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第10話 子犬を見つける

――――――――――――――――



 残り時間――11時間51分  


 残りデストラップ――11個


 残り生存者――12名     

  

 死亡者――1名 



 ――――――――――――――――



 廊下に出た三人は犬に詳しいというミネを先頭にして、その後ろからスオウとイツカが続いた。


「あの鳴き声の大きさからして、たぶん、下の階にいると思うのよ」


 ミネはデストラップのことなど気にした風も無く、四階に続く階段を早足で降りていく。よっぽど早く犬を探し出したいみたいで、後ろの二人を気にする素振りも見せない。


「大丈夫かな。ひとりでどんどん先に行っちゃてるけど」


「仕方ないでしょ。あんなに気にしているみたいなんだからね」


「イツカがそう言うのならばいいけどさ」


「まあ、なにかデストラップの前兆があったら、スオウくんが急いでミネさんの元に走っていけばいいだけだしね」


「そんなにおれのことをあてにされても困るけどな。とにかくデストラップの前兆だけは気をつけるようにするよ。今のミネさんの様子からすると、とても前兆にまで気が回っているようには思えないからな」


「そうね。できればデストラップが発動する前に犬を見付けて、みんなの元に帰れたらパーフェクトなんだけど」


「そうなるように祈るだけ──うわっ!」


 話の途中で、突然、間抜けな声をあげてしまうスオウだった。


「ちょ、ちょっと、いきなりどうしたの、スオウくん?」


「いや、今、足を誰かに触られたような気がしたんだけど……」


 スオウは恐る恐る自分の足元に目をやった。


「ねえ、その誰かって、もしかしたらこれのことじゃないよね?」


 イツカがスオウの足元から、一枚の紙切れを拾い上げた。よく病院の壁に貼ってある、医療関係のお知らせ案内である。注射器の大きなイラストが描かれている。


「その紙切れがおれの足に触れただけだったのか……」


 スオウは恥ずかしさから顔が赤くなるのが自分でも分かった。


「たぶん、ホールの窓ガラスが割れたせいで、外から病院内に風が流れ込んできたんじゃないかな。それで廊下に落ちていたこの紙切れが、ここまで飛んできたっていうところなんじゃない」


「なるほどね――て、感心してる場合じゃないか。まさかこんな子供騙しに驚くなんて……」


「でも、こういう細かいことにもしっかり注意を払っておいた方がいいんじゃない。なにがデストラップの前兆か分からないんだから」


 なんだかイツカに気を遣われているような気になり、少し落ち込むスオウだった。


「さすがにこのチラシは関係ないと思うけどな。だって、これって『インフルエンザ予防接種のお知らせ』の案内だし。いくらなんでも、この病院内に人を殺せるくらい強力なインフルエンザウィルスが蔓延してるなんてありえないだろう」


「そうだね。ウィルスなんていったら、ミクロの単位だもんね。それじゃ、わたしたちには防ぎようがないからね。とにかく、注意するとこは注意して、早めに犬が見付かることを願うしかないかな。犬が見つかればミネさんも納得してくれると思うし」


「たしかに今はそう望むしかないよな」


 スオウとイツカはミネの背中を追って、さらに四階の廊下を奥へと進んで行った。



 ――――――――――――――――



 ミネは悲しげな犬の鳴き声を聞いたときから、これはきっと犬好きな自分に与えられた試練なのだと思っていた。



 そもそもミネがこのゲームに参加することにしたのは、飼い犬の怪我を治してもらう為だった。


 15年前に夫に先立たれてからというもの、子供のいないミネにとって飼い犬はペットではなく、間違いなく自分の『家族』そのものだった。アリスと名前を付けて、24時間いつも一緒に過ごした。


 そんな家族に等しいアリスが、夜の散歩中にミネの手を離れて道路に飛び出してしまい、車に轢かれてしまった。ミネは力なくぐったりするアリスを、動物病院に連れていった。


 そのときから今まで、アリスは病院から出られずにいる。命こそ助かったが、もう元気に散歩できる状態とはほど遠かった。だから、紫人からアリスの怪我を救う為にゲーム参加を誘われたとき、その場ですぐに了承した。自分の年齢のことなどは考えていなかった。アリスさえ元気になってくれれば、それで良かった。


 どうせ老い先短い人生だ。このままアリスのいない人生を送るくらいならば、一か八かで『ゲーム』にかけてみることにしたのだ。


 この歳になるまで、まっとうに生きてきたつもりだったが、最後の最後でまさかこんなビックイベントが待ち受けていたなんて思いもしなかった。


 でも、やるからにはとことんやるつもりだった。若い子にも負ける気はさらさらない。なぜならば、アリスに対する自分の思いは、他のどの参加者にも負けないくらい強いものと自負しているから。


 迷子犬を探すミネの足取りはたしかなものだった。老いた体を気持ちが支えていたのである。


「どこに隠れているのかしらねえ」


 ミネは廊下の左右に並ぶドアを見ながら先に進んでいった。


 四階も五階と似た作りになっていた。中央にナースステーションが設けられており、それを囲むように病室が並んでいる。


「ワンちゃん、どこかな?」


 ミネは左右のドアを開けて、声をかけながら中を確認していく。


「ワンちゃん、この部屋かな?」


 不意にミネの声に返事をするように、子犬の鳴き声が聞こえてきた。


「ワンちゃん、そっちなの?」

 

 ミネは急いで鳴き声の聞こえた方に駆け出した。子犬の鳴き声は少し先の病室のあたりから聞こえた。


「ワンちゃん、そこにいてね。すぐに迎えにいってあげるからね」


 ミネは目当ての病室に入ると、部屋の中を見回した。


 入院患者用と思われるベッドが4台設置されている。ベッド間を仕切るカーテンは開いており、視界をさえぎるものはなかった。


 しかし、肝心の子犬が見当たらない。


「この部屋だと思ったんだけど……」


 困惑したままミネはもう一度呼びかけた。


「ワンちゃん、ここじゃないの?」


「くーん、くーん」


 ミネの呼びかける声に、子犬の鳴き声が反応を示した。


「あっ、ここかな?」


 ミネは床にしゃがみこむと、ベッドの下に視線を向けた。


 そこにいた。毛がボサボサになっている子犬が、震えながらミネのことを見つめてくる。


「もう大丈夫だからね」


 ミネが右手を伸ばすと、子犬は警戒心を露わにして、低くうなり声をあげた。


「そんなに怖がらないで。ほら、こっちにおいで」


「あっ、ミネさん。ここにいたんですか。――ひょっとして子犬が見付かったんですか?」


「良かった。見付かるの早かったですね。ベッドの下にいるんですか?」


 病室にスオウとイツカが入ってきた。もっともミネは子犬に夢中で答える余裕がなかった。


「そんなに怒らないで。怖くなんかないわよ」


 ミネはさらに奥に手を伸ばした。その途端――。


「イタッ……」


 子犬が噛み付いてきた。


「ちょっとミネさん。大丈夫ですか?」


 ミネの横にイツカが座り込んだ。


「大丈夫よ。この子、ちょっとびっくりしちゃっているだけだから」


 ミネは上半身をベッドの下に潜り込ませていき、さらに子犬に手を伸ばした。


「スオウ君っていったかしら、ワンちゃんが病室から逃げ出さないように、ドアを閉めておいてくれるかしら?」


「はい、分かりました」


 言われた通りにスオウがドアを閉じる。


「ほら、ワンちゃん。私と一緒に行きましょう。こんな汚いところにいたら、病気にかかっちゃうわよ」


 ミネの気持ちがようやく届いたのか、子犬が自分からミネの手に近づいてきた。指先の匂いをクンクンと嗅ぐ素振りを見せる。すぐにうなり声がやんだ。どうやら、ミネのことを自分の味方と認識したようだ。


「もう大丈夫よ」


 ミネは子犬を優しく捕まえると、ゆっくりとベッドの下から体を移動させて、床から立ち上がった。


「ワンちゃんはしっかり捕まえたわよ」


 ミネは手にした子犬を二人に見せた。それから、愛おしそうに子犬を抱きしめた。


「痛っ……」


 ミネの右腕に刺激が走った。ちくりとなにかが刺さった感覚。


「ミネさん、どうしました?」

 

 スオウがすぐに心配の声をかけてくれた。


「ううん、大丈夫。この子、ずっと外にいて、体を洗っていないだろうから、たぶん体毛がささくれ立って、毛先が肌に刺さっちゃったんだと思うわ」


 ミネは二の腕をさすりながら答えた。こうして子犬を見つけ出せたのだから、このぐらいの痛みなど苦ではない。


「それじゃ、五階に戻りましょうか? きっとみんなも待っていると思うから」


 ミネは一度子犬を抱きなおすと、部屋を出て行こうとして、そこで突然、体がふらつき始めて、近くのベッドにもたれかかるようにしてくずおれた。自分の体に何が起きたのか分からぬまま、意識が暗闇に飛んだ――。

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