第二話 幼虫と成虫とオアシス
「属晶石よーーーし! 糧食・野営準備よーーーし!」
2つ目のオアシスを経て、目的地ヨスガットに着いた私たちはオランズからの紹介で、ヨスガットの長からの歓待された。一晩明け、出発準備を進める私たち。
「よし、補給と治療の準備もバッチリだよ!」
ヨスガットから南に進んだ先に小さなオアシスがあり、そこに魔物の集団が集まってきているという。今のところはまだ大きな動きは見せていないとのことだが、魔物たちがいつ移動を始めて周囲に被害をもたらすかわからない。叩くなら規模の小さい今のうち、といったところだ。
「オランズ、作戦は考えてあるのか?」
「んーーー、とりあえず1体ずつ誘いだし各個撃破しつつ、数を減らしてから首領をやっつける正攻法で行こうか」
「少しでも危険な状態に陥りそうだったら」
「退避する、これは絶対だ。白砂の属晶石は各自もっているのを確認しておいてくれ。」
少人数で活動する際、ひとりが窮地に陥れば全体が窮地に陥ってしまう。生存優先は少人数の活動では特別珍しいことではない。白砂の属晶石は、砂嵐の側面をもつ属晶石である。激しい風と白い砂を呼び、その間に戦闘から離脱するための暇を生み出す。もっとも、視界は悪くなるため一貫した指揮系統が無ければ自分たちですら視界を失いかねない手段なのだが、私たち3人は長くこの手段で戦闘離脱を成功し生還してきた。
「オランズ、今回もお前の指揮を信じる」
「任せとけって。死ぬなよ」
そうして準備を終えた私たちは、敵地に向けて出発した。
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いくつ砂丘を越えただろうか、目的のオアシスが見える砂丘の稜線で3人は息を潜めている。
「大型の魔物が1体、幼虫が…じゅう…15体。周囲に繭みたいのが3体見えるね」
砂防眼鏡越しに単眼鏡で敵地を観測しユラが分析する。
「光で少数ずつ幼虫を引き寄せようか」
「ユラ、いけるか?」
「今の太陽の位置ならばっちりだと思う!」
ユラは太陽の光を小さな鏡で反射し、幼虫の集団からはぐれかけている3体の視界に光を当てる。
幼虫はすぐその光へ反応し、激しく蠕動しながら私たちの方へ向かってくる。
「来るぞユラ、下がれ!」
「よろしく!」
砂丘の稜線から十分に離れ、砂丘で敵全体の視界からは逃れる。誘い出した3体だけが私たちの元へ向かってくる手筈だ。ユラが少し離れた砂の窪地に位置し姿勢を低くするのを確認すると、私とオランズも戦闘態勢に入る。剣を握り、属晶石をちらりと見やる。砂が滑る音と蹴り上げる音が近づき、稜線を吹き飛ばす爆音とともに魔物の幼虫が姿を現した。人間2人分くらいの長さだろうか、酒樽ほどの太さをもつ体躯で砂を蹴とばし、幼虫たちは猛然と突進してくる。
「っらぁ!」
オランズが救い上げるように斧槍で1体を弾き飛ばす。ひっくり返り無防備に腹を向ける1体に向けて私は剣を突き立てた。叫び声など出せないだろうが、幼虫は悶えるようにうごめいた後動かなくなる。
「まず1体!」
「こっちだァ!」
残る2体をオランズが巧みに斧槍を振るい凌いでいる。私は剣の属晶石を確認しつつ、幼虫に剣を叩きつけた。叩きつけた衝撃が属晶石に伝わり、炎の属晶石がその性能を放つ。剣自体が熱を持ったかのように激しく輝き、赤い炎が奔る。
「―――ッ!!!」
斬りつけた幼虫の側面は燃え上がり、傷を灼いていく。
「…ぐッ」
幼虫を斬りつけた属晶石の衝撃は私にも伝わっていた。やや態勢を崩した私に向かって最後の1体が牙を向ける。大きな顎が私の1歩手前までといった瞬間、オランズが滑り込み幼虫を下から突き上げる。突き上げた勢いで幼虫を砂の上へ叩きつけ、オランズは勢いを殺さず更に斧槍を幼虫の腹へ叩きつけ晶撃を放つ。オランズの斧槍に装填された雷の属晶石は雷雲から走る雷のような光と衝撃を斧槍から幼虫へ轟かせた。
「…ッふぃ~~」
雷の晶撃を受けた幼虫は傷を燻ぶらせ、その衝撃が腹から地面へ突き抜けたかのように、背中側は表皮を突き抜けられ内容物を撒き散らしていた。
「ばっちい!」
「そりゃないよユラちゃん!」
そんなくだらないやり取りを交えつつ、着実に幼虫の数を減らしていくのだった。
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幼虫を誘き出し各個撃破する、そんな流れを4回ほど繰り返したほどだろうか。現状確認と補給を兼ねて3人は言葉を交わす。
「ふたりとも、怪我はない?」
「順調順調! 今日もオランズ・マカリは絶好調だぜ」
「ユラも無事か?」
「飛んだ砂が口に入っちゃう以外は無傷だよ!」
お互いの無事を確認し安堵するもつかの間、さすがに敵も仲間の数が減ってきていることに異変を感じているのか、首を持ち上げるようにして周囲を警戒している様子だ。残る魔物は大物1体と繭3体、幼虫2体。
「どうする? さすがにこれ以上はおびき寄せられないだろう。下手したら大物もこっちに飛んでくる」
「いかにも飛びそうなやつ相手に足元が砂場なのはマズいよなぁ」
攻城戦とまではいかないが、少人数で敵の拠点を叩くには如何にしたものか攻めあぐねる私たち。
「あーもう! しょうがねえ正面突破で行くか!」
そうオランズが覚悟を決めたように立ち上がると
「待って! あっちの砂丘から砂がおりてきてる。もしかしたら…」
「風だ、砂嵐が来るんじゃないか?」
戦っているうちに砂丘の形が変わっていた。これは私たちと幼虫どもが吹き飛ばしただけでなく、自然現象で変化していたのである。私たちは砂嵐に乗じて、一気に距離を詰める準備をする。砂防眼鏡、口元から鼻までを布で覆い風を待った。10分ほど経っただろうか、私たちの右側から砂が流れていく様子が見えてくる。次の瞬間、爆音とともに砂を吹き飛ばす風の奔流が3人を包み込んだ。
「―――、――!!」
吹きあがる砂で視界が消える瞬間、同じ方向を向いた私たちは先頭のオランズの合図を確認し、お互いを繋ぐ麻紐を握りしめながら猛然と走り滑り出した。息を切らさない速さで着実に前へ進み、砂地から草地を感じるまで走った。先頭のオランズはオアシスに到着したと感じると、振り返り続いて追ってきたユラと私を抱きかかえるように伏せて砂嵐が去るのを待った。
徐々に風がやみ、視界が開けてくる。ゆっくり3人は立ち上がり、敵地を眺めていく。敵のほぼ真正面、視界のない中進み、ほぼ目的の地点に到着できたのを確信した。私とオランズは武器を構え、ユラはゆっくり離れ援護の体勢をとる。
「結局、真ッ正面になっちまったな」
「強襲するよりはマシな立ち位置だと思う」
「二人とも! まずかったら、すぐ―――」
「「逃げるぞ!!」」
幼虫は突然正面に現れた私たちに驚いたのか、大きく体躯を仰け反らせて威嚇する。続いて成虫だろう大きな魔物も腕と翅を広げ威嚇する。それを合図に私たち二人は駆け出した。数の上では完全にこちらの分が悪い。速攻をかけて幼虫を倒し、着実に有利な状況を作らねばならない。
「お子様は、オネンネしててくれよなァッ!」
オランズは先ほどと同様に、幼虫をすくい上げるように弾き飛ばし無防備な腹に向けて一撃を加えていく。しかし先ほどと同様にはいかず、大きな傷をつけるにはいかなかった。
「なッ、こいつちょっと堅いぞ!」
それは私も感じていた。幼虫の横っ腹に晶撃を加えるも幼虫は燃え上がるまで至らず、斬撃のあとを軽く焦がすだけだった。オランズより身軽な私は突っ込んでくる幼虫の正面を蹴るようにし、オランズの近くへ戻る。
「オランズ、いけるか」
「了解、二人同時に」
「同じ場所を」
「「叩ッ斬る!」」
言い切ると同時に二人は左右に駆け出し、幼虫を挟むように位置する。私は属晶石を確認しつつオランズと幼虫へ向かって走っていく。オランズは幼虫の横っ腹を下から切り上げ、斧槍ですくい上げ再度地面へ叩きつける。オランズの向こう側へ叩きつけられた幼虫は何とか体勢を戻そうともがくが叩きつけた斧槍はオランズが押さえつけており、満足に体勢を戻すことは叶わない。叩きつけたそのままの姿勢のオランズを足掛かりに高く飛び上がった私は飛び降りる勢いのまま、オランズの斧槍に重ねるように思いっきり自らの剣を叩きつけた。その衝撃は私とオランズの晶撃を発動させる引き金となり、炎と雷を伴って幼虫を爆散した。
「次!」
「走れ!!」
ふたりはほぼ同時に振り返り、猛然と向かってくる幼虫に向けて駆けていく。成虫がこちらに攻撃を仕掛けてくる前に幼虫を片付けなければ、そう思いつつ属晶石を一瞥する。
「ユラッ! 属晶石をッ!」
「任せて! とりゃーっ!」
私の属晶石は力を失っていた、使い捨てなのだ。力を失った属晶石は輝きを失って脆く砕けてしまう。私はユラの方向へ走りつつ、力を失った属晶石を排出する。高熱を残す属晶石は勢いよく剣から飛び出し、地面へ落ちる。そしてユラが投げた新たな水の属晶石を剣へ装填する。高熱のままの剣に水の力が近づくことで装填の瞬間、蒸気が噴き出す。オランズとの連携に備え、オランズの様子を見る。
「コイツ、重えッ!」
先ほどの個体より大柄のせいだろうか、オランズは先ほどのように斧槍ですくい上げることは叶わなかったのだろう。斧槍で幼虫の顎を何とか凌いでいる。オランズを下敷きにしようと幼虫が全体重をかけようと体勢を起こした瞬間、間に合った私は開かれた顎に向けて剣を突き立てた。
「―――ッ――ッッ!!!」
口の痛みに悶えるように幼虫は口を開き上体を起こす。私は剣を離し、オランズは斧槍を剣に向けて思いっきり振り込んだ。私の剣にオランズの斧槍が重なるようにぶちあたり、水の属晶石、雷の属晶石から力が放たれる。激しい水流が剣先から流れ、それを伝うように稲妻が奔り幼虫を貫いた。
「………」
物言わぬ骸となった幼虫から、雷で高温になった剣を振り抜くように取り上げる。
「ちょっと休憩しない?」
「アイツは許してくれそうにないみたいだ」
ものの数秒で部下を叩きのめされた怒りだろうか、成虫は大きな翅を震わせ跳びあがった。
―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―
ユラは幼虫に果敢に立ち向かう二人を見ていることしかできない。
少なくとも自分はそう感じてしまう。
そんな自分が嫌だった。
(「あたしは補助役だから当然なんだけどね」)
(「お願い、ふたりとも無事で―――」)
オランズが潰されそうになった瞬間は肝が冷えた。
叫びそうだった。だめ、と。
でもそうはならなかった、二人の連携が幼虫を貫いたからだ。
―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―
空気を激しく震わせ、空へ飛びあがり成虫は私たちを睨め付ける。その大きな腕は太陽の光を反射して、鈍く輝いている。巨腕の一撃をもらえばタダでは済まないだろう、そういう感覚がオランズと私を上手く動けなくさせていた。先に動いたのは成虫の方だった。砂埃を上げながら全身を使って圧し潰そうとしてくる。大きく後退した私たちはオアシスの水辺周辺まで吹き飛ばされた。
「どうするよ~、これ」
「イチかバチか、やってみるかオランズ」
「オアシスにおびき寄せよう」