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信長の軍師 賽の目は天下不如意なり  作者: 無位無冠
第二章 尾張統一の道程
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抗う者

 信長様は、黒田城救援のために清洲城から兵を率いて出陣した。いつもなら、ちょうど出陣を見送るように織田三郎五郎信広と行き交うのだが、この出陣に限っては姿が見えない。


 出陣前に、信長様が佐脇藤右衛門に指示していたことを聞いていた面々は、ここに来て信長様の懸念が本当のことでないかと考えだしたようだ。何人かが、表情を引き締めて勝幡城の方向を顔を向ける。


 疑いを胸に秘めたまま、黒田城に向けて行軍を始める。しかし、ある程度清須から離れたところで、信長様はゆっくりと行軍するように命じた。


「はたして、三郎五郎様は動きますかな?」


「動かなければそれで構わん。足を早めて、黒田城に赴けば良い」


 丹羽五郎左衛門尉長秀が、信長様の言葉にうなずく。


 ただの思い過ごしであって欲しい。信長様は未だにそう願っているのだろう。俺としても、清須には(たえ)がいるのだから、出来ることなら戦場にして欲しくはない。織田信広が思い留まってくれればと思っている。


 だが、美濃の斎藤新九郎高政も動いているのだから、もはや止まるとも思えなかった。


 そして、まだ急げば清須にすぐに戻れる井之口、下津辺りにまで行軍した時、一騎の馬が後方から駆けてくる。

 甲冑を纏っておらず、伝令と大声で叫びながらやって来た。


 思わず信長様の顔を見ると、覚悟を決めた顔で伝令の騎馬に顔を向けている。そして、おもむろに口を開いた。


「弥三郎! 何事か!?」


 信長様自らが誰何(すいか)すると、伝令は下馬してから信長様の馬に駆け寄って跪く。


「はっ! 三郎五郎様、勝幡城に兵を集めておりました。すでに、百余りの兵を引き連れて清須に向かいましてございます」


「留守居役をするにしては多い兵だ。三郎五郎、背いたか……」


 いつもなら僅かな供しか連れずに清洲城に入城していた。それが、今回は百にもなる。援軍を派遣するためなどと、理由は何とでもつけられるけれど、これまでと明らかに違う行動であった。


「勝幡城の兵たちも、いつでも戦えるように準備を整えております。殿が仰ったように、三郎五郎様は美濃の斎藤高政と盟約を結んでいるものと……」


「分かっておる。こうも早くよくぞ調べ上げたな、弥三郎」


 信長様が労をねぎらうと、今度は丹羽長秀が信長様に進言する。


「殿、すでに佐脇殿が清須の町の木戸を全て閉じているはず。三郎五郎様は清須に入れません。我らは一気に勝幡城に向かいましょうぞ」


「よし、黒田城にはしばらく持ちこたえよと伝令を送れ。岩倉城を囲っている半羽介にも用心せよとな! 勝幡城を突き、三郎五郎の帰るところをなくしてやるのだ!!」


「かしこまりました!」


 信長様の命令により、北に向かいつつあった軍勢が南西に向きを変える。


 最上は織田信広が大人しくしていることだったが、予想以上にうまく進んでいた。ここから勝幡城に行くのと、清須から勝幡城はほぼ同じくらいの距離になる。織田信広が留守の内に、油断しているだろう勝幡城を落としてしまうのだ。

 そうすれば、これ以上問題が大きくなることなく謀反は終わるだろう。織田信広は降伏するか、どこかに落ち延びていくしかなくなる。斎藤高政も木曽川を渡ることを諦めて、岩倉城は落城を待つのみ。尾張統一は、目の前にあった。









 勝幡城は、呆気なく陥落した。信長様が引き返してくるとは露とも思っていなかったために、城門すら閉ざされていなかったのだから、当然である。

 織田信広の妻と娘は、逃げる間もなく捕らえられた。二人もどうやら、織田信広が謀反を起こしたとは知らなかったようだ。てっきり、信長様の援軍のために兵を集めていたと思っていたらしい。信長様は、義姉と姪を丁重に扱うように命じ、織田信広に降伏するように使者を遣わした。


 しかし、ここで予想外のことが起こった。織田信広が降伏することなく、勝幡城に戻ってきたのだ。

 連れている兵は見た限りで減っている様子がない。それだけ信頼しあっている人員だけを連れて行ったのがわかる。

 そして、勝幡城からほど近いところに陣取って、信長様が出てくるのを待っているようであった。


 それに対して、信長様は勝幡城を出ることはなく、丹羽長秀に出陣を命じる。


 丹羽長秀は馬廻りの半数を率いて、織田信広の追討に出陣した。その中には俺も含まれている。


「道祖殿、敵は寡兵ですが前には出ないで下さい」


「兄者の言うとおり、孫十郎殿とともに我らの後ろにいて下されば敵を寄せ付けませんので」


 道家清十郎と助十郎の兄弟が、俺を振り返って念を押す。


 道家兄弟は、何故か今なお俺のところにいる。とっくに守山に帰ったものと思っていたが、収穫のために村に帰った篠岡八右衛門について村に行っていたのだと聞いた。出陣のために足軽を呼びに行かせたら、やって来たのは足軽ではなくこの兄弟であったときは驚いたものだ。

 二人の言い分では、まだまだ手柄が足りないらしい。こちらとしては戦力になるのでありがたいけれど、居座られているような気分だ。


 そして二人は、前田孫十郎基勝から俺が戦場(いくさば)ではいつも死にそうなっていると聞いているようで、何度も繰り返し後ろに下がっているように言ってくる。


「わかったわかった。孫十郎から何を聞いたかは知らないが、もういい加減聞き飽きたよ」


「殿は何度申し上げてもお一人で前に出るのです。聞き飽きた程度では我らも言い足りませぬ」


「今度は前に出ない。約束するから、そう疑いの目をするな」


 すぐ後ろにいる前田基勝の顔は見えないけれど、俺を疑っていることはわかっていた。何故なら、振り返ってきている道家兄弟が、そんな視線なのだから。


「今度もしものことがあれば、これまでの戦模様、全て奥方様にお話させて貰います」


「いや待て、孫十郎。どうしてここで妙が出てくるんだ?」


 妙には戦の話を聞かせないようにしている。俺のことを聞いたら、絶対に口うるさいのがわかっているからだ。


 しかし、俺の問いに前田基勝が答える間もなく、法螺貝が吹き鳴らされる。


 俺は文句を引っ込めて、反射的に駆け出した。すぐ横を前田基勝が走っているし、道家兄弟は前にいる。安全ではあるけれど、どうも遅く感じてしまう。


 そんなことを考えていると、まばらに矢が飛んできているのがわかる。敵の数はこちらの半分以下なので、特に脅威を感じる矢の数ではない。それでも、横にいた前田基勝が俺よりも前に出て、いつでも盾になれるように走る。


 どうやら織田信広は、軍勢を動かしていないらしく、こちらを待ち構えるつもりのようだ。長く走らせて疲れさせるのと同時に、矢で少しでもこちらを削る気でいる。敵に近づくに従って、矢を受けて倒れる者が増えてきた。


「もっと早く走れ! このままだと、矢で死んでしまうぞ!」


 俺が走る速さをあげると、前田基勝の前に出る。そして、道家兄弟のすぐ後ろに追いつくと、二人が驚いた顔をして、より早く駆け始めた。少し後ろを見ると、前田基勝はちゃんと食らいついてきていた。


 やがて、敵の顔もはっきりわかるようになるまで近づく。道家兄弟が走りながら槍を構えて、待ち受ける敵に向かって突撃した。


 目の前で槍の叩きあいが始まり、俺と前田基勝もすぐに道家兄弟の後ろから槍を構える。


 だけど、兄弟は瞬く間に敵足軽を叩き伏せてしまう。叩き伏せた敵足軽は、清十郎に踏みつけにされて助十郎によってとどめを刺される。

 流れるような連携に、敵が怯んだが、一人が臆することなく槍を突き入れてきた。


 道家清十郎は、慌てることなく槍の柄で受け流すと、そのままその敵が俺の前にたたらを踏みながらやって来る。それを、前田基勝が蹴りつけて倒れさせる。俺は手の中にある槍を捨てて、脇差しを抜いて倒れた敵にとどめを刺す。そして、前田基勝がさっさと首級をあげる。


 俺たちはそうやって順調に目の前の敵を倒したが、織田信広の軍勢は頑強な粘りを見せた。織田信広自らが槍を振るっているらしく、鼓舞された足軽や武士の抵抗が激しい。


 丹羽長秀は、怒鳴り声をあげて鼓舞しているけれど、決死の覚悟で向かってくる敵に手を焼かされている。


 そして、ゆっくりと寡兵であるはずの敵がこちらを押し返し始めた。さっきまで押していたのが、二歩三歩と次々に後ろに下がらせられる。


「踏みとどまれ! ここで寡兵に競り負けては、二度と馬廻りなんて名乗れないぞ!」


 俺は、声の限りに叫んで、槍を振るう。前田基勝と道家兄弟は、俺の言葉を受けて、一歩も下がらないようになった。そうなってくると、左右の味方も下がらないように力を振り絞る。

 それが次々に伝播して、分厚い壁のように敵の攻撃を跳ね返しだした。


 また、敵が少数なために、徐々に敵を左右から包んでいくような陣形になっていく。敵は横合いからも攻撃を受ける形になり、正面への攻撃が疎かになった。それで、押されていたこちらは逆に押し返し始める。そうなると、敵は左右の端から崩れだして、次々に逃げ出そうとした。


 これで勝負がつくと思ったその時、こちら側の法螺貝が鳴らされた。


 敵が逃げ出すように下がるのに乗じて、こちらも下がって敵と距離をあける。本来なら、逃げ出した敵を打ち取る好機なのに、そうはならなかった。


 てっきり敵はそのまま逃げていってしまうかと思ったけど、そうはならずに踏みとどまっている。織田信広の馬印も健在で、先頭にいた。まだまだ戦えるといった様子だ。


 そこに、馬に乗った信長様が、馬廻りに護衛されつつ織田信広の妻子を連れて現れた。

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