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第41話 二回目となる第六の犠牲者

――――――――――――――――



 残り時間――4時間28分  


 残りデストラップ――5個


 残り生存者――4名


 死亡者――5名   


 重体によるゲーム参加不能者――3名


 重体によるゲーム参加不能からの復活者――1名



 ――――――――――――――――



 視界の先に人影が見えてきた。やはり、人が話していた声だったらしい。つまり、そいつが銃の犠牲者となることが確定したわけである。


 うっすらと笑いが漏れる。もっとも、顔面も火傷と裂傷を負っていたので、ただ顔を歪めただけにしか見えなかったが、もちろん、そんなことはヒロユキには関係なかった。


 両足をずざりずざりと引きずりながら歩んでいく。この後、声をかけるべきか、それとも相手に気付かれる前に銃を撃ってしまうかを考える。


 天井の蛍光灯はすべて落ちてしまっているので、こちらの持つ銃に気付くのは遅いはずである。だとしたら、近付けるだけ近付く。そして、確実に相手を殺せる射程に入ったところで、ズドンといく。


 これで作戦は決まった。ヒロユキはさらにずざりずざりと前に進む。


「だ、だ、誰……ですか……?」


 前方から声がした。おずおずとした声。一発で相手の性格を読み取れる声。


 ヒロユキの頭に、終始頼りなく弱々しい表情を浮かべていた、ひとりの男の姿が思い浮かんだ。



 相手があの男ならラッキーだな。



 ヒロユキは口元をまた歪めた。相手の素性を知って勝てると思い、笑みが漏れたのである。


「ねえ……誰、なんですか……?」


 か細い声で訊いてくる。すでに怖気づいているようだ。これなら、わざわざ銃を出さなくても勝てそうな気さえする。


「ちょ、ちょ、ちょっと……こっちにこないで……ください……。先に、名乗って……くださいよお……」


 もちろん、ヒロユキに名乗る気なんてさらさらない。こちらの正体がバレたら、相手は逃げてしまうだろうから。とにかく、ギリギリまで相手に近付く。


「ねえ、ねえ……だ、だ、誰、なんですかあ……」


 声を無視して前進。


「ねえ、お願いだから……これ以上は、近付かないで……」


 声を聞き流してさらに前進。人影の顔が見えてきた。予想通り声の主は瑛斗とかいう臆病な男だった。


 笑い声がつい出てしまう。もっとも、喉もひどくダメージを食らっていたので、ぐぎゅるぐぎゅるという音しかでなかったが。


 ヒロユキは銃口を瑛斗に向けた。天井が抜け落ちていて、蛍光灯が一切ないこの場所ならば、瑛斗には銃は見えないはずだ。


「じぃでぇど」


 死ねよ、と言ったつもりだが、不明瞭な音が漏れただけであった。


「え? なんですか? なんと言ってるんですか?」


「じぃでぇど」


 繰り返した。これで相手が理解出来ないようならば、銃の引き金を迷わずに引くつもりだった。


「もしかして、死ねよってボクに言ってるんですか?」


 瑛斗が訊き返してくる。


 その声にヒロユキは違和感を覚えた。さっきまでの怯えた声から一変、むしろヒロユキのことを小馬鹿にしたような口調だったのだ。


「ごぞじであぐ!」


 殺してやる、とヒロユキは恫喝した。


「悪いけど、そこに立った時点でもう終わっているんだよ――キミはね」


 瑛斗が勝ち誇った表情を浮かべた。薄暗い視界の中で、なぜかその表情だけはしっかりとヒロユキは認識したのだった。視覚ではなく、直感で察知したといってもよかった。



 この瞬間、ヒロユキの負けが確定した。



 もちろん、ヒロユキはそのことにまだ気が付いてはいなかったが――。



 ――――――――――――――――



 近付いてくる人影がヒロユキであると分かった。服はボロボロで半裸に近い状態である。大きな怪我を負っているらしく、歩き方がぎこちない。


 相手がこの状態ならば勝ったも同然である。


 しかし、問題がひとつだけあった。相手がヒロユキならば、警察官から奪った銃を持っている可能性がある。油断は禁物だ。ここは最後まで慎重にやらないといけない。


 瑛斗は床に目を向けた。瑛斗の勘が正しければ、『コレ』を上手く使って勝てるはずである。


「ごぞじであぐ!」


 ヒロユキが引き金を絞る。銃を撃つのに躊躇する様子は見られない。だとしたら、こちらもやるまでである。


「それはこっちのセリフだよ!」


 瑛斗はその場で勢いよくジャンプした。一瞬後、ドンと廊下に瑛斗の着地音が響いていく。しかし、それだけである。


「――うん? あれ? おかしいな……? 衝撃が足りなかったかな?」


 首を傾げつつ、もう一度その場で瑛斗はジャンプ。再び着地の衝撃。

 

 ヒロユキがさらに引き金を絞る。あとほんの数ミリ引けば、銃弾が発射されるというとき――。


 硬いものが崩れ落ちる耳をつんざくほどの轟音が廊下に木霊した!


 一瞬にして、ヒロユキが立っていた廊下が、魔法のように消失していた。廊下がすっぽりと抜け落ちてしまったのである。


「ふーっ、少し焦りはしたけど、まあ概ね、予想通りの展開かな」


 瑛斗は抜け落ちた廊下の端に立っていた。


 さっき見た、折れ曲がって読めなかった『パン』と書かれた表示板。おそらく、あの表示板には『パソコン』と書かれていたのだろう。それが折れ曲がってしまっていて、『パ』と『ン』の間に書かれていた『ソコ』の字が見えなかったのだ。


 

 つまり『ソコ』の字が抜け落ちていたのだ! 『底が抜け落ちていた』のである!



 瑛斗はそれをデストラップの前兆と予想した。そして、その予想は見事に当たった。


 瑛斗がジャンプして着地する際の衝撃を受けて、廊下の底は抜け落ちたのである。おそらく、天井が抜け落ちて、そこから大量のガレキが落ちてきたことにより、廊下の強度はギリギリのところで保っていたのだろう。そこに瑛斗のジャンプによる着地の衝撃が加わることによって、最後のひと押しになったに違いない。


 もうもうと粉塵が舞う中、抜け落ちた廊下に出来た穴から、下の二階の様子を眺めてみた。


 コンクリートと天井パネルが山を作っており、そこに半分埋まる形でヒロユキの姿がある。腕が微妙に動いている。虫の息であることは間違いないが、まだ生きているみたいだ。


 瑛斗は二階の廊下までの距離を目測する。瓦礫の山に着地すれば、三階からでも降りられなくはない。肋骨の痛みはあるが、しっかりとトドメを刺さないといけない。


「危険な要素は早めに消去しておかないとね」


 瑛斗は意を決して、廊下に出来た穴から二階へと飛び降りた。



 ――――――――――――――――



 スオウたちが待機している部屋の壁に振動が走った。


「瓜生さん、今の爆音なんですか? まさか、またどこかでガス爆発が――」


「いや、今のは爆発じゃないぞ。何かが崩れ落ちる音だ!」


 瓜生は廊下の先を透視でもするかのように厳しい視線でドアを見つめている。


「おれ、外の様子を見にいってきます!」


 スオウはすくっと立ち上がった。


「ダメだ! さっきも言ったが、君はすぐにイツカちゃんと一緒にこの病院から逃げるんだ! これ以上は危険すぎる!」


 瓜生の回答はさきほどと同じである。


「瓜生さん、逃げるんだとしたら、なおさらさっきの轟音の正体を探らないといけないんじゃないですか? 逃げるのはそれからだって遅くはないはずです」


 ここまできたら、スオウも自分の意見を曲げるつもりはなかった。


「スオウ君……」


 瓜生が悲しげな目でスオウを見つめ返してきた。


「悪いけど、おれ、行ってきます」


 スオウは瓜生の視線から逃れるように、廊下に飛び出した。


「スオウ君、わたしも一緒に――」


「イツカ、君はここにいて、瓜生さんと愛莉さんを看ててくれ!」


 背中越しに声をかけてきたイツカに、それだけ言い残して走り出した。



 ――――――――――――――――



 瑛斗が瓦礫の山に飛び降りると、足元からくぐもった声がした。意図的にしたわけではないが、ちょうどヒロユキの身体が半分ほど埋まっている場所に飛び降りてしまったみたいだ。


「悪い悪い」


 言葉とは裏腹に、瑛斗は悪いとは微塵も思っていない明るい表情で、ヒロユキの苦痛に満ちた顔を凝視する。このまま放っておいても、そう長い時間はもちそうにない顔をしていた。


「映画だと、こういうときって痛みを長引かせない為に、ひと思いに殺してあげるんだよね。でも、今のボクにはキミを殺す道具がないからなあ――」


 独り言をつぶやく瑛斗の視線が『それ』をとらえた。


「なんだ、まだちゃんと持っていたんだね。じゃあ、せっかくだから『それ』を使わせてもらおうかな」


 瑛斗はヒロユキが握り締めていた銃を簡単に奪い取った。


「キミの一番の失敗は正体がバレたときに、この銃を撃たなかったことだよ。あのとき一発撃っていれば、皆ひるんで、すぐに反撃しようだなんて気は起こさなかったのに。出来る人間と出来ない人間との差がそこにあるんだよ。──ちなみにボクはもちろん出来る方の人間だけどね」


 瑛斗は銃口を虫の息状態のヒロユキの額に押し当てた。絶対に外しようがない距離である。


「キミはゲームにも人生にも負けた、負け犬なんだよ。――さよなら、負け犬くん」


 一切の躊躇を見せることなく、瑛斗は引き金を引いた。あたかもスイッチを切ってテレビを消すかのように、ヒロユキの命のともし火をあっさりと消しさったのだ。


 瑛斗にとって人間を殺すこととは、所詮その程度のことでしかなかった。そのことがおかしいとは、露ほども思っていない。

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