第43話 脱出への道
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残り時間――4時間01分
残りデストラップ――4個
残り生存者――4名
死亡者――6名
重体によるゲーム参加不能者――3名
重体によるゲーム参加不能からの復活者――0名
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スオウの身体の状態をひと目見るなり、瓜生は顔を大きくしかめた。
スオウは瓜生に対して申し訳ない気持ちになった。大見得を切って廊下に飛び出したまでは良かったが、結局、銃で撃たれて傷を負って逃げてきたのだ。
瓜生が何も言わずに銃創の手当てをしてくれる。ガーゼを傷口にあて、その上からきつく包帯を巻いていく。痛みはまだあるが少し楽になった。
処置が済んだところで、スオウは廊下に出てからのことを瓜生に話した。五分ほどでスオウの話は終わった。
瓜生はしばらく思案したのち、重い口を開いた。
「――だいたいのことは分かった。だとしたら、スオウ君とイツカちゃんは今すぐに逃げるんだ」
「ちょっと瓜生さん、おれの話を聞いていたんですか?」
「ああ、聞いていたさ。いいか、さっきから、この建物がミシミシギシギシと音を立て始めているんだ。もう長い時間はもちそうにない」
「建物の話はいいです! ここに銃を持った瑛斗が来るかもしれないんですよ? 瑛斗はヒロユキが持っていた銃を奪って、ヒロユキをなんの躊躇もなく殺したんです! ここにいたら危ないことぐらい、瓜生さんだって分かっているはずでしょ! それこそ病院が崩れる前に、瑛斗にやられちゃいますよ!」
スオウは言葉を荒げた。自分よりも年上でリーダー格の瓜生に対して、ここまで迫ったのはゲーム開始から初めてであった。それくらい、今の状況は緊迫していると考えてのことである。
「――分かった。君がそこまでムキになって言うのならば――」
「一緒に逃げてくれるんですよね?」
「いや、そういうことじゃない」
「えっ、それじゃ……」
「今から俺のことを話す。それで分かって欲しい」
「瓜生さんのこと……?」
「ああ、そうだ。俺は君たちと違って仕事でここに来ているんだ。俺の仕事はフリーライターなんだ」
「フリーライター……?」
「しかも、都市伝説が専門の胡散臭いフリーライターさ。都市伝説絡みのことならば、どんな如何わしい話でも、どんなくだらない話でも、それからどんな危険な話でも取材してきた」
「それじゃ、瓜生さんは、始めからこのゲームのことを知っていたってことですか?」
「詳しい内容までは知らなかったが、命を懸けたゲームが人知れず行われているということだけは知っていた」
スオウが瓜生に対してずっと持っていた違和感の正体がこれだったのだ。瓜生はこのゲームのことをあらかじめ知っていた。だからこそ、言葉の端々にそれが出ていたのだろう。
「でも、どうしてこの危険なゲームに参加したんですか? それも取材の一環ですか?」
「取材といえば取材だが……。いや、正確に言うとちょっと違うかな。――元々は俺の後輩が先にこのゲームについて調べていたんだ。その後輩はこれ以上調べきれないと悟ったのか、自分でそのゲームに参加して、詳細を調べてくると言い始めた。もちろん、俺はそんな危険なことはするなと言った。でも、そいつは俺に知らせずにゲームに参加して……」
「まさか、亡くなったんじゃ――」
「俺が次にその後輩の顔を見たのは、警察の死体置き場だったよ……」
「だったら、なおさらにこんなゲームのことなんか無視して逃げましょうよ!」
「いや、それは出来ない」
「どうしてですか?」
「俺は後輩の死に顔を見て、そのときに誓ったんだ。――後は俺が引き継ぐとな。それが俺がこのゲームに参加した理由さ」
「そんな……」
大人の事情など、高校生のスオウにはとうてい分からない。でも、ここに残れば瑛斗に襲われるのだけは間違いなかった。
「たしかスオウ君、君は難病の妹さんを助けるために参加したんだろう? だとしたら、こんなところで死んでは絶対にダメだ。君は生き残って、もう一度妹さんに会わなければいけない。それが君の役目だ。そして俺の役目は死んだ後輩が果たせなかった仕事の続きをすることにある。君の目から見たら、くだらないことに映るかもしれないが、俺にとっては命を懸けてでもやる価値がある仕事なんだ。分かってくれとは言わないが、俺を止めることは出来ないぜ」
「でも、その後輩さんだって、瓜生さんが死んだら――」
言いかけたスオウの言葉をさえぎって、イツカが口をはさんできた。
「その後輩さんって、瓜生さんの大切な人だったんですか?」
ずっと視線をベッド上の愛莉に向けていた瓜生が、イツカの言葉を聞いて、さっと顔を上げた。
「もしかして、その人は愛莉さんと似て――」
「イツカちゃん、君の洞察力には感服するが、さっきも言ったように、これは俺の問題だ」
瓜生は反論を封じ込めるような強い口調で返した。
「すみません。立ち入り過ぎました」
イツカがその場で頭を下げた。どうやら、イツカの推論は正しかったみたいだ。
「これで俺の立場は分かっただろう? とにかく、君たち二人は今すぐこの建物から逃げるんだ。瑛斗のことは俺がなんとかする。そのあとでこの子を連れて、すぐに君たちを追いかけるから」
瓜生がスオウとイツカの顔を順番に見つめる。
「でも瓜生さん、その足じゃ――」
「心配するな。都市伝説ライターなんていうアブナイ仕事をしているから、俺はこれまでも絶体絶命の危地から、何度も逃げ切ったことがあるんだぜ。その辺のやわな人間と一緒にしてくれるな」
明らかに作り笑いと分かる表情を浮かべて、強気なことを言う瓜生である。
「イツカ、どうする?」
「瓜生さんがここまで言うのならば、わたしたちはそれに従っても良いと思うけど――」
「分かった」
それでスオウも踏ん切りが付いた。
「瓜生さん、おれたちは言われたとおり逃げることにします。でも、これだけは約束してください。必ず生きてまた会えると」
「――分かった。必ず生きて再会しよう。そのときは、俺が今まで調べてきたとっておきの都市伝説を、一晩中、嫌というほど聞かせてやるからな。覚悟しておけよ」
「瓜生さん、それってなんだか死亡フラグに聞こえますよ」
スオウは冗談交じりに返した。
「上等じゃねえか。だったら、そんな死亡フラグは俺が叩き折ってやるまでさ」
瓜生が作り笑いではなく、本当の笑みを浮かべた。
見たものすべてに元気をくれる、そんな瓜生の笑みを見てスオウは、瓜生ならきっと愛莉を助けて、必ず生き残ってくれると確信した――。
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スオウとイツカが廊下に出て行くのを見送ったあと、瓜生はベッドに横たわる愛莉の顔に目を向けた。 死んだ後輩に似ているところなど何ひとつないのに、なぜか助けなくてはならないという思いに駆られた。
今だに後輩のことを苦にしているためなのか?
それは何度も自問自答してきたことであった。結局、そのたびに答えは出ぬまま、今日までだらだらと過ごしてきた。
でも、今は違う。この子を助けることができたならば、一歩前に進めるような気がするのだ。そのためにはこれからが本当の勝負になる。
「悪いが、少しの間出てくるぜ。必ず帰ってくるから、それまでここで待っていてくれよな」
愛莉と一緒に行動出来ない以上、ここに愛莉を残して、瑛斗とは別の場所で対峙するつもりだった。
足の怪我を確認する。傷口が開かないように、包帯のズレを少しきつめに縛り直す。準備はこれで万全。
瓜生は廊下に出ると、部屋のドアを静かに閉じた。
まずやるべきことは、愛理がいるこの部屋から遠ざかること。次に瑛斗の持つ銃に対抗出来る武器になりそうな物を探すこと。最後に瑛斗と戦うこと。
頭の中でそうプランを立てた。
廊下に設置されたフロア案内図を見る。武器になりそうなものが置いてある部屋はないか確認する。
倉庫か備品室なら何かありそうな気がするが、このフロアにはなかった。レストランには刃物類があるだろうが、あそこはガス爆発で壊滅状態のはずである。
何種類かの薬剤を混ぜて劇薬や爆薬を作れないかとも考えたが、高校時代の化学の成績を思い出して、即座に却下した。
こうなったら、地道に歩いて探すしかないか。
瓜生は傷付いた足をかばいながら歩き出した。
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瓜生と別れたスオウたちは二階の階段を降りて、一階にやってきた。正面玄関の場所は分かるが、そこは落ちてきた鉄パイプで通れなくなっている。他のところから外に出ないとならない。
「窓から出るのが一番簡単だろうな」
立ち止まり、スオウは廊下の窓に目を向けた。
「そうだね。ただ、正面玄関のときみたいに、上から何か落ちてこないかだけは注意しないとね」
「ああ、デストラップがまだ残っているもんな」
イツカの冷静な指摘に、スオウは緊張感を持って答えた。
廊下の窓は全て粉々に砕け散っていた。だが、ガラスの破片にさえ気をつければ、なんなく外に出られそうではある。
スオウは窓枠を掴んで、外に半身を出した。地震の影響のせいか外灯は付いておらず、辺りを見渡すのは困難であった。
「暗くてなんにも見えないな。これじゃ、デストラップがあるかないかも確認出来ないよ」
一旦、廊下側に体を戻す。
「どうする、イツカ? 一か八かで外に出てみる?」
「危ないけど、それしかないかな」
イツカが可愛らしく小首をひねった。眉根を寄せてさっそく検討を始める。




