第四話 情熱と扇情と硬い靴底
あの戦闘の後のことはあまりよく覚えていなかった。ヨスガットで依頼成功の宴も、カンカラへの帰路の最中も終始ぼんやりとしていたようだ。
「ちょっと聞いてるの? あの依頼から変だよ?」
あの巨大な羽虫との激闘から1週間ほどだろうか、仕事に合間に私の事務所に顔を出したユラが私に呼びかける。
「あのあとヨスガットの人たちがオアシスを再調査してるって報せがあってね。繭が3つあったじゃない? あのうち、魔物の繭は1つだけだったんだって」
残りの2つは青い柱で破壊されていた。ユラの命が消し飛びそうだったあの瞬間、自分が自分じゃないような感覚に襲われていたのは朧げにだが覚えている。
「残りの2つの繭の中には水の属晶石が入ってたみたい。繭を壊したのもあの柱のみたいよ」
何故、魔物の繭の中に属晶石の柱があったのか。それはこれからの調査で分かり次第、報告があるとのことだった。私は自分のやったことの一端が明らかになっていく予感に少し身震いしつつも、あの依頼のことは終わったものだと言い聞かせるように忘れていった。
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新たな依頼が転がり込んできたのは、よく晴れた日のことだった。
燃えるような真紅の髪を頭頂部付近に上げ結び、情熱的な紅い衣装に身を包んだ彼女は自らの肢体を誇示するかのような身のこなしで私に依頼してきた。
「ウチの! お祖母様を! 助けてほしいの!」
左右非対称の腰巻からはスラリとした脚が伸び、胸元を大きく開いた扇情的なその姿は、いかにも旅芸人といった様相だった。私の机に身を乗り出すように彼女は言った。
「依頼って、ウチは家事手伝いみたいなことは承ってませんよ?」
「違うわ! 私のお祖母様が魔物に拐かされて、村をめちゃめちゃにしようとしているの。このままじゃ、村のみんなと家族がバラバラになってしまうわ」
魔物の討伐依頼自体は珍しいものじゃない。カンカラにも多くの武装集団がおり、魔物の規模や大きさなど様々な条件はあるが、うち以外への依頼も十分考えられることだった。
「私見たの、アイツの根城に大きな属晶石が生えているのを」
そう憎々しげに手を固く結んだ彼女は、再び私を属晶石の因縁へと引きずり込んでいくのだった。
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ペルカと名乗る依頼主はカンカラより東、カラビユク山の麓にある村から来たという。普段はカンカラ劇場で役者として働いているという。私は芸能に明るいわけではないが、ペルカの居振る舞いを見るに役者であるというのも納得できた。
「な~んか気に入らないわ! こう“ぼいん”って感じが!」
「ボインボインだな」
「あ?」
ユラは警戒心丸出しでペルカにかじりつく。ペルカはそんな様子を楽しむように大仰に村の状況について説明する。
「もともと村はご先祖様と共に慎ましく生きてきたの。とはいっても、最近はそういう術を使える人も減ってしまっているのだけど。そこに現れた! 旅人を名乗る齢30ほどの男! 怪しいわ!」
「男が来てから3日ほど経った頃、徐々に歪んでいく日常! ブルンスおじさんは昼も夜も関係なしに畑を耕し、幼いメルヌーは言葉が話せなくなり、そしてザラおばさんは突然動かなくなってしまった!」
「そうやって少しずつ、村の人たちがおかしくなっていったの。村は閉鎖的というわけじゃないけど、目立つわけじゃないから旅人が来るのもすごく珍しいわ。そんな異常事態にも関わらず、気にも留めず滞在する旅人なんて怪しいに決まってるでしょ!」
徐々に語気を強め、素が出てきているのかペルカはそう結論付ける。
「う~ん、確かにその旅人は怪しいけれど流行病というのも」
「あたしはそういう流行病、聞いたことないけどなぁ」
貿易商で情報屋も兼ねるユラは私の疑問を補足する。
「調査だけでも構わないわ! 何しろ他の師団に依頼しても匙を投げられて困り果てていたのよ。そこで紹介してくれたのがそこのユラちゃん、かわいらしい妹さんね」
「妹じゃ! ないです!」
何でも屋という看板は畳んでおこうか、そう心の中で呟きつつペルカに向かう。
「それなりに危険もありそうですし、念のため依頼料は2回払―――」
「これだけ用意したわ!!!」
そう自慢げに巾着袋ひとつを私に突きつけるペルカ。その手は自信に満ちているのか武者震いしていた。
「1、2、―――5万ピアス」
少ない、と口から洩れそうになった刹那―――
「お願い! おばあさまを助けたいの!」
演技がかった先ほどとはうって変わって、少女のように必死に訴えかけるペルカ。ペルカは机を迂回して私の腕にしなりと絡みついてその豊かな胸を主張させる。突然の柔い感覚に身体を強張らせた私は
「ま、まぁ~~~2回払い計10万ピアスの前金として受け取っておこう!」
「契約完了ね! うれしい! ありがとう!」
私の腕に絡みつきながら体を揺らすペルカ。私の視線は揺れるペルカの“それ”に引かれていき―――
「手数料は8割ねッ!!!!!」
と、ユラは硬い靴底を契約完了の証として、私の足へ踏み下ろしたのだった。