表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
信長の軍師 賽の目は天下不如意なり  作者: 無位無冠
第三章 桶狭間の坂道
91/101

願証寺 弐

 尾張・伊勢・美濃の一向宗門徒を統括する長島の願証寺は、尾張・伊勢における交通の要衝ともなっている。揖斐川・木曽川・長良川からの木曽三川によって形成された島の一つに寺院を構え、島内への他勢力の介入を拒んでいた。


 それを可能していている一端が、周辺漁民の一向宗門である。


 津島から舟に乗って、船酔いを我慢しながら南下したところ、島に近づくやいなや漁民に包囲されてしまった。平素が漁師ではあるが、実態は海賊と何ら変わりのない武装集団だ。

 こちらが願証寺から届けられた旗を掲げていなかったら、問答無用で襲われていただろう。


 漁民たちの案内で島に上陸すると、そこに待っていたのは屈強な男たちであった。鎧兜こそ身につけてはいないけれど、明らかに僧侶とは言えない雰囲気をまとわせている。林新次郎や道家清十郎・助十郎兄弟が、一向宗門と睨み合うものだから、前田孫十郎基勝によく抑えておくように命じておく。

 そして、前後左右を囲まれ、警戒されながら願証寺まで案内された。


 流石というべきか、随分と金を溜め込んでいるな。


 寺院でありながら完璧に城塞とも言える構造をしている。城塞化しているのはどの寺院も同じとも言える。しかし、願証寺はそれと一線を画す規模になっていた。そして、人も物も豊富に出入りしており、その資金力が伺える。


「お待ちしておりました」


 門前で、俺たちを待っていた僧侶にそう告げられる。若い僧侶で、俺と年齢は変わらなさそうだ。わざわざ門前にまで来ていることから、そう位は高くないのだろう。そう思ったのに、一向宗門徒の僧への接し方が明らかにおかしかった。貴人への対応のそれであった。


「お出迎え痛み入ります。織田家当主、織田上総介よりの使者を務めます、道祖(さや)長三郎にございます」


 たかだか住僧だと雑に扱わない。身に纏っているものは、大したことはない普通のものであるが、どこか着慣れなさを感じる。

 僧侶は、穏やかな笑みを浮かべ、手で門を指し示す。


「さあ、どうぞ。お入りください」


 俺は僧侶に続いて、願証寺に足を踏み入れた。









「使者のみ、お入りを。お供の方々はこの場にてお待ち頂く」


 僧房の一室の前で、僧侶が立ち止まって振り返る。


「承知した。孫十郎、くれぐれもその三人を見張っていろ」


「かしこまりました。しかし……本当にお一人で?」


 家臣たちが心配げな表情を浮かべている。


「問題ない。我らを害するつもりなら、舟を沈められていた。そちらとて、織田家と話をしたいと思っていた。そうでしょう?」


 俺が僧侶に問いかけると、笑みを浮かべたまま僧房の木戸を開けた。


「どうぞ」


 僧房に入る僧侶に俺も続く。


 中は広めな部屋となっており、部屋には俺と僧侶だけだ。


「どうぞ、お座りください」


「拙者の相手は、あなたということですか……」


「ええ。ご不満でも?」


 言外に不満があるのなら帰れ、と言っているようだ。


「いえ。お見かけしたところ、位階の高いお方とお見受けしております。こちらの考えを住持様にお伝え頂ける方であれば、誰でも構いません。」


 願証寺住持、証恵に会えるとは当然思っていない。誰かはわからないが、想定していたよりも位の高い人物が出てきてくれて良かったとも思っている。


「そうですか。拙僧は……(にん)と申す。道祖殿から書状をもらい、どうやら歳が近いようなので、任されたのですよ」


 嘘だろうな。馬廻りの一人ひとりを一向宗が気にかけるとは思えないし、いちいち書状の相手を調べ直すとも思えない。もし知られていたとしても、信長様のお気に入り程度の認識のはずだ。


「忍、ですか。どなた様の法流でいらっしゃいますか?」


「……当然、住持である証恵様です」


 忍は偽名だろうが、これは本当だろう。


「では、証忍様。織田家よりの書状にございます。住持、証恵様にお渡しください」


 懐から出した、一通の書状を証忍に差し出す。受け取った証忍は、おもむろに書状を開いて目を通した。


「織田様よりの懇ろなご挨拶、住持へは確かに伝えましょう。それで? 委細は道祖殿が申すとありますが?」


「ええ、その通りです。織田家と一向宗、いや願証寺との今後について、お話をさせて頂きたい」


 証忍の顔つきが、うっすらした笑みからより深い笑みを浮かべた顔になる。


「織田家とはこれまでどおりの関係を続ければ良い。住持は、そうお考えです。それは、拙僧とて同じ」


 一向宗に口も手も出すな、そう言いたいのだろう。だが、それで終わるわけにはいかない。


「殿は河内における()()()のお力は認めておられる。それはお間違えのないよう、お伝えいただきたい」


 願証寺を強調し、特権を認めるのはあくまで一寺のみだと言外に伝える。


「拙者がお話をしたいのは……やがて尾張にまで手を伸ばそうとする輩についてです」


 興が冷めたのか、証忍の顔から笑みが消える。


「我らには関係のないことですな。織田殿がどこと争うとも……」


「いえ、関係があります。どうやらそちらは、ことの重大さがわかっておられないようだ」


 証忍が立ち上がろうとするので、挑発的に言ってやる。話は始まってもいないのだから。


「……お聞きいたしましょう」


「その前に、三河のご様子は聞いておられますか? 本宗寺は難儀をしているのではないですか?」


「いや、そのようなことは聞いておりませんな。それが何か関係が?」


「ええ、勿論です。このままでは、織田家が滅びた時に、願証寺はその地位から堕ちるでしょう」


(いささ)か、無礼であるな!」


 証忍が激昂する。しかし、その程度で怯むような覚悟で、ここまで来たのではない。


「本宗寺が難儀していないということは、今川と手を結んだのかもしれません」


 こんなのは口からでまかせだ。だが、証忍を留める効果はあったようだ。


 証忍は、まだ目を怒らせながらも、続きを話すように促す。そこで俺は、『假名(かな)目録』の内容を書いた紙を証忍の前に並べる。


「これは今川家の出した法度(はっと)となります」


「話には聞いたことがある」


 目を通しだした証忍。俺は、特に読んで欲しいところ条文に指を添えた。


「守護不入を認めないだと? しかし、これは……」


「はい。書かれているのは、駿府に限ります」


 現状だと、尾張や三河の一向宗には関係がない。


「されども、それは今川治部大輔が、書き加えたものなのですよ」


 法に変更を加えた。それは現状に照らし合わせて、より適した形に変えたとも取ることができる。しかし、駿府の諸勢力の権益を削らんがため、恣意的に変えたとも取れるのだ。

 大事な点は、後から大名の意思によって変更を加えることができるということ。つまりは、今川家以外の権力をいずれ排除するという動きに繋がる。


「三河、尾張までをも飲み込んだ今川は、いずれ伊勢や美濃にも手を伸ばすでしょう。そして、今川領内に孤立した願証寺は、現状のままとはいきますまい」


「その時は、一向宗が一丸となって戦うまで。御本山も、黙ってはいますまい」


「なるほど。では、そうされたら良いでしょう。まだ、一向宗として戦えるのですから」


 俺がさっさとと引き下がると、証忍が意外そうな顔をする。そう、普通なら、今川の脅威を煽って、織田家に協力させようとするのが当然だ。


 しかし、守護不入は揺さぶるためにすぎない。本命は次だ。


 俺は、『假名目録』の別のところに指を添えた。


「初出家たての弟子と号し、知恵の器量を……」


 寺の住持は息子への相伝となっていることが多い。それを、今川義元は場合によっては介入すると書いているのだ。

 証忍の手が、震えだしていた。


「最初の話に戻ります。本宗寺は、本当に難儀していないのですね?」


「聞いて、おらん!」


 こっちが何を言いたいのか察したのだろう。怒りの矛先が、俺ではなく、別に向かったのがわかる。


「で、あるならば……今川と本宗寺は、随分と入魂の関係になっておるかもしれませんな。それは、決して願証寺にとって、良いことではないのでは?」


 今川が織田家を滅ぼして尾張を征した時、本宗寺が今川と組んで、願証寺の掌握に及ぶかもしれない。


 願証寺の法流が絶える可能性が出てくる。


「道祖殿が、何をおっしゃりたいのか、分かりました。しかし、何も根拠がない当てずっぽうもいいところ。本宗寺が難儀していないといって、それは今川が一向宗を認めておるだけなのかもしれない」


 そう、簡単にはいかないか。


 これで向こうも納得して、織田家と手を結んでくれれば、楽であったのに。やっぱり、(たえ)の出産には立ち会えなさそうだ。


「証忍様のおっしゃる通り。しかし、織田家が滅びた後に発覚しても、もはやどうにもなりますまい。今川は、朝廷にも足がかりを作っております。石山の本願寺が、さてどう動くか。もしかしたら、この地の取りまとめは本宗寺、ということにもなりかねませんね」


 今川領国における一向宗門との中心は本宗寺。そうなれば、願証寺の地位低下は避けられず、それこそ住持職の介入も起こりうる。


「お信じになるかは、そちらのご随意に……」


 毒は()いた。願証寺は、必ず本宗寺と今川の関係を調べ始める。この毒は、相手を死に至らしめない。目を曇らせるのだ。


 うまく不審な点を見つけてくれればいいのだが、なければ作るしかないだろう。三河に行くしかないか。


「道祖殿、今晩はここにお泊まりあれ。饗応の準備をさせましょう」


 証忍は、有無を言わさない態度で、立ち上がった。考え事をしていて虚を突かれた。


「い、いや、しかし!」


「手ぶらで帰したとあっては、拙僧の沽券に関わる。遠慮なさるな。今宵は大いに楽しみましょうぞ」


 確認が取れるまで、俺たちを監禁するつもりだ。


「ああ、それと。拙僧、忍は仮の名前。本当は()と申す」


 願証寺の住持である証恵の息子、証意。その名前に結びついたときには、すでに僧房の木戸は閉じられてしまっていた。


 どうやら俺は、藪を突いていたのではなく、玉薬の近くで火遊びをしていたらしい。


 ほどなく、前田基勝たちもこの僧房に連れてこられ、見張りもついて身動きが取れない状況になってしまった。

 四日から仕事が始まり、頑張っておりましたが、平均三時間睡眠はきつく、週末にかけてあまり更新できませんでした。

 毎日投稿したい気持ちはありますが、変な文章になってしまっているところもあるので、少し投稿ペースが落ちることになると思います。


 次話も拙作にお付き合いくださったら幸いです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ