願証寺 参
当初は一室に監禁されるものと思っていたが、どちらかといえば軟禁状態で置かれていた。僧房から出ることは許されている。しかし、長島の外に連絡をつけることが出来ず、ただ日々が過ぎるのを待つしかなかった。
「殿、また川向うを見ておいでですか?」
前田孫十郎基勝は、毎日のように俺を気遣ってくる。
「ああ、見ていた。何も出来ないということが、こうまで苦痛だったとはな……」
もう暦は三月を過ぎて四月になっていた。一月も長島の願証寺に留め置かれている。いい加減に嫌にもなるし、なによりも情報が遮断されているのが何よりも辛かった。
「奥方様も御子様も、きっと元気でいらっしゃいます」
妙と生まれているであろう子供は無事なのか。それが頭を離れることはなかった。
前田基勝が俺と並んで、川向うに視線を向ける。前田基勝が、毎日のように二人のため祈祷をしてくれているのを知っている。最初は邪険にしていた願証寺の僧侶たちも日が経つに従って一人二人と加わっては、一緒に祈祷していた。おそらく、願証寺の僧侶たちはどうして祈祷しているかも知らないだろう。
住持の息子、証意とは三日に一度は会っている。様々な話をするのだが、三河の話をこちらにしてくることはない。三河を調べるとなると時間がかかるのは当然であろうし、慎重になっているために時間がかかっているのだと信じたい。もう調べはついているのに、虚言を報復に出さないために知らせていないなんてことになったら、どうかしてしまいそうだから。
「新次郎たちはどうした?」
ちらりと振り返って、道家助十郎を見やる。
「あいも変わらず、槍修行と言っては島の者たちを叩きのめしております」
林新次郎、道家清十郎・助十郎は交代で俺の警護をしつつ、毎日のように槍を奮っている。逆に叩きのめされたこともあるようだが、後日やり返したと傷だらけの体を引きずってのたまったものだ。こうした行動は、願証寺が止めるだろうと思っていたら、予想に反して何も言ってこない。
「まあ、ほどほどにな」
「最近は、突っかかってくる者たちが随分と減りました。一向宗に道祖家の力を見せてやりました」
道家助十郎が、我が意を得たりと胸を張っている。
たしかに陰で馬鹿にされて、腹が立つのもわかる。しかし、そんなことをしても、この状況から抜け出せるわけでもないだろうに。
俺はため息をつく。そして、再び川向うに視線を向けると、慌ただしく走ってくる音が聞こえてくる。先を争うような声がしたかと思うと、林新次郎と道家清十郎の姿を表した。
「殿! やりました! わかりましたよ!」
「ご無事にご出産されています!」
俺は、二人が何を言っているのかわからず、何をわけのわからないことを、と首をひねる。
「誠か! 嘘ではないのだな!?」
「ええ! 銭を握らせた行商人が戻って、ようやくわかりました!」
「それで、どちらだ? 男の子か? それとも女の子か?」
「姫です。名前も千代様と聞いております!」
千代という名前を聞き、俺は反射的に新次郎の服を掴んで揺さぶる。
「本当だな? 無事に生まれて、二人とも元気なのだな?」
「はい! おめでとうございます」
その言葉を聞き、安堵の余りに腰が抜けてしまう。床にへたり込みそうな俺を、三人が支えてくれる。
自然と目頭が熱くなり、涙が溢れる。それは、三人も同じようで、涙が見て取れた。
姉ちゃん、おっとう。俺、子供が生まれたんだ。家族が……増えたよ。
それからは、俺も精力的に動き出した。俺が鬱屈している間に、前田基勝は僧侶と接して一向宗の理解を深め、林新次郎たち三人は銭を巻き上げて商人から外の情報を仕入れていたのだ。
何もしていないのが、俺だけだったと知った時は、恥ずかしくなった。みんなには、いつも動きすぎなのだから、と言われたが、知ったからには動かなくてはならない。何より、一番の心配事がなくなったのだ。
俺は、願証寺のある島のあちこちを見て回り、長島城についても調べて回った。
そうこうして、四月の半ばを過ぎた頃に、証意が壮年の男とともにやって来たのだ。
「こちらが願証寺の住持、証恵です」
「織田家家臣、道祖長三郎でございます」
証意の紹介に、俺は証恵へ深く頭を下げる。証意だけではなく、証恵が現れるとは思っても見なかった。
そして、証恵は黙ったまま、証意が話し始める。
「願証寺は衆議によって、今川の尾張への進出は好ましくないという結論に達しました」
勝った。三河で何があったのかは知らないが、とにかく一向宗願証寺は今川への敵対を選んだ。
「理由をお伺いしても?」
「御本山の顕如様が、門跡になられることが決まりました」
門跡というのは、寺院の格式の中で最上位を表す。門跡になるということは、世俗的にも宗教的にも一向宗は権威を持つことになる。
一向宗にとっては、とてつもなく栄誉のことであるのに、沈黙したままの証恵にその様子は見られない。
「門跡となるからには院家が整えられることになります。それを……叔父は……」
長島で調べているうちに知ったことの一つに、三河本宗寺の住持である証専は、証恵の妹婿であるということだ。また、この証専は播磨本徳寺の住持を兼ねる実力者ということだ。
「叔父は、父上を無視して、他の叔父たちと連絡を密にしていた」
院家は門跡に次ぐ地位で、門徒たちの統括や重要な法要において重要な位置に立つ。これに選ばれるのと選ばれないのでは、顕如の一族衆として格差が生じてくる。
願証寺は、院家の候補から外されようとしているかもしれない。
思い浮かぶのが、朝廷と接近している今川義元だ。今川義元が顕如を門跡にできるだけの力はないだろう。しかし、朝廷の覚えがめでたい今川義元が証専を押せば、顕如が考慮に入れることは想像に難くない。
願証寺と本宗寺の近さから、どちらか一方を院家にして、管理を任せるなんてこともありうる。
願証寺の僧侶たちも、きっとそう考えたのだろう。
このまま黙って院家成が出来ればよいが、そうでなければ願証寺の地位は低下することになる。
「では、願証寺は織田家にお味方してくださると?」
「いいえ。今川家が来ることを好まないと申しています」
兵も金も出さない。表立っての協力はしないということか。
危険だけをこちらに押し付けるのか、という言葉を飲み込む。
「そうですか。では、聞いて頂きたい噂があります」
証意が笑顔で首を傾げる。
「駿河・遠江から伊勢や志摩に向かう舟が襲われているようです。ご用心されるべきかと」
願証寺に所属する漁民たちに今川家の舟を襲わせる。
証意は少し考える仕草を取るが、証恵が小さくうなずくのを見ると了承した。
「……なるほど。皆に伝えます。忠告に感謝しましょう」
海賊の共倒れになってくれたら、儲けものだ。それに、うまくいって海を断てば、今川は陸路しかなくなる。もしくは、願証寺が後ろにいるとわかれば、織田家を強引にでも攻めて次は願証寺だと脅しをかけようとするのでも良い。
「道祖殿、ご苦労でした。帰られて、織田殿によくお伝え頂きたい」
「承知しました。しかし、まだお話がございます。服部党のことです」
俺がそう告げると、証意が納得顔で数度うなずく。
「何をお望みで?」
証意の問に、信長様に願い出て発給してもらっておいた文書を取り出す。
「河内、願証寺への不入権を認める旨の、国主織田尾張守より免許状を預かってございます」
まだ、正式に任官したわけではない。だが、顕如が門跡になるという話同様に、信長様の尾張守任官は決まっているようなものだ。
内容を確かめた証意は、証恵に免許状を渡す。証恵が免許状を懐に入れると、証意が笑みを浮かべた。
「服部殿は一向宗ではありません。この河内では、親しくしておりますが……それだけです」
服部党を攻めても問題ない。願証寺に手を出さないようにすれば、文句は言われないだろう。
これで、滝川一益と敵対しなくて済む。親しくしていただけに、最悪の事態は避けられてほっと息を吐く。
証恵が終わったとばかりに立ち上がり、部屋を出ていった。結局、一言も話さずじまいであった。
「三河に向かう者たちに、今川家への嫌がらせを指示しました。本宗寺があるので、どこまで効果があるかは分かりかねます」
そう言って、証意もまた部屋を出ていく。
おれは、頭を下げて応えた。
その後、俺は急いで、滝川一益の守る蟹江城に向かった。
行方知れずとなっていた俺の生存に喜び、そして願証寺との交渉に驚かれた。だが、流石というべきか滝川一益はすぐさま蟹江城周辺の軍勢を動かして服部党のはびこる市江島に攻め込んだ。
服部党は、織田家が願証寺に遠慮して、引き下がると思っていたのだろう。ところが、滝川一益は川を越えて島に上陸、苛烈な攻撃を加えた。
そしてついには、服部党を率いる服部友貞は、自害をして果てることになった。
滝川一益の速攻によって、信長様は尾張をすべて平らげたことになる。今川が攻めてきても、後顧の憂いなく戦えるようになったのだ。
俺は、妙と千代へ会いたい気持ちを堪え、信長様へ報告のために清洲城へ滝川一益とともに登城した。そこで聞いたのは、前田又左衛門利家による同朋衆拾阿弥の殺害であった。
最後、駆け足となりましたが、歴史よりも早く服部党は脱落です。
顕如が正式に門跡となるのは永禄二年の十二月のことのようですが、話として動いていると思ってください。
それでは、次話もお付き合いくださったら幸いです。




