第五話 リンゴと降霊とふしぎな祠
ペルカの故郷、ミーグラ村へと向かう道すがら、私たちは村の状態についてペルカへ尋ねた。ペルカは「村の紹介も兼ねるわね」と前置きをしながら話し始めた。
「ミーグラ村の名産はリンゴ! 山から吹き降ろす冷たい風がその身を甘くする! 紅い真珠!」
手短に頼む、と私が突っ込むとピンと伸ばした背筋を少し緩めてペルカは説明を続ける。
「おばあさまは村の長で、私の家は昔から降霊の術を使ってご先祖様からたくさんの助言をいただいて村を導いてきた家系なの。」
ペルカの家系を辿れば古い仙術と呼ばれる高位の降霊術にたどり着くようだが、その情報は途絶えてしまって久しいという。彼女も同じく降霊の血を引いているが術の才能は取り立てて目立たず、後継ぎにはほど遠いと判断されたこともあり、役者の道を夢見て遠くカンカラへ飛び出してきたのだという。
「依頼した通り、不審な旅人がやってきて降霊術のような術でおばあさまを驚かせたのが事件の始まり。ソイツが村の皆をおかしくしてしまったに違いないわ。おばあさまに似た術を使うものだから、村の人もすっかり信じちゃったのよ」
そうして村の人々から信頼を得たあと、村の北にある祠に何度も出入りするなど気になる様子はあったが、異変が起こるまでは誰も気にも留めなかったという。
「祠には何があるんだ?」
「詳しくは知らない、けれど儀式用の属晶武器が安置されているとおばあさまからは聞いたことがあるわ」
村に異変が起き始めてからはペルカを中心に若い衆で異変を調査していたが、とうとうペルカ以外の村人は異変に飲み込まれていってしまったという。
「ねぇ、さすがにちょっとシャレになってない依頼になりそうじゃない?」
詳細を聞いたユラは私に耳打ちする。詳しく依頼内容を確認せず承諾してしまった手前、私はユラに何も言うことができない。
「調査して、早めにカンカラ王府に報告したほうがよさそうだな…」
大事や荒事にならないよう祈りつつ、一行はミーグラ村へ近づいていくのだった。
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ミーグラ村に到着するとさっそく異様な光景が私たちを歓迎した。一心不乱に畑を耕し続ける男、野草を摘んだ姿勢のまま動かない女など、皆一様に不思議な状態に陥っている。村の中央だろうか、大きな岩を囲むように開いた場所に一行が到着すると、村で一番大きい建物から小さな男の子が飛び出してきた。
「メルヌー! よかった、無事だったのね…!」
「……! …!」
ペルカに飛び込むように抱き着いた少年は必死に何かを訴えようと口を開くが、声がその口をつくことはなかった。少年の眼差しや訴えかける姿勢を見るに、ほかの村人のような状態には陥っていないことがわかる。
「紹介するわ、私の従弟のメルヌーよ。いまは声が出せなくなってしまっているけれど、本当は元気過ぎて怒られるくらいよ」
「……、…」
メルヌーと呼ばれた少年はユラとペルカに挟まれ手を繋いで歩いていく。一方、連れてこられた男性の私を警戒しているのか怪訝そうな視線を配る様子が見られる。村がこんな状態では当然か、と少年の警戒心を感じながらも周囲の気配を探っていく。
「ここはおばあさまの社務所、といったところかしら。みんな困ったことがあったらここでおばあさまからお言葉をいただくの。」
そう説明しながら社務所の扉を開くと、建物の大きさからは想像できないほど解放感のある場所へ出た。周囲の光景を気にしていたせいか気づかなかったが、社務所は屋根の中央が開いた構造で、中央には薪をくべた跡が残っていた。
「炎の前で降霊の術式を展開していくの。あそこにいるのがおばあさま、今はお話しできないけど」
ペルカは焚火の前に座る女性を指して説明する。彼女もまた、動かなくなっていた。呼吸や瞬きをしている様子から、死んでいるというわけではなさそうだ。ただしこのような状態で長期にわたり固定されていては、何かしらの術にかかっているとしても体力は相応に消耗してしまうだろう。
解決までに残された時間は思っていた以上に少ないかもしれないな、と感じつつ私はペルカに尋ねた。
「祠の場所も知りたいが、肝心の怪しい旅人ってのはどこにいるんだ?」
「案内するわ」と社務所の更に奥の扉へペルカは私たちを導いていく。
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村の社務所を抜けると、参道だろうかまっすぐ石組みの地面が伸びており、突き当り奥には洞窟のような場所が見えた。洞窟に見えたそこは、中に入れないように3つ束の麻紐が入り口に引かれており内側には祠が一基安置されていた。
「よっぽどのことが無ければ祠には触れないし、私が小さなころに一度おばあさまが入っていったのを見たのが最後ね。」
そう説明するペルカは怪しい旅人についても説明する。
「アイツは祠の中には入っていかなかったけど、入り口から麻紐に社のすべてを観察していたわ。いったい何が目的なのか検討もつかない」
よっぽど降霊術にとって特別な場所らしいことは、祠の持つ雰囲気からも感じ取れた。怪しい旅人がしたようにユラと私は祠と洞窟について可能な範囲で調査していく。社の素材や安置されている供物には特別珍しいものは無い、と判断しつつペルカに確認しようとしたところ、気の抜けるような軽薄な声が一行を凍り付かせた。
「新しいお客さんが来たなんて、メルヌーはぼくに知らせてくれないんだねぇ―――」