表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
40/58

第36話 誰かの為に出来ること その1

 ――――――――――――――――



 残り時間――5時間23分  


 残りデストラップ――6個


 残り生存者――7名     

  

 死亡者――3名   


 ゲーム参加不能者――2名


 重体によるゲーム参加不能からの復活者――1名



 ――――――――――――――――



 円城は四階にあった備品室で、瑛斗に刺された傷口の簡単な治療を済ませた。ガーゼを何枚も傷口にあて、包帯を巻いていく。通常ならばそれで済ませるところだが、この後で激しい乱闘が予想されるので、包帯の上からさらにサージカルテープを何重にも貼り付けた。傷口さえカバー出来れば、なんとかあの男とも互角に立ち回れる。


「傷口の処理はこれくらいでいいだろう」


 円城の心中は重い傷とは裏腹に、なぜか不思議と充実感に満ちていた。


 自分の命をかけて誰かを救うなんて人生でそう経験できない、と五十嵐にはうそぶいたが、案外それは本心だったかもしれない。


 今から半年前に末期ガンの余命宣告を受けたときには、自分はあと少しで死ぬんだと漠然とした思いだけがあった。


 両親を早くに亡くしており、兄弟もいなかったので、円城は天涯孤独の身だった。だから、この世に未練をそれほど強く感じられなかったのである。


 しかし、あの男に会って、その考えが変わった。


 ガン細胞で侵されたこの体を救えると、紫人は言ってきたのだ。


 だから、円城は紫人の話したゲームの誘いにのることにした。


 長生きをしたくなったわけではない。自分の生きた証を何か残したくなったのだ。


 今まで順風満帆とはいかなくとも、それなりに生きてきた。たいしたことをしてきたわけでもなく、大それた経験もなく、ただただ安全な道を選んで歩んできた人生であった。


 その結果、自分の人生を振り返ったとき、そこには何もないと、はじめて気付いたのだった。


 普通は、人生はやり直すことなど出来はしない。しかし、このゲ-ムに勝てたならば、まったく違った人生をやり直すことが出来るかもしれないと思った。


 どうせ一度は捨てた命なのだから、命をかけて行うこのゲームに参加することにためらう理由はなかった。

 

 そして今、円城は生きた証を残せる境遇にいる。



 自分の命をかけて誰かを救う。



 これ以上に大きな仕事が人生であるだろうか。


 薫子がどういう女性なのか知らない。どんな事情があってこのゲームに参加しているのか知らない。


 それでも、円城は薫子を救うために、自分の命をかけることにした。


 壁に手を掛けて、ゆっくりと立ち上がる。大丈夫。体は動く。薬のおかげで、痛みもきれいさっぱりなくなっている。


「待ってろよ。今助けに行くからな」


 円城は薫子救出に向かった。


 行き先は四階の産婦人科室。


 瑛斗が行くとしたら、そこしかないはずだ。



 ――――――――――――――――



 この瞬間をどれだけの間待ち望んでいたことか。


 瑛斗は大きくせりあがった薫子のお腹に、メスの刃先を軽くツーっと滑らせた。薄く切られた皮膚の下から、またたくまに真っ赤な血が盛り上がってきて、皮膚の上に赤い軌跡を描いていく。


 このまま一気にお腹を切り裂きたい衝動と、この甘美な時間をもう少しだけ長く味わいたい願望とが、心の中でせめぎあう。


 焦ることはない。この神聖な儀式を邪魔する人間はいないはずだ。 欲望のままにお腹を切り裂いて、せっかくの赤ちゃんが死んでしまったら、元も子もなくなる。


 慎重なメスさばきでお腹を切り裂き、大胆に赤ちゃんを取り出す。


 それが一番大事だ。


 そのためには赤ちゃんのいる位置を確認しないといけない。


 大きくせりあがったお腹を愛おしそうに撫でていく。不意にお腹がとくんと動いた。

 


 ここにいるのだ! ずっと欲していた穢れなき赤ちゃんが!



 瑛斗は感極まった表情を浮かべた。


「さあ、ここから大事な大事な最後の作業に移らないと」


 メスを握る指先に力を込める。メスの刃先をお腹にあてる。ほんの少しだけ手に力を加えると、面白いように刃先がすくっとお腹の中に潜り込んだ。


 いよいよ、瑛斗の悲願が達成されようとしていた。



 ――――――――――――――――



 四階の廊下をなるべく足音を立てないように注意深く進んでいく。少し先のドアの上に、産婦人科の案内プレートがかかっているのが見えた。さらに用心をして近付いていく。


 地震と爆発の影響の為か、病棟内は絶えずなんらかの音がしており、また、窓ガラスが割れているので、外の大気の音が廊下に流れ込んできていて、円城の気配を上手い具合に消してくれた。


 これなら瑛斗に気付かれる心配はなさそうである。


 ドアの間近まで近寄り、耳をすませてみる。内側から瑛斗の独り言が漏れ聞こえてくる。


 どうやら予想が当たったらしい。だが、問題はこの後である。どうやって室内に入るかだ。


 円城は少しだけドアから離れた。あたりに目を向ける。何か使えそうな道具がないか探してみた。


 小児科の案内プレートが掛かる部屋のドアが半分開いており、そこからストレッチャーが廊下に飛び出ているのが目に入った。


 あれを使って、一気にドアから室内に飛び込む。


 単純だが、有効な作戦に思えた。


 円城はストレッチャーまで歩いた。手で掴んで、少しだけ押してみる。車輪が歪んでしまっているという様な問題はなく、滑るように前へ進んでいく。これなら使えそうだ。


 しかし、そこである問題に気が付いた。



 果たして、今の自分の体の状態で、このストレッチャーを力強く押して、ドアをものともせずに、室内に飛び込んでいけるだろうか?



 円城の今の体力は、違法な薬で一時的に与えられているにすぎない。瑛斗との乱闘を考えて、少しでも体力は温存させておきたかった。


 瑛斗の隙を突いて倒せるか、頭の中で何度かシミュレーションをしてみる。


 ストレッチャーを押して、ドアを押し開けて、瑛斗を押し倒す。


 その三つをほんの僅かな時間でやり遂げなくてはいけない。もちろん、薫子もしっかり救出しないとならない。



 こうなったら、出たとこ勝負でいくしかないか。



 円城はストレッチャーを握る手に力を込めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ