表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
信長の軍師 賽の目は天下不如意なり  作者: 無位無冠
第三章 桶狭間の坂道
85/101

半兵衛

サブタイトルを「室町殿 弐」から「半兵衛」に変更しました。

「美濃者というのは間違いないのだな?」


 信長様の問いに対して、蜂屋兵庫介頼隆がしっかりとうなずいて答える。


 蜂屋頼隆は、将軍足利義輝と三好家との関係を調べるために、町に出ていた。夜になっても帰ってこず、探しに行こうとしたところで、息せき切って戻ってきたのだ。

 そして、京に美濃の武士たちが来ていることを報告した。


 また、程なくして、清須にいる陪臣、丹羽兵蔵という者も織田家の宿所を探し出して、美濃者が多く京に向かっていることを知らせに飛び込んできた。


 その丹羽兵蔵は、信長様の下問に平伏していた顔をそっと上げて、全身を緊張させながら答える。


「た、たしかに美濃の者たちでございます。小池吉内……平美作……と、とにかく、名前も聞いたことがある者たちでございました」


「うむ。わかった。もう下がっていよ」


 信長様があごで小姓を促すと、小姓は褒美の入った小袋を丹羽兵蔵に握らせて、退室させていく。


 すると、金森五郎八可近が、蜂屋頼隆に顔を向ける。


「兵庫介、お主が見たという美濃者も、兵蔵が申していた奴らか?」


「いや、拙者が見たのは違う。会ったのは随分と前のことで、歳をくってはいたが、あれは間違いなく美濃の者たちだ」


「となると、兵庫介が見たのは先触れで来ていた者たちで、兵蔵の方はその本隊か……」


 金森可近が腕組みをして、思案顔になる。蜂屋頼隆と金森可近の後ろで控えていた俺が信長様を伺うと、信長様と目があった。


「長三郎! 何ぞ言いたいことがあるか!?」


「はっ!」


 信長様の急な怒声に、俺は思わず平伏してしまう。本当に怒っているわけではないのは承知しているが、もはや昔から身にしみた所作だった。


「斎藤治部大輔((高政))にも殿と同様に公方様((足利義輝))より上洛のお達しがあったものと思われます。であるならば……」


 俺は言葉を切って、信長様を見据える。


「公方様は織田家と斎藤家の和睦を考えていらっしゃいます」


 足利義輝が京に戻ったことで、中央権力の二分化が生じている。これまでの三好一強の情勢から、武家の棟梁としての室町殿((幕府))の再興を企図した動きと考えるしかない。


「和睦のためにわざわざ京まで上洛させることはあるまい」


「いえ、殿。長三郎の申す通りと(それがし)も考えます」


 隅でじっとしていた祝弥三郎重正が、そっと進み出る。


「公方様と三好家、見かけほどにはうまくいっておらぬようです。どうやら、朝廷の動きが関係しているようで……」


「裏で糸を引いていると?」


「朝廷にそのようなことはできますまい。内裏を見てまいりましたが、尾張での噂よりはひどくないという程度のもの。しかし、だからこそ動きがあると考えております」


「つまり……朝廷が公方様を見限ったということか」


 信長様の言葉に祝重正は答えず、すっと頭を下げる。


 なるほど、朝廷は常に金策に困っている。様々な儀式を執り行うためには、銭が必要だ。かつて、その負担を室町殿が担い、朝廷は室町殿に権威を保証する関係が成り立っていた。しかし、足利将軍家が京を離れるとその関係を維持できなくなってきた。


 そこに銭を負担する存在として、三好家が出てくるというわけか。足利家の代わりに三好家を官位秩序に組み込み、朝廷の維持を図っている。そして、それを察した足利義輝は、強引にでも京に戻り、将軍を中心とする秩序を急ぎ取り戻さなくてはならなかった。


「殿、如何なさいますか? 和睦をするとなれば……」


 尾張にいる美濃衆が騒ぎ出すかもしれない。


 美濃出身である蜂屋頼隆、金森可近の姿が目に入った俺は、どうにか言葉を飲み込んだ。


 しかし、二人もそれを察したのだろう、苦笑いを浮かべた。


「まだ和睦が決まったわけではない」


 信長様が話題を断ち切るように立ち上がった。そして、奥の寝室へと向かいながら、命令をしていく。


「兵庫介は美濃者を見張っておれ。五郎八は妙覚寺に張り付き、いつお目通りとなっても良いように整えておくように」


「はっ!」


「弥三郎、お前は朝廷の動きを調べよ。銭か金子を預ける。好きなように使え」


「かしこまりました」


「明日、京を見物する。公方様よりのお声がかからなければ、明後日から大和、堺の見物だ」


 俺たちは揃って平伏し、信長様が寝室に下がっていくのを待つ。そして、小姓によってそっと襖がとじられると、頭を上げた。


「兵庫介、殿のご命令通りに監視を。美濃から来た者を何人か選んで連れてゆけ。それと伝令係もだ。弥三郎殿は、人では必要だろうか?」


「いや、いらぬ。尾張から連れてきている者たちで動く。殿の警護を減らすことはできぬからな」


 祝重正は、金森可近に一礼して、部屋を出ていく。


「では、長三郎。お主は殿の警護だ。わかっておろうが、お傍を離れるな」


「承知しました」


 家臣たちの誰かを連れてきていれば、もっと楽に警護できただろうに。こんなことなら、連れてくるべきだった。

 上洛にあたって陪臣をぞろぞろ連れて行くのも問題だと思い、領地の経営と清須から那古野への家の移築を任せている。


 俺は、警護に当たる人員の顔を思い浮かべながら、金森可近と連絡手段について話し合った。









 翌日、信長様は室町通を南下し、下京へ向かわれることになった。


 内裏を見かけたときは、流石の信長様も立ち止まって遠くから眺めていた。


 何をお思いになったのかはわからないが、俺は内裏のすぐそばまで農地があったことには驚いた。


 昨日は城塞都市ということに圧倒され、今日はその城塞都市の周囲が農地で一杯だということにただ衝撃を受けている。


 周囲の農地を突っ切り、妙覚寺の近くで金森可近とは離れる。そして、金森可近と入れ替わるようにして蜂屋頼隆からの伝令がやってきた。


「美濃者たちは小川表((三条通り))の方におります。このままお進みすると、鉢合わせになるやもしれません」


 慌てた様子の伝令に対して、信長様は獰猛な笑みを浮かべた。


「では、義兄弟に会ってやるとするか!」


「殿、お待ち下さい!いくらなんでも、それは!!」


「黙っておれ!」


 静止する伝令を叱り飛ばす信長様。


 俺は、半ばこうなるだろうと考えていたから、もう止めても無駄だと思っていた。

 黙って手で示して馬廻りを進めさせると、信長様は満足そうな様子で馬を進める。


 すると、まもなく遠くに武士らしき一団が姿を表す。


 信長様が大きく息を吸い込むのがみえる。何を、と口に出る前に、信長様から声が発せられた。


「そこに居るのは、斎藤治部大輔ではないのか!? 儂は尾張の織田上総介だ!」


 三条中に響き渡るような大声で、信長様が斎藤治部大輔高政に呼びかける。


 久しぶりに傾いた格好をしているから、昔に戻ったんじゃないだろうな。


 遠目にも、斎藤家一行が身構えるのがわかる。こちらも、馬廻りたちが信長様の前に壁を作るように動き出した。

 だが、それを信長様は退けとばかりに馬を前に出して、斎藤家に向かって行きだした。


「慌てるな。奴らも公方様の御所近くでの戦いを望むまい」


「だからといって、挑発していいものでもないでしょう?」


「それで奴らが仕掛けてくる間抜けなら、妙覚寺に逃げこむまでよ」


 仮の将軍御所である妙覚寺に逃げ込めば、確かに斎藤家は手が出せないし、下手をすれば罰せられる。将軍の斎藤家への信頼もなくなってしまうだろう。


「だが、口惜しいことに、間抜けではなかったようだ」


 斎藤家も馬上の人物が、護衛たちを制して、信長様と同じように先頭になってこっちに向かってくる。


「あれが、斎藤治部大輔……」


 かつて少しだけ見た、亡き円覚院(斎藤道三)にどことなく似ているような気がする。実子ではないという噂が尾張まで届いていたが、どうやら噂に過ぎなかったようだ。


「治部大輔殿だな?」


「お初にお目にかかる、上総介殿」


「岳父殿を弑したのがどのような者か、長良川での戦よりずっと思っておった。そうか……そなたが、な」


 宿敵を目の前にしていながら、信長様は落ち着いた様子である。感慨深げとでもいった感じだ。


「そう、まさに父殺しの范可のようであろう?」


「殿、何をおっしゃいますか!」


 斎藤高政のすぐ後ろにいた人物が声を上げる。


 会った、いや、見たのは随分前だけれど、この顔つきは覚えている。年令を重ねているが、思い描いていた敵将の顔だ。


「ほう、伊賀守か。そなたとは久しぶりであるな! 覚えておるぞ、長良川ではさんざん我らに鉄砲を撃ってくれおったわ」


 そう、安藤伊賀守守就だ。俺の村の足軽を殺した、初めての敵。


 思わず拳を固めてしまう。これが戦場であったならば、すでに飛びかかっていただろう。


「ほれ、長三郎。お前も覚えておろう。岳父殿の命で那古野に来た、安藤伊賀守だ」


「はい、殿。よく……覚えております……」


 斎藤高政は挑発に乗る様子は見られない。父殺しに対しては達観しているようだ。だから信長様は標的を変えて、安藤守就に移した。

 だが、信長様が俺の様子に気がついたようで、眉を少し動かしたら、すぐに斎藤高政に向き直った。


「これから公方様の元へお出でか?」


「左様。我らを共にお呼びになるとは、公方様も何をお考えなのか」


 斎藤高政にも、足利義輝の考えはお見通しだろう。和睦する気は、向こうにもなさそうだった。


「ところで、新五郎((斎藤長龍))がそちらで世話になっているそうな。お邪魔であれば、こちらで引き取るが?」


「いやいや、義弟殿はよき武篇者だ。我が下で働いてもらわねば困る」


「そちらの考えは承知した。では、また妙覚寺でお会いしよう」


 斎藤新五郎長龍らを引き渡せば、和睦を受け入れるということか。斎藤長龍は、犬山城を足がかりに東美濃に対して、調略を仕掛け続けている。


 どうやら、美濃ではまだ斎藤道三の血筋というのは有効なようだ。


 斎藤家一行が、織田家の横を通り過ぎていく。そこに、一人の若武者が、俺の隣にやってきた。


「ご無沙汰しております。道祖殿は、ご健勝でしたか?」


「たっ!」


 正徳寺で出会った、まだ元服前の子供の顔が蘇る。


「竹中殿か?」


「ええ。竹中半兵衛でござる」


 怜悧な、冷めた笑みを浮かべる竹中半兵衛。丁寧な物腰だが、こちらを下に見ている気配を感じる。


「どうやら、そちらの企みは失敗だったようで……」


「何のことでしょうか?」


「実に、つまらぬやり方でした。次はもっとおもしろき策を期待しております」


 こめかみを指先で叩いて、もっと考えろと言わんばかりの態度に俺の背後から怒気が上がるのを感じる。そして、俺自身も血が沸き立っていた。


「それでは、御免」


 竹中半兵衛が、遠ざかっていく。


「長三郎、あやつは誰だ?」


 信長様から、しばらく感じたことのない怒気を感じる。


「竹中……半兵衛………凄まじい智慧者です」


 戦国随一の天才軍師、美濃を攻略するためには、あのいけ好かない野郎の頭を凌駕する必要がある。


 俺は、竹中半兵衛が見えなくなるまで、その背中を睨みつけていた。

 京都で出したかった人物は斎藤義龍でも安藤守就、そして竹中半兵衛でもありません。こんな有名な人たちをわざわざ出しても読者の方々は拍子抜けでしょうし。

 次話で、堺、いや大阪で出したかった人物を出すので、その最後くらいに京で出したかった人物のヒントを入れようかと思っております。


 ブランクがあったので、まだ文章は本調子ではありませんが、がんばります。お付き合いくださったら幸いです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] またお読みできてうれしいです
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ