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信長の軍師 賽の目は天下不如意なり  作者: 無位無冠
第三章 桶狭間の坂道
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新次郎

 信長様から命じられた大蔵親子の清須での住居は、すんなりと見つけることが出来た。元斯波家家臣の屋敷だったところがまだ空いており、そこを手直しして入ってもらったのだ。

 しかし、那古野での住居はなかなか見つからなかった。それもそのはずで、まだ那古野の城下町の形が整っていないのだから。そのため、那古野の住居については、城下町が形作られる頃にまた考えることにした。


 幸い大蔵親子は屋敷を気に入ってくれたらしく、わざわざ道祖家のために猿楽を演じてくれた。そうした交流の中で、大蔵の息子二人とは新次郎を通じてよく話すようになっている。新次郎は、兄の新之丞と仲が良くなったらしく、槍を振るうのを見せていた。また、弟の藤十郎の方は、どうも綺羅びやかな物に惹かれるようで、俺の新調した真新しい鎧に興味津々だ。


 そうして、大蔵親子と親交を温めていると、ついに信長様から道普請の奉行を務めるように命令が下された。


太郎兵衛(たろべえ)、此度の奉行の頭をお前に任せる」


「お役目、謹んで拝命いたします」


 昔からの信長様の近習である山口太郎兵衛が、少し前に出て平伏する。


 今回、道普請を務める奉行は四人。山口太郎兵衛、河野藤三氏吉、坂井文助利貞、そして道祖長三郎という面々だ。


 山口太郎兵衛と河野氏吉は一回り年長であるが、篠岡八右衛門と同年代の壮年だ。そして、坂井利貞と俺がほぼ同年代になる。

 今回道普請を任されたのは、織田家中でも比較的に若手といった具合だ。


 そのことから、信長様が相当長い時間をかけて、道を整備させようとしているのがわかる。


「藤三、長三郎、文助は太郎兵衛を手助けせよ。尾張中の道を整えるのだ。油断せずに務めを果たせ」


「ははっ!」


 名を呼ばれた俺たち三人も平伏すると、信長様は部屋を出ていった。


 障子が閉まる音がしてから、山口太郎兵衛が胡座をかいたまま振り返る。


「さて……殿より道普請を仰せつかったわけであるが、文助は道普請に関わるのは初めてであったな?」


「はい。されど、普請された道は通っておりますので、どのような物にするかはわかっております」


 坂井利貞は、もとは織田大和守家の家臣であった。大和守家が滅んでからは、織田家に登用されて馬廻りの一員になっている。


「よし。藤三と長三郎も問題あるまいな」


 念押しのような確認に、俺と河野氏吉がうなずいて答える。


「では、今回の道普請は我らに全てを任されている。まずは、何から決めるべきかだが?」


「やはり以前のように、兵の移動を容易ならしめることが肝要だと思う。今川、斎藤と戦うに有利に進められるようにするべきだ」


「しかし、それではあまりに手を付けるところが多すぎます。那古野城の普請もあるため、そこまでの余裕はありますまい」


 河野氏吉の意見に、坂井利貞が反対を述べる。


「文助殿に賛成です。尾張を縱橫に兵が動かせるのは良きことですが、時期が悪いと言わざるを得ません」


「文助と長三郎が言うことはもっともだ。今は、もっと場所を絞るべきであろう。だが、我らの目的が藤三の言にあるのは覚えておかねばならん」


「なるほど。ならば……清須と那古野の道はどうであろう? 清洲城は廃城とされるが、那古野への移動には道が良い方が早く済もう。一日でも早く那古野への移動を終えれば、他国に攻められる心配が減る」


 河野氏吉が言うとおり、那古野への移転が速やかに行えるようにするのは良さそうだった。だが、これには山口太郎兵衛が反対した。


「いや待つのだ。最初の道普請は、尾張の規範となる道であるべきではないか? 最初の道普請が、清須と那古野の一時的な道であるのは、些か拍子抜けとなろう」


「しかし、美濃と戦うときには那古野からその道を通るのだし、一時的な道というわけではあるまい」


「それが岩倉城まで伸ばすのであれば反対はせんよ。されど、さっき申したようにそこまでの余裕はなかろう」


「確かに……太郎兵衛殿の言うとおりだ」


「藤三の申すことにも一理はあるが……今の道を修繕するに留めておくべきだ」


 河野氏吉が納得したとうなずき、そして俺へと視線を向ける。


「長三郎は何か考えはあるか?」


「そうですね。藤三殿の案が駄目となると……」


 腕を組んで考え込む。隣では坂井利貞も同じようにして考えているが、なかなか思いつかないようだ。


 俺は、脳裏に尾張の地図を思い浮かべた。昔よりも大きく北に領土を広げたが、その中心となるのはかつてと同じ那古野城である。


「まず……藤三殿のお考えと同じ、那古野城に結びつけて考えるべきです。那古野城から各地に道を伸ばすとして、やはり重要となるのが……」


 一度言葉を切って、三人を見渡せば、みんなどこかわかったようだ。


「熱田となりましょう。そして、那古野城の建材は熱田に運ばれます。また、普請したのは五年も前になります。那古野と熱田を結ぶ道を改めて整えるのは、大きな意味を持ちましょう」


「なるほど。あそこは昔より町家が広がってきたところでもあるし、普請した道は荒れてしまっているな」


「かつてと同じように、熱田の商人から銭をとって普請が出来るやもしれん」


 那古野・熱田間は、年を経るごとに宿場が出来上がってきている。いずれは、那古野まで町並みが続くようになっていくだろう。那古野城から熱田神宮までの大通りを作り上げる。


「良いのではないでしょうか。その道ならば、那古野城の堀の人夫たちを使うことが出来るはずです。拙者は長三郎殿の考えに賛成いたします」


「うむ。わしも反対はない。熱田までの道を整えるならば、今川との戦いで兵を動かしやすそうだ」


「では、兵の移動を考えて広めに道を整えたほうが良いだろうな。三間((5.4m))ほどもあれば十分か?」


「町家が増えるでしょうし、通行を邪魔するものが出来ることがありえます。大きく四間((7.2m))とするべきかと」


 そうして、次々と意見が出されて道普請の概要が決まっていく。


 那古野城と熱田までの道のりは大凡で二里くらいだ。それが俺の奉行としての初仕事になる。









 道普請について、俺たち奉行衆が那古野や熱田を走り回っていると、いつの間にか四月になっていた。


 そして、遂に信長様の次子が生まれた。


 俺が密かに心配していた、吉乃様の体調は問題ないらしく、母子ともに健康だという。那古野から戻ると、(たえ)から話を聞かされてほっと胸を撫で下ろしたものだ。


 しかし、ここで生まれた赤ん坊の名を聞かされて俺は凍りついた。


()()()()丸?」


「ええ。私も聞いた時は驚いたけれど、殿様が言うには神意が示した縁起の良いお名前らしいわ」


()()()()って……まさかお茶の茶筅なのか?」


「そうよ。他に何があるというの?」


 妙が不思議そうに首をかしげる。


 何てことだ。あの時、考えるだけって言ってたじゃないか。


 昨年、信長様と一緒に吉乃様との御子の名前を考えたけれど、茶筅はたまたま信長様の目について言った冗談だったはずだ。まさか、あの後に喧嘩した押し合いで負けたからだろうか。


「吉乃様は、何もおっしゃらなかったのか?」


「殿様がお決めになったことだからと納得されたようよ。まあ、私もお香殿から聞いたことだけど」


「あ、ああ。そうか……まあ、もう決まったことなのだから、仕方がないな」


 もう、そう言うしかなかった。俺が気まずい思いで食事に手をつけると、妙も食事を始める。そして、今日で俺の下から出ることになる新次郎も食べだす。


 暗い顔をする新次郎に、俺は話しかけた。


「新次郎、そう塞ぎ込むな。別に永久(とわ)の別れではあるまいに」


「塞ぎ込んでなどおりません」


 新次郎は不貞腐れたような口調で答えると、誤魔化すように飯をかき込む。


 俺が道普請の奉行となり、元服する新次郎を与力にと願い出ても許可されなかったのだ。それから新次郎は、このようにすねてしまっている。


「元服して大人になるのだから、そうした態度は止めておけ」


「わかっております。殿の名に傷をつけるようなことはしません」


 つっけんどんに言い返す新次郎。俺と妙は顔を見合わせ、肩をすくめた。


「まったく。しょうのない奴だ……。妙、飯時ですまないが、あれを持ってきてくれないか?」


「はい、わかりました」


 仕方がないと妙が苦笑して、居室に下がっていく。


 そんな俺たちの様子に構わず、新次郎は猛然と飯を食べている。


「新次郎」


「……何でしょうか?」


 名前を呼ぶと、新次郎は食事を止めて椀と箸を置いた。


「これまでご苦労だった」


「な、何をされますか。お止め下さい!」


 俺が頭を下げると、新次郎は俺に慌てて平伏する。


「殿には、こんな不詳者に大変良くして下さいました。それなのに、こんな童子じみた真似をして、申し訳ありません!」


「謝ることはない。お前がいてくれて、俺は随分と助けられたのだ。その礼を言わせて欲しい」


「殿……」


 新次郎の眼に涙が滲んできていた。俺も、釣られてこみ上げてくるものがあるが、どうにか耐える。


 そこに、妙が布で包んだものを持って戻ってきた。両膝をついて、俺に(うやうや)しく包みを差し出す。


 俺はそれを受け取り、包んでいる布を解いてみせる。布の中には、一本の小刀があった。


「新次郎、これをお前にやろう」


 そう言って、平伏する新次郎の前まで行って、小刀を突き出す。


「大刀が良かったかもしれないが、それはお前のご両親が用意しているだろう。だから、俺たちからはこの小刀を贈る」


 新次郎が震えながら、小刀を両手で押し頂く。


「兼常という刀工が作った一振りだ。俺とそう歳の違わない若い刀工らしい。しかし、とても良い仕事をしていたのでな」


「殿…………ありがとう……ございます」


 滲ませていた涙が溢れ、それを隠すようにして新次郎がうつむく。


「きっと、これで首級を取って……手柄を上げてみせます……」


「楽しみにしている。そして、これまでありがとう」


「頑張ってね、新次郎」


「はい!」


 小刀を胸に抱いて、新次郎が大きく返事をする。


 その夜は、遅くまで昔語りをして、三人で過ごした。そして、翌朝、新次郎は俺のもとから巣立っていくのだった。

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