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信長の軍師 賽の目は天下不如意なり  作者: 無位無冠
第二章 尾張統一の道程
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槍又左

 俺は目の前の光景が信じられなかった、前田孫四郎利家の顔に矢が刺さっているなんて。


 その前田利家は槍を構えてはいるが、矢を受けた衝撃で少し頭を傾かせたまま微動だにしていない。


「孫四郎!」


 駆け寄りつつ、名前を叫ぶ。周囲も動かない前田利家に気がついて視線を投げかけるが、敵と戦っているために駆けつけることができない。


 道家兄弟が、豪快に槍を振り回して敵を遠ざけてくれる。


「孫四郎! 生きているか!?」


 敵が近づけないでいるうちに、俺は前田利家の前に回って両肩を掴む。そして、顔を覗き込むと、両目はかっと見開かれて、ただ前方に睨みを利かせている。


 右顔の下半分が血に染まっていて動かないが、ちゃんと生きていた。


 兜の吹返(ふきかえし)を貫通した矢は、前田利家の右目の下を射抜いていた。矢はおそらくすぐ下の骨で止まっている。兜がなかったら、即死だったろう。


「おい、孫四郎! しっかりしろ!」


「ぢょうざぶろう……おれば、いぎでいるのが」


 口内から出血しているようで、血に塗れたような声を出す前田利家。


「生きているぞ! さあ、みんなが支えてくれている間に下がるんだ!」


 前田利家は、俺の生きているという言葉に反応したかのようにぎこちなく動き始める。口内に溜まった血を吐き捨て、兜を貫通している矢をへし折った。


 そして、下がらせようとする俺を払い除け、再び槍を構え敵に向ける。


「我こそは前田孫四郎利家なり! 命が惜しくない奴から、かかってこい!」


 前田利家の挑発に、幾人かの敵が死に損ないを始末しようと向かってくる。それを、前田利家は瞬く間に槍で突き倒す。相手が動揺し、更に畳み掛けようとするが、矢傷で死角になっている右側から敵の武士が襲いかかる。


 俺はとっさにその敵に槍を投げつける。槍が長いのと慌てたために、不格好な飛び方をしたけれど、槍の柄があたって一瞬ひるませた。そこを、敵に気がついた前田利家が槍で叩き伏せる。俺は走りながら刀を抜いて、横合いから刀で敵の腹部を刺した。

 敵はそれでもなお、俺を睨みつけて両手で首を絞めてくる。敵の指先が喉に食い込まんとするほどに締め付けられて、息ができない。刀から手を離して相手を殴りつけるが、鬼の形相でひるみもしない。

 どうにか視線を前田利家に向けると、どうにか俺を助けようとしてくれているが、新手の対応に忙殺されている。


 意識が遠のきかける中、どうにか刺している刀を回して相手の傷口を(えぐ)った。体内からの痛みに、相手も首を絞めている力を緩ませる。そこを、足で蹴飛ばして引き離す。相手が離れると同時に、刺していた刀が抜けた。


 俺は傷口を押さえてうずくまろうとしている敵に突進し、刀の切っ先で相手の喉を突く。すると、今度こそ敵は倒れ伏した。


「長三郎! 無事だな!?」


「孫四郎のせいで死にかけたよ!」


 前田利家の安否の確認とも取れない断定に、我慢できずに怒鳴り返す。


 そして、周囲を見渡せば、やはりこちらが劣勢に立たされている。数の差はどうしようもなかった。


「意地を張らずに鹿垣の中に退くぞ。次に言うことを聞かなかったら、閻魔が決める前に俺がお前を地獄に落としてやるからな!」


「仕方があるまい。だが、ここで退くのは至難だぞ」


 無闇に背中を見せて走っては、鹿垣の中に敵を連れて行くようなものだ。少しずつ下がって、鹿垣に入れないように戦うしかない。


「とにかく外に出ている全員を集めるぞ。力を合わせて下がるんだ」


「よし、任せろ」


 そう言うと、前田利家は槍を夜空にかざして大音声をあげる。


「前田孫四郎と道祖長三郎はここにいるぞ! 皆の者、集まれい!!」


 槍が月の光をきらめかせ、周囲に場所を知らせる。すると、少しずつ味方が集まってきた。俺たちよりも前で戦っていた道家兄弟は、見事な連携で問題なく合流できた。他の味方は同時に敵も連れてきているが、各個にやられるより、まとまっていた方が戦えていた。


 そして、味方を集めつつ、鹿垣の破れを目指して徐々に後退する。


「殿、ご無事でしたか!? 見失って心配しておりました!」


「孫十郎もよく生きていた! 足軽たちも無事のようだな」


 鹿垣近くまでどうにか下がれば、前田基勝と足軽が合流してきた。どうやら、鹿垣内に敵を入れないようにして戦っていたようだ。


 鹿垣内に侵入しようと、敵が圧力を増してくる。少しずつ味方が鹿垣内に入れば、一気に崩されかねない状況になりつつあった。


「これ以上は小奴らを撃退せねば下がれんぞ。どうする、長三郎?」


「弓か鉄砲の援護が必要だ。しかし、他も敵の攻撃で手一杯だろうしな」


 押し寄せる敵を近づけさせないようにする以上のことができない。このままでは、少しずつやられていずれは鹿垣内に敵の侵入を許してしまう。


 焦燥感に駆られそうになったとき、敵に矢が降り注いだ。俺たちに当たらないように少し遠い敵を狙っているようだけど、敵はそっちに気を取られて注意が疎かになる。


「押せぇ! 力を振り絞れ!」


「突き殺せ!」


 俺と前田利家がほぼ同時に命令を叫ぶ。味方は間髪入れずに喚声を上げて、敵を攻撃する。

 こちらの攻勢に敵が怯んで、形成が逆転する。その隙に、鹿垣内に味方を急いで下がらせた。


 最後に俺と家臣が先に鹿垣内に入り、殿で残った前田利家とその家臣が続く。

 中に入ってしまえば、鹿垣がさらに壊されない限りこちらに数の優位がある。鹿垣内に留まっていた味方とともに、敵を撃退し始めた。


 そこに、さっき藤吉郎とともに夜襲を知らせに来た浅野が寄ってくる。


「間に合って良かったですぞ。ご無事で何より」


「助かりました。道祖長三郎と申す。そちらは?」


「弓衆として足軽を率いる浅野又右衛門長勝」


「又右衛門殿か。それがしは前田孫四郎利家。命を助けられ申した。感謝する」


 前田利家が浅野長勝の手を取って感謝を述べた。同じように命を助けた俺には、そんなことをしないくせに。


「いやはやとにかくも、無事で良かった。さあ、まずはお休みあれ。ここは我らが守りましょう」


 そう言って、浅野長勝が弓足軽の指揮に戻っていく。


 見ると、順調に敵を退けられているようだ。防御施設をうまく使えているのに加えて、こちらの動きに統一感が出てきているのもある。恐らく、丹羽五郎左衛門尉長秀が指示を出しているのだろう。


 奇襲の山場を越えられたようだ。前田利家の行動は、結果論的には良かったのかもしれない。敵が流れ込みながら戦っていれば、丹羽長秀は指示が出しにくかったはずだ。前田利家が鹿垣の外で戦っていたからこそ、うまく連携ができるようになった。


 俺はため息を付き、前田利家を見る。顔には未だに矢が刺さって痛々しい。


「浅野殿の言うとおり、お前は休んだ方が良い。矢を抜いて、金創医に診てもらえ」


「そんなのに世話にならん。長八郎、晒を持って来い!」


 少し離れて俺たちを見守っていた村井長八郎が、晒を探しに走っていく。


 前田利家は、兜を貫通した矢をどう引き抜こうかと、折れた矢柄をつついているようだ。


 その様子に、俺は肩をすくめて前田基勝や道家兄弟のもとに行こうと歩きだす。


「長三郎……わしは名を変えようと思う」


 戦場の喚声が響く中、前田利家がぽつりと零した言葉をどうにか聞き取った。俺が振り返ると、罰が悪そうな顔を浮かべている。


「亡き孫三郎((織田信光))様がお許し下さって孫四郎と名乗っていたが、そろそろ変えても不義理ではあるまい」


「別に良いのではないか。それで、何と名乗るつもりだ?」


 俺の質問に、前田利家は指揮を取る浅野長勝に視線を向ける。


「命を助けてくれた浅野殿から頂く。そして、最近では攻めの三左と呼ばれる森殿にあやかって、又左衛門でどうだろうか?」


「前田又左衛門……か。良い名だと思うぞ」


 俺がそう言うと、前田利家は何故か顔を背けた。


「長三郎からも一字貰って長左衛門かと思ったが、それではお前とは対等にならんと思った。だから、助けてくれたが、長三郎からは貰わん」


「わかった。じゃあ、次に俺が危ないときは又左衛門が助けてくれよ」


 俺が思わず苦笑を浮かべて言うと、前田利家はそむけていた顔を戻してうなずいた。


「ああ。きっと、おれが助けてやる。この槍でな」


 前田利家が、少し槍を持ち上げる。俺はうなずき、また歩き始めた。


「ありがとう」


 幻聴かと思うような小さい声が聞こえた。又振り返ろうかとも思ったが、拳を少し上げただけで答えておく。ここで振り返ったら、恩をきせるようになってしまうから。


 この日の夜襲は、こちらにある程度の被害を出したけれど、無事に退かせることができた。だが、敵の狙いは鹿垣を破壊するだけではなかったことが翌朝になって伝わってきた。


 伊勢守家は、西と南に夜襲をかけて耳目を集め、その間に水濠を使って北東の五条川に舟を逃がそうとしたらしい。上手く行けば、水路を使って物資を城に運び入れるつもりだったようだ。そして、状況を美濃に伝える役目もあった。

 発見したのは、廻番衆として警戒にあたっていた塙九郎左衛門尉直政と簗田左衛門太郎たちだ。


 信長様は、夜襲に気を取られず油断なく見張っていた彼らを賞賛して加増を約束した。敵の夜襲を退けた俺たちもお褒めの言葉をもらったけれど、今回の殊勲は彼らに持って行かれてしまった。


 勝ち誇る彼らに、前田利家などが悔しさに歯噛みしていたけれど、顔に矢を受けながらの戦いぶりが広まると槍の又左という二つ名が囁かれ始めている。


 そうしている内に、八月から九月になろうという時期に馬廻りは信長様ととも清須に戻ることになった。長くはかからないと思ったけれど、岩倉城は予想外の粘りを見せている。一度戻って、態勢を整えるのだ。

 交代要員として佐久間半羽介信盛が軍勢とともにやって来たことで、俺たちは清須への帰還の途についた。


 尾張統一は、もう目の前まで来ている。

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