第40話 狂人と凶人の邂逅
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残り時間――4時間37分
残りデストラップ――5個
残り生存者――4名
死亡者――5名
重体によるゲーム参加不能者――3名
重体によるゲーム参加不能からの復活者――1名
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ふらふらと廊下を歩いていく瑛斗。
もう少しで、あとほんのもう少しで、答えを得られることが出来るはずだったのに、最後に邪魔が入った。
さらに腹と額に傷も負ってしまった。特に腹は肋骨にヒビが入ったらしく、足を一歩進めるたびに、ズキズキと痛みが生まれる。加えて、唯一の武器であるメスも手放さざるを得なかった。
ここから逆転は出来るだろうか?
もっとも、瑛斗にとっての逆転はこのゲームに勝つことではない。薫子の腹から赤ちゃんを取り出すことこそが、瑛斗にとっての最終目的である。
瑛斗は痛みに耐えながら、四階から三階へと降りてきた。ガス爆発があった場所に近いせいか、それとも地震による影響か、目の見える範囲はかなりの損壊状況がみてとれた。
この体では歩くのにもひと苦労しそうだ。かといって、あの男たちがいる四階には戻れないし、五階にはあのババアがひとりいるだけなので行っても無意味だろう。
もう一度、一階まで降りて、武器となるメスを調達してくるか、それともこの三階で何かを探すか。
「とりあえず武器を探そうか。どこかに手頃な武器になるものはないかなあ」
廊下の左右のドアを順番に見ていく。ドアが開いている部屋もあれば、ドア自体が蝶番から外れてしまっている部屋もある。
入り口がガレキで完全にふさがってしまっている部屋があった。案内プレートも見当たらないので、なんの部屋か分からなかった。
「さすがにこの部屋を探索するのは無理だよなあ」
ガレキの山の中に表示板らしき細長い物体が落ちていた。破壊の衝撃の為か、真ん中辺りからぐにゃりと折れ曲がってしまっている。
表面に文字が書いてあるのだが、『パ』と『ン』の字しか見えない。
「パンって書いてあるのかな? うーん、違うなあ。折れ曲がっているから、『パ』と『ン』の間の字が読めないだけかな。でも、パンといえば、この病院に来てから、何も食べていないんだよなあ。あっ、そうか。こういう大きい病院なら、レストランとかきっとあるはずだよな。そこに何か食べるものでもないかなあ」
頭の中でパンを想像したとたんに、お腹にシグナルが走ってしまい、空腹感が生まれた。
「レストランって、何階かなあ? どこかにフロア案内図はないかなあ?」
空腹感をこらえながら、さらに前に進んでいくと、床一面にガレキが散乱している場所に行き着いた。
天井のパネルが完全に抜け落ちており、頭上にぽっかりと穴が出来上がっている。飴細工のようにひしゃげた鉄パイプの先が、穴から何本も顔をのぞかせていた。歩けないわけではないが、このまま進むのは少し危険に思えた。
壁に設置されているフロア案内図を見る。レストランはこの先にある階段を降りた所だ。出来れば傷ついた体で遠回りはしたくなかった。
「さて、どうしようかなあ? このまま先に進むか、それとも後戻りするか、思案のしどころだね」
瑛斗は眉間にしわを寄せて、沈思黙考にはいる。これからすべき事は――。
お腹から赤ちゃんを取り出すこと。
武器を探すこと。
食べるものを探すこと。
それと、邪魔立てする者を殺すこと。
さて、どれから手を付けるのが一番いいだろう?
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瓦礫の下から脅威の復活を果たしたヒロユキは、レストランから廊下へと出た。
レストランを出た先にある廊下は、ガレキの山でふさがれていて進めそうになかった。仕方なく三階に続く階段を進むことにした。
よろよろと左右の足を交互にひきずりながら階段を昇っていく。歩くたびに、体のいたるところに痛みが走りぬける。特に火傷した部分がズキズキと痛む。今もまだ火がついているように感じるほど熱い痛みがある。
さらに左目は完全にふさがっていて見えなかった。残っている右目も視界がぼやけてしまっている。今や正常な体の部位を探すほうが難しいくらいだ。
右手に握りしめている銃だけが唯一の頼りであった。
三階のフロアが視界の先に見えてきた。人の話している声が聞こえる。すぐ間近でガス爆発の衝撃を受けたので、耳の鼓膜をいちじるしく傷つけてしまったが、それでもその声はたしかに聞こえてきた。
「へへへ……ごうがや、最初ど、標的ば……見付まっか……いかい、がな……」
声に出してつぶやいたつもりだったが、喉が焼けたせいで明瞭な言葉にならなかった。
攻撃態勢を整えるべく、右手に持った銃を構えようすると、とたんに鋭い痛みが腕に走り、構えることが出来なかった。とりあえず相手に銃口だけは向けないとならないので、痛みに耐えながら手首だけを動かして、銃口を正面に向ける。狙いは定まらないが、相手を脅嚇するぐらいなら出来るだろう。
ヒロユキは声のした方にゆっくりと近付いていった。
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四階の廊下で円城と分かれてから、すでに一時間以上が経過していた。その間に、レストランが発生場所だと思われるガス爆発が起こっている。その件があったとしても、スオウたちが待機している二階まで戻ってくるのに、時間が掛かり過ぎているように思えた。
スオウが改めて瓜生に相談しようとしたとき、メールの着信音がした。メールを開く前から嫌な予感がした。果たして――。
『 ゲーム退場者――3名 円城 五十嵐 薫子
残り時間――4時間34分
残りデストラップ――5個
残り生存者――4名
死亡者――5名
重体によるゲーム参加不能者――3名
重体によるゲーム参加不能からの復活者――1名 』
予想しえるなかで、最悪の事態が起こってしまった。新たに二人が死亡して、ひとりの重体者が出たのだ。メールからでは誰が死んだのか判断できないが、どちらにしろ、これで円城が自力で二階に戻って来れなくなったのだけはたしかである。
「瓜生さん……円城さんが、円城さんが……ゲーム退場って……」
「――ああ、分かっている……」
今までにないくらい瓜生の言葉も重いものだった。
「瓜生さん、どうするんですか? ミネさんはまだ……」
メールには書かれていなかったが、ミネの状況も非常に気になる。今ミネの様子を看てくれている人はいるのだろうか。
「――いいか、スオウ君、君はすぐにイツカちゃんと一緒にこの病院から逃げるんだ!」
予想外の指示を瓜生が出してきた。
「ちょっと待ってください! 瓜生さん、どういうことですか?」
スオウは瓜生の顔をまじまじと見た。生きている可能性がまだ残っている円城たちを助けに行けと言う指示ならば理解出来るが、逃げろとはどういう意味なのか。円城たちだけでなく、ミネも見捨てろということなのか。
「いいか、冷静に現状を分析するんだ。三人が一度にやられた。これ以上ここで待っていてもしょうがない。助かる可能性が高いうちに、ここから避難するのが妥当だろう?」
「瓜生さんの言いたいことは分かります。でも、ここにいる愛莉さんのように、重体だとしても助けることが出来るんですよ。ミネさんも、それから円城さんたち三人のうちの重体者ひとりを助けることだって可能でしょう?」
「その二人の重体者をどうやってここまで連れてくるんだ?」
「それは……」
そう言われてしまうと、返答に詰まってしまうスオウである。答えを求めるようにイツカの顔をうかがったが、イツカも難しそうな表情を浮かべ、回答を模索しているらしい。
「スオウ君、俺が気になっているのは、何も重体の参加者だけじゃないんだ。このメールにある『重体によるゲーム参加不能からの復活者1名』というのも気になっているんだ」
「『重体によるゲーム参加不能からの復活者1名』ってことは、書いてある通り誰かが復活しただけなんじゃないですか?」
「その誰かが問題なんだよ。これまでの重体者は三人いる。ミネのばあさん、ここのベッドに横になっている愛莉、そしてヒロユキとヒロトのどちらか、以上の三人だ。愛莉は見ての通りまだ意識が完全に戻っていない。残りの二人のうち、ミネのばあさんかヒロトが復活したのであればいいが、もしもヒロユキが復活していたら、これほど危険なことはないだろう?」
瓜生の言いたいことはスオウだって理解できる。ヒロユキは銃を持っているのだ。銃を持った男が復活して、病院内を歩き回っているとしたら、これ以上の危険はない。
でも、だからといって、自分とイツカだけが先に逃げ出すという選択肢を選ぶわけにはいかない。それを選ぶときは、本当に最後の最後である。
張り詰めた緊張感がみなぎる室内で、スオウは必死に頭を回転させて打開策を探る。
その間も、ゲームは続いている。
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廊下の先から物音が聞こえてきた。参加者の誰かがいるとしたら、邪魔なので殺さなければならない。
武器を持っていないのが多少不安ではあるが、相手をダマすのには自信がある。なにせ医療少年院のスタッフを全員ダマした実績があるのだから。
そうして、相手が油断したところを襲えばい。メスはないが、幸いにして、この階はガレキがそこらじゅうに散乱している。ガレキ目掛けて押し倒してやれば、相手にそれなりのダメージを与えられるはずだ。さらにそこでトドメを刺すことが出来れば御の字である。
さっきの蘇った男の件もあるので、しっかりと息の根を止めないと、あとで思わぬ反撃を食らうことがある。そこだけは注意しないとならない。
瑛斗は辺りを見回して、自分が有利になれる状況が作れないかと思案する。
壁はひび割れている。天井は抜け落ちている。廊下はガレキの山が散乱している。
この状況で気をつけないといけないのが、天井の穴からの落下物である。天井の穴の先に何があるのか確認出来ないので、穴の下を通るときだけは慎重にしないと。
いろいろと考えていると、廊下の先に人影が見えてきた。
さあ、ここからはダマしあいの始まりだ。
瑛斗は気弱な青年の表情を作り上げると、その人影が近寄ってくるのを待つことにした。
「こいつを殺したら、パンを探しに行こうかなあ」
唐突に、さっき見た『パン』と書かれた表示板が脳裏に浮かんだ。そして――。
「待てよ……『パン』って、そういう意味を示しているのか?」
大量のガレキが散乱する床を凝視する。相当の重量であることは間違いない。
「なるほどね、これは試してみる価値はありそうかな――」
瑛斗は両目を不敵に輝かせると、獲物を『ワナ』に掛けるべく、この場でじっと待つことにした。




