第一話 剣と依頼と晶撃
薄れていく視界の中、私は二つの影を見た。
その二つの影はお互いに何かを訴えあうように見つめあい、激しく剣を交わらせていた。
どちらの剣が影を貫いたか、意識は薄れそれを知ることはできなかった。
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ここは砂漠の街カンカラ、南北を海に挟まれているが東西へ延びる大陸への通り道であり、貿易の要衝として栄えている。周囲を砂漠に囲まれてはいるが気候は比較的穏やかで、過ごしやすいのが特徴だ。年数回ある大雨と北にそびえるカラビユク山脈からの雪解け水が、砂漠であるのに住むのには困らない水量をカンカラにもたらしている。何故カンカラは豊富な水量があるのにも関わらず砂漠であるのか、原因はいまだ明らかになっていないが、砂漠に点在する遺跡に残された痕跡や砂漠土壌の分析によれば、植物が育つのに必要な栄養が極端に少ないことが報告されている。だが貿易の要衝として栄えているカンカラには大きな問題となっていない。
カンカラは古くから王政によって統治され、現王権は類まれな貿易手腕でカンカラを発展させ、カンカラに住む民や旅人からも人気がある。名をカラリス・カンカラ・サーカンスといい、黒い長髪を靡かせ赤い装束で身を包む壮年の男性だ。快活な人柄だが審美眼と先見に富み、ここカンカラを先代より一層栄えることに成功してきたという。
私はここカンカラから2つオアシスを超えた集落からやってきた、万事屋とも呼べない何でも屋で生計を立てている。依頼は魔物退治から行商の警護、果ては砂漠に点在する遺跡の調査まで何でもこなす必要がある。貿易の要衝であり、多くの民族が混在するカンカラだからこそ成り立つ職だともいえる。路銀に困らないとはいえ、まったく仕事がない日もあり暇を噛みしめるようにひとり呟いた。
「仕事がないねぇ、あいさつ回りでも行くか、それともジラのとこでヒマを潰すか―――」
そう怠惰を貪っていると我が家の扉を蹴とばすかのようにオランズ・マカリが飛び込んできた。
「おい!暇人! 依頼を持ってきてやったぞ!」
「うるさいぞオランズ・マカリ。家の扉が壊れたらどうする」
「そう言うなって、しばらくは暇だって言ってたろ? 魔物退治の依頼で稼いでガッツリ飲みに行こうぜ」
オランズは私と同じ集落出身で同年の友人だ。齢24にして無職、暇を見つけては私のもとへ依頼を運び、共に依頼をこなし日々を暮らしている。従業員のようなものかもしれない。無職とは言っても、生来の明るさや好奇心と危機探知の鼻の良さで、私の知らないところで上手く暮らしているらしい。
「魔物退治って、そんな依頼どこで見つけてきたんだよ」
「隣町のヨズガットの長と知り合いでよ、近くの遺跡調査の前に周辺の魔物を一掃しておいてほしいって頼まれたんだよ。報酬もたんまりと」
自慢げに語るオランズの顔の広さに驚くが、その報酬の額を聞いて目を剥いた。
「30万ピアス!? えらく物騒そうな話だな!」
当然、魔物退治の依頼と言えばその危険度に応じて額が変わる。数や大きさ、討伐や捕獲などその内容によっても額は大きく変わる。大物1体の討伐であれば、通常5万ピアス程度が常套だ。30万ピアスとくれば一個小隊クラスの集団戦が予想される。
「でもよ、あのあたりじゃ芋虫みたいな魔物だろうし、俺たち2人でも十分討伐できそうだぜ?」
「隣町まで2日はかかるし準備の時間を考えると―――」
「あら、準備ならできてるわよ?」
「それならいいか… ってジーラ、お前まで噛んでるのか!」
驚く私に微笑みながら近づいてくる女性。彼女もまた、同じ集落出身で名をジーラ・ユラという。貿易商を営みつつ、その伝手から情報屋も兼ねている商売上手な女性だ。髪の一部を薄い青に染め、後ろ一つに結んだ髪を靡かせて彼女は言う。
「ジーラじゃなくてユラちゃんって呼んでっていつも言ってるじゃない! 30万なら一人10万ピアスでぴったりじゃない! 旧知のよしみで手数料は安くしておくわよ?」
一つため息をつき、私は両手を上げて見せた。降参の姿勢だ。
「わかったよ、そこまで準備されててユラまで噛んでるなら危険度も調査済みなんだろ?」
「おうよ! ユラちゃんに調べてもらって大型の羽虫が1体と幼虫が多数、その両方を倒して依頼完了だ」
情報屋のユラが保証してくれているなら安心していいだろう。私はその依頼を受けることにした。
「手数料は1人3万ルピアでよろしく頼むわね!」
「「暴利だ!!」」
かくして私たち3人は隣町ヨスガットへ向かうこととなった。
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「依頼にかかるだろう約10日分食料と薪に飲み水、戦闘用の属晶石だって安くないのよ~」
ヨスガットへ向かう道程、ユラは愚痴をこぼす。
「最近、魔物の出現が多いとかで属晶石の値が上がってるし」
「珍しいよな、属晶石を個人で卸す人間なんて限られてるのに。」
属晶石とは自然現象の持つ側面が鉱石のような形で濃縮されたものだ。生活の中にも取り入れられており、火の属晶石は街灯や家の照明に、風の属晶石は食物の乾燥や涼をとる手段として用いられている。これらの自然現象の側面は戦闘にも応用されており、属晶石に一定の方向から衝撃を加えることで自然現象を攻撃的な手段として変換することも可能なのだ。特に魔物のような自然現象の影響を受けやすい対象へは効果が強く現れ、魔物を倒すならば属晶石を有効に使用することが必要とまで言われるほどだ。しかし属晶石が高価であることや入手の困難さから、一般的に魔物退治には通常兵器が使用されることが多い。
「魔物退治なら通常兵器のほうが安くて大量に扱えるから、属晶石なんて滅多なことじゃ値段の変動があることなんてないんだけどね」
「俺たちは属晶石の産地生まれとはいえ、面倒な武器扱ってるよなぁ」
オランズが呟くのも当然で、属晶石を使用する武具には石へ一定の方向から衝撃を加える機構が備わっており、通常兵器と比べても大型で重いものが多い。オランズは両腕ほどの長さの柄に大きな刃の備わった斧槍状の晶撃武器、私は片腕ほどの長さの片刃剣を戦闘で使用している。2人の武器は剣の鍔元や刃の根元に属晶石を装填する機構が備わっている。
「ユラの親族が属晶石商家で助かってるけどな」
「へへ。あたしは戦うのは苦手だから、こういった方法でしか二人を手助けできないからさ」
属晶石は鉱石と似ており、属晶床と呼ばれる鉱床から産出される。私の出身集落も属晶床に近く、その恵みを受け発展してきた歴史がある。
「お前の親父さんから晶撃武器の訓練受けて、こうして仕事に使うようになって、扱いは面倒だけど魔物退治はラクチンで助かってるよホントに」
「俺は訓練大嫌いだったけどな」
私の父は剣の扱いに長け、特に晶撃武器の取り扱いにおいては飛びぬけていた。父はカンカラの西にあるラーブルガの将校として召し抱えられ、長く家にいることは少なかったが、長期の休暇には私たちに戦闘訓練をつけてくれた。
「痛くてしょうがないんだ、晶撃武器を使うと」
「変わらねえよな、その体質も」
私は小さなころから、訓練で晶撃を放つたびに骨を打つような痛みや痺れが強く、それは他の使用者には見られない現象だった。事実、オランズは晶撃を放つ際の痛みなどは全くないという。今では私の晶撃体質はかなり収まってきてはいるが、それでも晶撃発動時の反動は未だに残っている。
「もうすぐ1つ目のオアシスがに到着するから、そこで1泊して明日には到着できるようにしよっか!」
晶撃の反動を思い出し表情がこわばる私を励ますように、ユラが笑顔で私の手を引いた。
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「おいし~~~い! ねえおばさま!これ何のお肉?」
1つ目のオアシスで立ち寄った酒場で早めの夕食を摂る私たちは、普段食べる肉とは違う味に驚いている。
「最近カンカラ鳥のお肉が高くてね~。それはカラビユク雪鳥のお肉で、カンカラ鳥のお肉より安くなってて試しに仕入れてみたのよ。たっくさんあるから良かったら注文してね!」
「カラビユク雪鳥ってめちゃめちゃ警戒心高い鳥じゃなかったっけ?」
カラビユク雪鳥はカンカラの北にそびえるカラビユク山脈に生息し、白く豊かな羽毛に包まれ赤い1本はねのトサカをもつ小柄な鳥である。その警戒心から通常市場に出回ることはない珍しい鳥だ。
「旨いけど、動物の分布が変化してるってことが悪い知らせじゃないと良いけどな―――」
カウンターに座る見知らぬ男がそう呟く。
自然の分布が変化しているということは、何かしらの凶兆であると考える人も多い。魔物の数が増えたり、大きな自然災害の兆しであったり、そういう現象に一番敏感なのは自然に暮らす動物たちだ。古い狩猟民族は野生動物の様子から、その先に起こる事象を知り、難を乗り越えてきたとも言われる。
「ねぇねぇ、もう一皿頼んでもいい?」
「俺も食べたい! 塩と胡椒の塩梅が絶妙で旨いなコレ!」
普段食べられない味にオランドとユラは興奮し、他愛もないお喋りが続き、酒場を出るころには夜も更けていた。私たちは宿に戻り、明日の長距離移動に備え早めに眠ることにしたのだった。
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ベッドに横たわりどれだけの時間がたっただろうか。
なかなか寝付くことができず私は夜風にあたることにした。
砂漠の夜は冷える。温暖な気候とはいえ夜は気温も下がり、町の静けさからか奇妙な孤独感が私を包む。
宿の敷地内にある手ごろな岩に座り、夜風を感じる。しばらくそうしていると、寒さと私の指先が同じ温度になるような感覚に包まれようというとき、背後に気配を感じた。
「眠れないの?」
「ユラ…… 起こしてしまったか」
寝間着に身を包み、薄い外套を羽織ったユラが私を心配したのだろうか、私の横に座り込んだ。
「はい、これあったかいもの」
「…懐かしいな、こういうやりとりも」
小さなころ父の訓練に泣きべそをかきながら訓練をする私は、その痛みに怯え眠れないことがあった。そういったとき、夜風にあたりながら庭先で眠気を待つこともあった。ユラはよくひとり座り込む私に気づいて、孤独な夜そばにいてくれたのだ。
「…あったかミルク、久しぶりに作ってみた」
「身に沁みる温かさだよ」
「…眠れないのは、明日魔物と戦うから?」
「どうだろうな、1人で討伐依頼に行くときも前日は眠れないんだ」
晶撃が怖い。小さなころの恐怖が今も私を縛り付けているのだろうか。
「晶撃で泣きべそかいてるの、変わらないね」
「大人になんてこというんだ」
「……お兄ちゃんだったあの頃と変わらないの、ねぇ」
私たちはお互い歳を重ね、働いて金を稼ぎ、自立した生活しているといえる。それは確かな事実だが、根っこのところで人間大きくは変わることができないのだろうか。
「属晶石の産地が最近悪い人たちに襲われてるって、お父さんが言ってたの」
「……まさか」
「うぅん、地元の方にはそういうことは起きてないみたい。値上がりもそのせいかもしれない」
「…あたし、実家に帰った方がいいのかな」
夜の寒さと孤独感は、普段抱える不安を増長させるのだろうか。ユラは普段見せない不安そうな声色でそう呟く。
「帰ったとしても、もし襲われたらと考えるとカンカラにいた方が安全かもしれない」
「オランズと3人で帰ったとしても、だめかな?」
それは考えられなかった。父との痛みを伴う苦い思い出の強い土地から逃げるようにカンカラで暮らしている私は、ユラの言葉にすぐに反応できなかった。
「なんて」
ユラは立ち上がりながらいつもの声色でほほ笑んだ。
「不安になっちゃった、夜だからかな?」
「かもしれないな」
「晶撃が怖いのも?」
「……かもしれないな」
ユラなりの励まし方だったのだろうか。私はユラの質問に答えを出すことができるだろうか。
「ね、部屋戻ろう? そろそろ風邪ひいちゃうよ」
「あぁ―――」