブのハンドル部分を強打できるものを探す。そこで、わざわざ探さなくとも、ボンベ自身でハンドルを打ち付ければいいと気が付いた。
よし、これならいけるかもしれないぞ。
瓜生が着々とプランを進めていると、廊下を歩く足音が聞こえてきた。どうやら、いいタイミングで相手が現れてくれたみたいだ。
さあ、最後の大勝負の始まりだ。
瓜生は気を引き締めた。一歩間違えれば、待っているのは死である。
頭の中でシミュレーションをする。シミュレーション通りにことが運べば、数分後、床に倒れているのは瑛斗のはずだ。
瓜生と瑛斗の戦いはもう始まっていたのである。
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瑛斗は足を止めた。廊下の先に男の姿が見えたのだ。さっきの二人組ではないみたいだが、どのみち生き残りは全員殺すつもりだ。殺す順番が変わるだけだから、まずはこの男を殺すことにした。
男は何かの作業をしているらしく、廊下に座り込んで、しきりに床の上で手を動かしている。何かを探しているのか、それとも良からぬことを考えているのか。
まあ、どうでもいいさ。どんな策を弄したところで、この銃に勝てるわけがないからな。
「こんなときに床掃除ですかあ? それとも、誰かが銃で撃たれて、床が血で汚れたんですかあ?」
挑発している気はさらさらないのだが、相手の傷口をさらに引き裂く言動をつい口走ってしまう。それが瑛斗の心の闇を如実にあらわしていた。
瑛斗は手にした銃のグリップをたしかめるように一度強く握り締めると、男に向かってゆっくりと近付いて行った。
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床に並べられた大型の酸素ボンベが三本。手にはそれよりもふた回り小さいボンベを握り締めていた。このボンベの使い方が鍵になる。
瓜生は足の痛みに耐えながら立ち上がった。しゃかんだままでは、相手に警戒感を持たれると思ったのだ。ただでさえ怪我をしているというのに、今は重いボンベを持っているので、体がふらつく。
視界の先に瑛斗が現れた。横倒しになった自動販売機を越えて、瓜生まで五メートルの距離の所まで来て、そこで止まる。
「随分と体がふらふらしているみたいじゃないですかあ。いいんですよ、そこに倒れていても」
「お客様をおもてなししないといけないからな。こうして立って出迎えてやったぜ」
瓜生は手にしたボンベのノズル部分を瑛斗に向けた。
「面白い形の銃ですねえ。でも、それってガスボンベじゃなくて、ただの酸素ボンベですよね? そんなものが『これ』に勝てるんですか?」
瑛斗が銃口を向けてきた。狙いは瓜生の胸の辺り。
心臓を打ち抜かれたら、それで終わりだ。かりに心臓直撃を免れたとしても、胸に当たれば反撃することは無理だろう。
瑛斗が銃を撃つ前に勝負を決めないとならない。
「なんだ、バレちまってるのか。ガスボンベならお前もろとも吹き飛ぶ覚悟をしていたんだけどな。でも酸素ボンベじゃ、そうもいかねえよな。でもな――」
瓜生は床に並べた酸素ボンベに目を向けた。
「酸素ボンベにはこういう使い方もあるんだぜっ! 覚えておきなっ!」
手にしたボンベの底で、床に並べたボンベのバルブ部分を思い切り強く叩いた。緩んでいたバブルのハンドルが簡単に砕け散った。シューという音が、途端にジューという太い音に変わる。漏れ出る酸素の勢いで、ボンベがガタガタと動き出す。
そして――それだけだった。
十数秒もしないで、酸素がすべて抜け出て、ボンベの動きがぱたっと止まる。
「――あなたはいったい何をしたかったんですか?」
瑛斗の言葉は、しかし瓜生の耳には入ってこなかった。予想外の事態でそれどころでなかったのだ。
本当ならば漏れ出た酸素の勢いでボンベが瑛斗目掛けて飛んでいく予定だったのである。
すぐさま、二本目の酸素ボンベに移る。手にした小さいボンベで、床のボンベのバルブ部分を強打した。しかし、いっかな壊れない。
ウソだろう……。まさか、俺の予想は間違っていたというのか……?
背筋を氷の手で撫でられた気がした。心が恐怖に少しずつ侵食される。
瓜生は缶ジュースから炭酸が噴き出したのを見て、それが酸素ボンベが飛んでいくデストラップの前兆だと予想したのである。しかし、それはまったくの思い違いであった。
瓜生は瑛斗の顔を見つめた。勝ちを確信した瑛斗の顔。
酸素ボンベが使えない以上、もう万事休すか……。
奥の手が失敗に終わった今、瓜生に残された道は、死ぬ気で瑛斗に飛び掛ることだけである。だが、怪我をしている足でどこまで瑛斗に近づけるか。
瑛斗の持つ銃口を睨みつける。ニューナンブM60の装弾数は五発。最初の一発は警察官に。そのあとで、はたして何発撃ったか。愛莉に一発。ヒロユキに一発。スオウに一発。これで計四発。
昔から巷間に伝わる都市伝説として、警察官が持つ銃の初弾は空砲、というものがある。暴発の恐れを避ける為などそれらしい話があるが、実際のところは一発目から実弾が入っている。都市伝説ライターとして、それだけは断言できる。
もしも、瓜生の知らないところでヒロユキか瑛斗が一発撃っていたら、すでに目の前の銃の弾は切れているはずである。しかし撃っていなければ、まだ銃には弾が残っているということになる。
それをたしかめる術はひとつしかない。瑛斗に実際に引き金を引かせるのだ。
確立はフィフティーフィフティー。伸るか反るかの勝負である。しかも、命を懸けた賭けである。
「何を考えているんですか? 次の手はないんですか? それじゃ、こちらの番ですね」
瑛斗が引き金に力を込めていく。
一瞬後、銃声ではなく、なぜか甲高い破裂音が廊下に反響した――。