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信長の軍師 賽の目は天下不如意なり  作者: 無位無冠
第三章 桶狭間の坂道
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村屋敷

 尾張が信長様によって統一され、ついに国内の敵が一掃される。そして、年が明けて弘治四年となったのもつかの間、二月には永禄と元号が改まった。


 とうとう元号が永禄になった。史実では、永禄三年に桶狭間の戦いが起こっている。その戦いで今川義元を討ち取ったことで勝利し、信長様は名声を高めることになるはず。今川義元を討ち取るということは、あの大大名自らが前線に出てくるということだ。死んだ太原雪斎に代わって陣頭で指揮を取るからには、こちらが及びもしない大軍を揃えるだろう。


 そして、一番の問題が、俺が口を出しているので、歴史が変わってしまっている可能性があることだ。


「まあ、もう悩んでも仕方がないか……」


「何を悩んでいるの?」


 振り向くと、(たえ)が小首をかしげて俺を見ている。


「いや、清須の屋敷のことをな」


「ああ。柱とかを那古野に持って行くって話ね。それなら、今考えても仕方がないわよ。まだどこに移るかも決まっていないのに」


「そうだな。でも、もうちょっとで決まると思う」


 那古野城の改築は、信長様の仮病からの復帰とともにその普請を早めていた。ようやく堀の大きさが具体的に決まり、掘削の最中だ。今はまだ直轄地から夫役が徴収されているけれど、そのうち俺たち家臣の領地からも夫役を出さないといけないだろう。


 そして俺は、領地での新たな住まいとなる屋敷の建設を眺めながら、ため息をついた。


 俺のため息が聞こえたのか、横に並んだ妙がきつい視線で俺を見つめる。今度は何だ、とでも言いたげだ。


「ここの屋敷なんて、新築することなかったんじゃないかと思ったんだ」


「せっかく八右衛門や孫十郎が提案してくれたのよ。前の八右衛門が使っていた屋敷じゃ手狭になってきたから、領地の中心に屋敷を新しく建てようって。これから必要になるんだから、いいじゃないの」


「ああ、そうだな。俺が悪かった……」


 俺は懐に手をいれて文書(もんじょ)に触れる。


為扶助(扶助として)愛知郡内(愛知郡内に)百貫文申付上(百貫文申し付ける上は)

全知行(知行を全うし)不可有相違(相違有るべからず)之状(の状)如件(件の如し)

 弘治三

  九月日   信長(花押)

    道祖長三郎殿


 昨年の九月に、俺は百貫文に加増されている。それで年が改まったところで、篠岡八右衛門は十貫文、前田孫十郎基勝は八貫文に加増した。すると二人から、身代にあった新しい屋敷を造ろうと提案されたのだ。しかも、俺が反対するとわかっていたからか、あろうことか先に妙を懐柔していた。


 俺としては、那古野城の普請に備えて夫役の金を多めに残しておきたかったというのに。そして、新しい家臣を召し抱えるのに使う支度金だって必要だ。

 屋敷は、そうした問題が片付いてからでも良かったと思っている。


 恨めしい視線を、あれこれ指図をしている前田基勝に(そそ)ぐ。


「ほら、往生際が悪くそんな目で見ないの。新次郎、殿を孫十郎のところに連れて行って」


「わかりました。さあ殿、せっかくですので、色々と監督なさったほうがいいですよ」


「新次郎、お前もか……」


 楽しげな様子の新次郎に背中を押されて、俺は仕方なく歩きだす。


 そして、絵図と実際の現場を見比べている前田基勝のところまでやって来る。


「これは殿。順調に進んでおります」


「ああ、見ていたよ。しかし、こんな堀まで必要なのか?」


 俺は首をめぐらして、村人たちがせっせと作業している堀を示す。


「いざとなれば、村人たちもここに逃げ込んでくるのですから、当然必要なものです」


「なるほど……じゃあ、あの二人は何だ?」


 俺が指差す先には、道家清十郎と助十郎の兄弟が村人たちを指揮して土塀のための土を練っている。


 道家兄弟は、浮野や岩倉城での戦いで十分に手柄を立てた。それで十分と思っていたら、ずっと村に居候をしていて、足軽の代わりを務めたのだから驚きだ。もう俺としては、いい加減領地に戻ったほうがいいと思っている。


「道家兄弟ですが、どうかしましたか?」


「わかっているくせにとぼけるんじゃない。あいつらはいつまでここにいるんだ?」


「次の戦いで手柄を上げて、殿に召し抱えてもらうつもりなのですよ」


「いやいや、あいつらは自分の領地が有るだろう」


 そう言うと、前田基勝が驚いた顔をした。


「殿、あの二人から聞いておられないのですか?」


「聞いていない。何かあったのか?」


「彼らの田畑、すでに親族に奪われたようなのです」


 声を潜めて、前田基勝が俺に囁く。聞こえなかった新次郎が不思議そうな顔をしている。


「それは本当なのか? いくらなんでも、それは……」


「はい。しかも、我らに捕まっている間に、親族が自分の土地だと安堵を受けたらしく……それを聞かされては、とても守山に帰るよう言うのは」


 頭が痛くなる話だった。親族からしたら、戻ってこないので自分の土地として安堵を受けたのだろう。それが、人質として交渉されたとあって驚いたはずだ。そして、返せばいいものを、そのまま奪い取ってしまったと。土地を担保に金を借りるなりしなかったのは、それが原因だったわけか。


 思わず頭痛がしてくるようだった。俺は片手で額を押さえ、もう片方の手で新次郎に二人を連れてくるように指示を出す。


「もっと早く言っていれば、殿に申し上げたというのに……」


 今からでも信長様に言えばどうにかしてくれるだろうが、裁判まで持ち込む必要がある。それには金が必要なので、道家兄弟には厳しい。ただで裁判の文書を出してはくれないのだ。


 道家兄弟が走ってやって来て、俺に対して跪く。


「じゃあ新次郎、次は八右衛門がどこにいるか探してきてくれ」


「わかりました!」


 新次郎が駆け足で、篠岡八右衛門を探しにいったので、俺は屈んで道家兄弟と視線を合わせる。


「道祖殿、何か御用でしょうか?」


 兄の道家清十郎が、口を開く。


「お前たちには二つの道がある」


 二人の前で二本指を立てて示すと、二人は一層居住まいを正した。俺は指を一本にして、続ける。


「一つは、殿に訴え出て土地を取り戻す。銭はうちから貸してやるから、心配はいらない。これが一番早く知行を持つ方法だ」


 俺は二人、それぞれに顔を向けてしっかりと言い聞かせる。二人がうなずいたので、今度は指を二本にする。


「二つ目は、いつ起こるかもわからない戦をこの村で待つことだ。それに衣食住は面倒を見る。だが、手柄を挙げられるとは決まっていない。ただ、二人が見事に手柄を上げたなら、俺は二人を召し抱えたいと思っている」


「二つ目でお願いします」


 弟の道家助十郎が、悩むことなく頭を下げる。そして、道家清十郎も躊躇わずに弟に続いた。


「おいおい、少し悩んだほうがいいぞ。家族だっているだろう」


「母がおりますが、死した父の菩提を弔うために寺に入っているので、心配いりません。むしろ、ここで道祖殿にお仕え出来たほうが、出世できそうです」


「兄者の申すとおりです。大殿の下で有象無象の一人になるより、ここでお仕えさせて頂きたく存じます」


 もう譲るつもりはないという感じで、道家兄弟は俺をまっすぐに見つめる。俺が前田基勝を見ると、大丈夫だというようにうなずくので、二人に視線を戻す。


「わかった。では、二人の身は当家が預かろう。孫十郎、二人に何かさせた後はしっかり銭を払うようにな」


「かしこまりました。よかったな、二人とも」


「はっ! 御恩に報いるためにも、必ずや手柄を上げてみせます!」


 二人が揃って頭を下げる。


「よし、じゃあ後は孫十郎に任せた」


 ちょうど、新次郎が篠岡八右衛門を連れて戻ってきていたのを見えた。俺は、前田基勝に指示を出すと、そのまま篠岡八右衛門の方に歩いて行く。


 道家兄弟の喜ぶ声が聞こえてくるのを背中に受けて、俺は思わず笑ってしまう。結局、俺はあの兄弟を気に入っていたのだ。無条件で召し抱えなかったのは、二人を試す必要があるからだ。これを乗り越えて召し抱えられたら、二人はきっと大きな力になってくれるだろう。


「おや、殿、銭を使ってお怒りかと思っていましたが、機嫌が良さげですな」


「怒るとわかっているのなら、次は(たえ)を懐柔するのを止めろ」


「懐柔ではありません。この屋敷は、奥方様の家でもあるのです。殿だけでなく、奥方様にもお伺いを立てるのは、当然のことかと」


「ああもう、わかったわかった。それで、よく番匠が集まったものだ」


 まだ浅い堀に囲われた中で、番匠たちが木を削ったりしている。


「那古野城の改築の前の一稼ぎを引き受けてくれました。大殿からお呼びがかかれば、すぐに行かねばならないでしょうが、それまではここにいてくれます」


「番匠の出番はもう少し先だな。材木集めが始まったから、それが運ばれてきてからになる」


 城用の建材は、生半可なものではない。柱や大手門の梁に使う木など、そう簡単に見つからないのだ。


「では、屋敷を建てられます。他にも、新しい村に備蓄の蔵なども建てられたら良いのですが」


「ああ、もう田植えなどの前に出来ることは手を付けておこう」


 将来道家兄弟を召し抱えられるのなら、今その分を余らせておくことはない。せっかく番匠がいるのだから、大工関係はできるだけ済ませておくに限る。


「しかし、無理をして那古野城の夫役に回せる余裕がなくなるのは困るから、よく考えてやるように」


「わかっております。では、そのように取り計らいます」


 篠岡八右衛門が、離れていこうとした時、ちょうど(もっこ)で土を運ぶ二人の農民が目に入った。二人は、千歯扱きの改良で知恵を貸してくれたのでよく覚えている。


 そこで、ちょうど新しく作りたいものを閃いた。


「待て、八右衛門」


「はっ! あの二人がどうかされましたか?」


 俺の視線の先にいる二人に気づき、首をひねる篠岡八右衛門。


「番匠の中には木の細工師はいるのか?」


「確かいたはずですが……」


「連れてきてくれ。試してみたいものがある」


 そう言うと、篠岡八右衛門が我が意を得たりと笑みを浮かべた。


「新たなものをお作りになるのですな。では、早速連れてまいりましょう!」


 篠岡八右衛門はさっと身を翻して、番匠たちのいる方向に走っていく。


「いっそ、細工師を召し抱えられないか……」


 そうすれば、色々と便利になる気がする。木工の専門家がいれば、実用できるものが増えるだろう。


 俺はどう切り出そうかと考えながら、篠岡八右衛門が戻るのを待つことにした。

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