魔術師の夢
「おわりおわりぃ」
「にしてもあの本のやつ何なんだろうね」
「さあね。宗教的なもんじゃない?うちの母体ってそんな感じだったと思うし」
ある大学のキャンパス、毎年春に健康診断が行われる。その中に本が入ったケースに手をかざすというものがある。古い本だ。タイトルを読み取ることすら難しいほど古ぼけていて学生の中にはそれを気味悪がるものすら居るほどだ。
「そういや知ってる?」
「何?」
「毎年夏休み明けに学生が消えるって話よ。数千人居るだけに一人二人消えたところで誰も気にかけてない雰囲気があるけど結構長いこと言い継がれてるのよ。私もサークルの先輩から聞いたんだけど」
「休学とか退学とか、大学じゃよくあることでしょ?」
半期ごとに学生が消えるなんてことは割と聞くし実際多いらしい。ただ彼女、芦屋美希が言ってるのはもう少し深刻らしい。人が消える…『神隠し』と呼称しよう。神隠し事件を追った物好きが居たらしい。失踪者と仲の良かった学生と話し、家族にまで捜査の手を伸ばしていたらしい。
その彼らの多くがヨーロッパ、アメリカへの留学という結果だった。学生の身分ではそれ以上の捜査が出来なかったが家族の中には失踪直後に羽振りがよくなった者が居たらしい。とはいえウワサ程度でその話は終わった。
「美希は留学とか興味あったの?」
「違うわよ。あおが最近つまんなそうにしてるからさ」
「そういうわけでも無いよ。ただ最近眠いんだよ」
「なに、怖い病気とかじゃないよね?」
「簡単な検査はしてもらったけど多分違う。…春だからかな?」
「ならいいけど」
その時の彼女の不安げな顔は今も気になっている。もう少し気が利いたことを言うことが出来たら良かったのだが本の虫として生きてきた自分としてはアウトプットする部分が少し欠けているようだ。
さて、少し話は進む。学校を出たあと、バイト先である探偵のような事務所へ向かっていたはずが空港に居て物々しい飛行機に乗せられている。乗っているのは私一人、のはずだがこの窮屈な座席から動くことが出来ない。体の自由が効かない割に快適で特に文句は無い。
時間の感覚もなく離陸してから数分なのか数時間なのか、時計もなく体内時計もバグったこの環境では全く想像つかない。などと考えてるうちに眠気が襲ってきた。
「ごきげんよう…アオイ・シラサカ君だね」
目が覚めると眼の前におそらく初老の男性が座っていた。大きなレンズのメガネと光の反射のせいで目元の表情は伺うことが出来ない。木造と思しき室内は本が大量に積まれ、壁一面にある棚にも似たような本で埋め尽くされている。物が多い印象こそあるがある程度整頓されているようにも思える。
「…誘拐、ですかこれ?」
「面白いことを言うね。魔導書に誘われた子というからもう少しキレ者だと思ったが、なかなか可愛らしいお嬢さんが来たものだ。推薦先は…あそこか。序列最下位とはいえある程度の仕事はできるでしょう」
「あの」
「何でしょう?」
「話が見えてこないんですが」
「あぁ、そういえばあなたはもともと外部の人でしたね」
そこからなんだかんだ説明を受けた気がするが再び記憶が薄れてきた。三度目の意識喪失でようやく気がついたが眠気とかではなくなにか催眠のようなものに近いものだろう。誘導、催眠、まるで魔法の世界に迷い込んだような気分だ。誰もが想像した事があるようなリアルがフィクションであるかのような妄想。そんなものだろう。きっと次目覚めたときはどこか見知った所で誰かに起こされることだろう。
幼少期を過ごした町も少し複雑な時代を過ごした学び舎も、変わらずそこにあるはず。
そう、あるはずだったんだ。
「…ぱい…先輩!」
「…ん」
「おや、目が覚めたみたいだね。また例のご病気かと思って管だらけにする所だったよ」
「勘弁して下さいよ。少しうたた寝してたくらいで」
「そうかい?君はここで唯一無二の戦力なんだから。万全の体調で居てもらわないとね」
この夢は当分の間覚めそうにない。