第3話 ゲーム会場へ
招待状に書かれていたゲーム会場は市内にある市立病院だった。スオウの家からはバスで向かえば30分で着く。
「なんだかパトカーが何台も行き交ってるわね」
「本当ね。なにか大きな事故か事件でもあったのかしら?」
スオウの前に座った二人組みの主婦が、窓の外を見ながら話し合っている声が聞こえてきた。どうやら、この二人は今、市内で起こっている護送中の犯人の逃走事件を知らないらしい。
「そういえば、ほら、あの猟奇事件で逮捕された未成年の子が、今年の春から社会に戻っているってテレビでやってたわよね」
「それなら、わたしも見たわよ。いくら未成年だからって、社会復帰が早すぎるわ。もしもまた犯罪を起こしたら、いったい誰が責任を取るのかしら」
「本当にそうよね。少し前にも不良のケンカがあったでしょ?」
「深夜のコンビニの駐車場で目が合ったとかなんとか言って、ケンカになったやつでしょ?」
「そうそう、それ。最近の若い子は本当になにをするか分からないから怖いわよね」
「でも子供だけじゃなくて、つい最近、会社社長の男が女性社員に暴力を振るったとかいう事件もあったでしょ? DVっていったかしら?」
「あったわね、そんな事件。大人でも犯罪を起こす人間はいるってことね。ほら、隣の市でも、医者の医療ミスの事故があったらしくて、ずいぶん騒がれたじゃない」
「結局、今の社会って、どこかが少しずつ狂っているのかもしれないわね」
「日本の治安はいいいと思っていたけど、それはもう昔の話かもしれないわね」
「本当ね。それだけわたしたちが年をとったということかしら」
二人の会話はそこから、犯罪とはまるで関係のないダイエットの話に変わった。
ひょっとしたら、今夜またメディアを賑わすような大きな事件が起きるかもしれませんよ。
スオウは心の中でまるで他人事のようにつぶやいた。
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目的の停留所でバスを降りると、目の前に市立病院の建物が見えた。すでに日は落ちており、あたりも暗いせいか、外から病院の様子をうかがうことは出来なかった。
「まっ、実際に行ってみれば分かるよな。ここに立っていてもしょうがないし」
スオウは病院の入り口に向かって歩き出した。正面玄関が見えてきたところで、人らしき影が見えた。どうやら女性らしかった。それも若い。少女といった感じに見える。手にしたスマホの画面に目を落としている。
まさかこの子もゲームの参加者なのか?
スオウは内心驚いていた。ゲームの内容はまだ分からないが、死をかけたゲームであることだけは間違いないのだ。そんな危険なゲームに、自分と同じ年頃の少女が参加しているとは思ってもいなかったのである。
そんなことをスオウが思っていると、少女の方もスオウの存在に気がついたようで、こちらに顔を向けてきた。入り口付近に設置されている照明を受けた横顔は、スオウと同じ高校生くらいに見えた。服装もブレザー姿である。特徴的な襟のラインのデザインに見覚えがあったが、どこの高校かは思い出せなかった。
しかし、なによりもスオウがその少女を見て一番驚いたのが、その秀麗な顔立ちだった。少女はモデルのような整った美貌の持ち主だったのである。
「えーと、あのー……」
「ひょっとして、あなたもこのゲームの参加者なの?」
言葉に詰まってしまったスオウよりも先に、その少女が声をかけてきた。
「あ、うん。そうなんだけどさ……」
「そっか。じゃ、一緒に中に入ろうか。なんか、わたしたち以外はみんなもうそろっているみたいだから」
「えっ、そうなんだ。ていうか、ゲームの参加者ってそんなにたくさんいるわけ?」
「わたしも詳しくは知らないけれど、さっきメールでそんな連絡がきたから」
「ちょっと待った。メールってなんのこと? そんな話、おれは聞いてないんだけど……」
「もう、職務怠慢ね」
「えっ?」
「あの『死神の代理人』のことよ。わたしはあの男の人からメールのことを聞いたんだけど。ゲームが始まる前に不測の事態が起きるかもしれないから、念のために連絡手段として教えられたの」
「そうだったんだ。あの紫人とかいうやつ、丁寧な話し方のわりには抜けているんだな。君に会っていなかったら、おれだけメールの件は知らないままだったよ」
「ちょうどいいわ。わたしが『死神の代理人』のメールアドレスを教えるから、今登録しておいたら?」
「分かった。頼むよ」
スオウは少女からアドレスを聞いて、すぐにスマホに登録した。
「それじゃ、メールの件はこれでよしと。さあ、病院の中に入りましょう」
自分のスマホをしまうと少女はさっさと病院の入り口に向かって歩いていく。見た目とは裏腹に、図太い神経の持ち主なのかもしれない。
スオウもすぐに少女の後を追いかける。そこで大事なことをひとつ聞き忘れていたことに気がついた。
「あのさ、君、名前はなんていうの?」
「わたしの名前? わたしはシキハイツカ。現役の女子高生よ」
「シキハイツカ?」
「そう。季節の四季に、葉っぱの葉で四季葉。イツカはカタカナよ」
「ずいぶんと風流な名前だね。おれはスオウ。生田スオウ。よろしく」
「こちらこそ、よろしくね」
死をかけたゲームが始まる前に、のん気に自己紹介をしているスオウであった。自分では気付いていなかったが、同年齢のきれいな少女を前にして、気が緩んでいたことも事実だった。
このときはまだ、スオウは死のゲームがどれほど恐ろしいものなのか、想像すらしていなかったのだ。
スオウとイツカは病院の正面入り口から中に入っていった。
――――――――――――――――
スオウたちが病院のドアをくぐりぬけた時間からさかのぼること、数時間前――。
市内にある雑居ビルの駐車場にその男の姿はあった。
「はあはあはあ……はあはあ……」
男は荒い息使いの合間も、周囲に警戒の視線を向けることを忘れない。
「とりあえず、追ってきている連中はいないみたいだな」
駐車場の一番奥に置かれていた車体の大きなSUV車の陰にゆっくりと移動する。
「車で逃げれば早いけど、街中に検問が敷かれているだろうからな」
男は自分の右手に目を向けた。鈍く光る黒い物体は、二時間ほど前に交番の警官から奪った拳銃である。
『ニューナンブM60』
それが拳銃の名前である。38口径の回転式拳銃で、装弾数は5発。ただし今男が握っている拳銃には、弾は4発しか装填されていない。最初の1発を男が撃ったからだった。
その銃弾は交番にいた警官の腹部に命中した。その不幸な警官がその後どうなったのか、男は知らない。逃げるのに精一杯だったのだ。
「単なる傷害罪だったのが、これで警察官への殺人罪に変わっちまうかもしれねえな」
手にした拳銃が今は忌々しく感じられる。
「これで捕まったら、まさか死刑ってことにはならねえよな」
「――ご心配をしていらっしゃるようですが、ひとつだけ死刑から逃れられる方法がありますよ」
突然駐車場に響いたその声に驚いた男は、声のした方に顔を向けた。反射的に手にした拳銃も構えていた。もっとも、その銃口は持ち手の心情を表すかのように、上下左右に大きく揺れ動いていたが。
「だ、だ、誰だ、お前!」
「驚かせてすみません。通りすがりの者です。実はとある提案をあなたにしたいと思って、こちらにおじゃまさせてもらいました」
男の前に姿を見せたのは、いかにもサラリーマンといった格好をした、30代くらいの男だった。
「わたくし、『死神の代理人』をしてます。紫人と申します 」
「死神の代理人? おい、この状況でふざけたことぬかすなよっ! おれが持っているのは本物の拳銃なんだぜ!」
「その銃をお使いになるかどうかの判断は、わたくしの話を聞いた後でも、遅くはないと思いますよ。なぜなら、わたくしがこれからする話は、今のあなたにとって非常に魅力的な提案だと断言できますので」
「…………」
「どうやら、わたくしの話に多少は興味を持っていただいたみたいですね。では今から話を始めます。――今夜、とある場所で、とあるゲームが開催されます。それは命をかけたゲームです――」
30分後――。
男は拳銃をパンツの後ろにねじ込むと、『死神の代理人』を名乗る男から受けとった黒い封筒をしかっりと手に持ち、たくさんの検問が設置されているであろう街中へと向かった。
「命をかけたゲームか。面白そうじゃねえかよ。このまま警察に捕まるくらいなら、そのゲームとやらに命をかけるのもいいかもしれねえな」
男の目的地は――市立病院。