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信長の軍師 賽の目は天下不如意なり  作者: 無位無冠
第二章 尾張統一の道程
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浮野戦 弐

 信長様が率いる弾正忠家四千と織田左兵衛信賢の伊勢守家四千が浮野の地で相まみえた。


 前線は、右備に柴田権六勝家、中備に佐久間半羽介信盛、左備に佐久間大学助盛重が位置している。中備後方に林佐渡守秀貞と滝川左近尉一益が配置されていて、どこの備にも後詰できた。

 そして、馬廻りは信長様とともに、林秀貞と滝川一益の後ろに位置している。


 そんな中、俺は篠岡八右衛門と前田孫十郎基勝の家臣二人と足軽四人、それと陣借りの道家清十郎と助十郎の兄弟の八人を率いる。


「ここで手柄を上げねば、道祖殿への借金で首が回らなくなる。やるぞ助十郎」


「おうよ、兄者」


 道家兄弟が、戦はまだかと槍を(しご)く。せっかくの意気込みだが、まだ出番は先のことだ。それも、下手したら出るまでもなく決着がつくことすら考えられる。

 だが、それを言えば勝手に前線に混ざりに行きそうなので言わない。周囲から抜け駆けだと言われて、責められたくなかった。


「殿、くれぐれも前には出ないで下さい。殿に何かあれば、我らは奥方様に申し上げる言葉がありません」


「もう何度も言われたから、いい加減にわかっている。孫十郎は心配症だな」


 俺は前田基勝に、家臣たちよりも前に出ないように言われている。昨年の稲生の戦いで、道家兄弟に討ち取られそうになったためだ。

 そのため、俺には足軽二人が張り付いて、共に行動するようになっている。


「やはり殿にはお主もついていたほうが良いのではないか、孫十郎?」


「殿のご様子を見るに、そのほうが良いかもしれませんな」


 篠岡八右衛門と前田基勝が、俺を前にして相談をする。確かに、槍などは元服前の新次郎にすら負けるが、そこまで心配されるなんて心外であった。


「お前たちは心配しすぎなんだ。これが初陣でもなし」


「しかしですな、まだ跡継ぎがいないのでは、殿にもしものことがあれば道祖家は絶えてしまいます」


「ご家門の断絶は、避けねばなりませんからな」


 どうもこの二人は、俺が結婚してから道祖家というのを意識するようになってきていた。さすがに跡継ぎを早く作れなどとは言わないけれど、それを待ち望んでいる節がある。


 譲る気がなさそうな二人を、俺はもう好きにしろとばかりに手を振った。そして、俺は今にも始まりそうな前線の様子を見る。馬印からすると、柴田勝家は前の方、佐久間信盛は後ろの方、佐久間盛重は真ん中と、各備の大将は思い思いの場所にいる。大将の性格が出ている位置取りと言えた。


 俺は後ろにいる信長様に視線を向ける。


 信長様は床几に腰を下ろし、小姓たちに扇であおがせていた。









 戦いは、織田信賢側からの攻撃で始まった。法螺貝が鳴らされて、敵が前進を始める。


 受けて立つ形になったこちらも、信長様の指示で法螺貝が鳴らされて各備が動き出す。意外だったのは、三大将が足並みを揃えるようにして前進したことだ。


 てっきりばらばらに進んでぶつかると思っていた。


 弓から矢が次々と放たれ、たまに鉄砲を放つ音が聞こえてくる。


 まだ、槍の叩き合いは行われず、距離を取っての矢の撃ち合いだ。だけど、敵の軍勢がじわじわと前進を続けている。それを跳ね除けようと、こちらからの弓矢での攻撃が激しさを増す。


 やがて、一気に駆ければ槍の叩き合いが始まろうとする距離まで敵が迫ってきている。ついに接近戦が行われると思えば、佐久間信盛の中備が後退をした。


 潰走ではなく、整然とした後退だ。敵との距離を取ろうとするように、敵が近づいた分だけ後退をする。


 馬廻りの中でも、中備の動きに気づいた者たちは指を指して周囲と言葉をかわしている。俺は思わず信長様を振り返るが、信長様は特に気にした様子はない。

 床几に座っている信長様に、池田勝三郎恒興が何かを報告するけれども、手を振って下がらせている。


 信長様が手を打たないのなら、問題はないだろうと、俺は視線を前方に戻す。


 すると、敵も佐久間信盛の動きが分かったらしく、敵の中備が突出する。中備を崩して、こちらを動揺させるつもりでいた。敵からしたら、佐久間信盛は臆病風に吹かれているとでも思っているのであろう。


 だけど、信長様の様子を見るに、そうとは思えない。それに、一緒に籠城戦もしたから佐久間信盛が臆病風に吹かれるような人物ではないと知っている。むしろ、窮地の戦いこそ手柄の上げ時だと考えるような大将だ。


「佐渡を右備、権六の後ろへ移動させよ! そして、左近は半羽助に合力させるのだ!」


 中備の後ろにいる林秀貞たちすら、僅かに後退を始めようかという時に、信長様の命令がくだされた。


 伝令の騎馬が慌ただしく、信長様の命令を伝えに駆けていく。そして、信長様が床几から立ち上がる。


「馬を()け! 出るぞ!」


 側近や小姓たちが動き出す。俺たち馬廻りも、いつでも駆け出せるように身構える。


 信長様が馬上の人となり、ついに本陣を佐久間盛重の左備の後方に動かした。


 移動しながら、右方を見やれば、滝川一益を加えた佐久間信盛の後退は止まっている。そして、こちらの右備と左備が前進を開始していた。


 柴田勝家の右備が急激に前進しているようだ。まるで林秀貞の備が強引に前方の備を敵に押し出しているようだった。


 佐久間盛重の左備は緩やかに前進している。すでに敵と近接戦をしているはずなのに、徐々に前へと押し出している。


 信長様は、そんな左備のさらに左方に馬廻りを動かして、一気に前進を開始した。


 ここまでくれば、信長様の意図はわかる。信長様は各備を動かして凹型の陣形を作り上げて、中央のくぼみに敵を押し込めるつもりだ。

 たぶん、佐久間信盛も同じような形にしようとしたのだろうが、信長様はそれを利用してより大規模な陣形にもっていった。柴田勝家や佐久間盛重も信長様の意図を察して、佐久間盛重を攻撃する敵中備への左右からの攻撃を止めて前進することに切り替えている。

 前進するのが早い柴田勝家の後ろに林秀貞がついたことで、佐久間信盛と柴田勝家の備の間に切れ目ができることがなくなっているだろう。

 中備は、かなりの攻撃を受けているはずだ。敵中備だけでなく、左右の敵備からも押し出された分だけ圧力を受ける。ここは、佐久間信盛が敵の圧力を受けきれるかということにかかっていた。


 そして、ついに馬廻りが佐久間盛重の左備を追い越して、敵の右備に攻撃を加える。敵右備は頑強に抵抗するが、佐久間盛重の正面攻撃と馬廻りの横撃に堪えきれなくなって中央に押し出され始めた。


 そんな中、俺は信長様の本陣の動きに従って動き、敵右備の斜め後方から南東の方角に向かって突撃をする。


 先頭は道家兄弟で、そのすぐ後に篠岡八右衛門と足軽二人が続く。俺も遅れじと前田基勝と足軽二人に周囲を固められて馬を駆けさせる。


 俺の横の方では、前田孫四郎利家が槍を振り回して馬を駆けさせていた。後ろに村井長八郎ら家臣を引き連れ、先頭で突撃していく。やがて、道家兄弟をも追い越して、槍を構える敵に突進していった。鋭く槍を閃かせて、敵が構える槍の間から己の槍を馬上から突き入れる。そこに、村井長八郎たちが襲いかかって敵を崩していく。


 そして、こちらも負けていられないと視線を戻せば、ちょうど道家兄弟が敵足軽を叩き伏せていた。さらに、槍を振り回して倒れた足軽から敵を遠ざける。篠岡八右衛門が倒れている足軽にとどめを刺すと、道家兄弟は二人で巧みに一人二人と打ち倒していく。


「孫十郎、我らも行くぞ!」


 俺は、道家兄弟が開けた突破口に馬ごと突入して、槍を馬上から敵足軽に突き入れる。


 槍は上手く刺さらず、弾かれてしまった。けれど、馬上の俺に気を取られた敵は前田基勝の槍に叩かれて、あえなく膝をつく。そこに、足軽が組み付いてとどめを刺す。


 だけど、騎馬武者は目立つために、四方からどっと敵が押し寄せてきた。俺の左右を、篠岡八右衛門と前田基勝が足軽とともに敵を防いでくれる。中央の俺は、馬上から槍を突き入れ続ける。


 ちらっと見ると、前田利家はすでに下馬して槍を振り回していた。引きずり降ろされる前に、俺も下馬しようかと思ったが、すでに敵が押し寄せてきていてそれどころではない。


 そこに、敵の騎馬が俺に向けて駆けてくる。俺を叩き落とすつもりだ。受け身では叩き落されるだけのため、俺も馬を駆けさせる。

 後ろで前田基勝の声が聞こえるが、構ってる場合ではなかった。


 敵の騎馬が槍を突き出してくるのを、どうにか槍の柄で受け流して避ける。そして、騎馬同士が交差する時に馬をぶつけて敵に飛びかかった。体重をかけて、敵を馬上から地面に落とす。背中を強打した敵が喘ぐのを、馬乗りになって脇差しを抜く。


 そのままとどめを刺そうとするが、敵がかっと目を見開いて俺を見るや、自由な両腕で俺の腕を掴んで暴れだす。俺も体重と力を加えて、敵を押さえつけようとするが、上手く抜け出されてしまった。


 脇差しを捨てて、俺は刀を抜く。そして、敵も刀を抜いて俺と相対する。


「伊勢守家家臣、山内(やまうち)猪之助((盛豊))が息子、山内十郎!」


道祖(さや)長三郎だ!」


 俺が名乗ると同時に、山内十郎が斬りかかってきた。俺は刀を横に構えて、山内十郎の刀を受け止めて、そのまま鍔迫り合いになる。だが、俺はすぐに山内十郎を蹴りつけて距離を取った。


 あのまま接近状態にあると、恐らく斬られていただろう。悔しいが、向こうのほうが強い。


 じりじりと迫る山内十郎を、俺は動かずに待ち受ける。


「道祖殿! お下がりを!」


 後ろから声がしたと思えば、道家兄弟が俺の前に出て槍を構えた。そして、兄の清十郎が山内十郎に槍を振るう。弟の助十郎は俺を守るようにしている。そこに、他の家臣や足軽たちが集まってきた。


 道家清十郎が次々に槍を繰り出して、山内十郎に息をつかせない。槍と刀では、長さが違うために山内十郎はなかなか近づけないでいる。

 間もなく、道家清十郎の槍が腕を突いた。痛みに顔をしかめる山内十郎。だが、それでも刀を手放さずに斬りかかった。


 清十郎は槍で迎え撃つのではなく、槍を手放して刀を抜かずにそのまま殴りつけて組み付いてしまう。腕を突かれた山内十郎は、暴れるけれども力が入っていない様子だ。そこを、助十郎が刀を抜いて駆け寄って体当りするようにして胴体に脇差しを突き通した。


 見るからに山内十郎の全身から力が抜けて倒れたところを、道家清十郎が脇差しを抜いて首を落とす。


「山内十郎、道家清十郎と助十郎が討ち取ったり!」


 道家兄弟が、高らかに武功を宣言した。周囲で戦っていた、山内家の足軽たちが動揺している。


 それを見た俺は、声を張り上げた。


「敵は弱気になっているぞ! このまま押せぇ!」


 俺の声に反応した味方が、雄叫びを上げて前進を始める。それに対して、敵は一目散に逃げていった。それを味方が追撃して討ち取っていく。一角での敗走が、全体へと波及していく。そして、凹の中心に押し込められた敵は、抵抗むなしく三方からの攻撃で撃破された。


 そうして、浮野での戦いは決着がついた。


 織田信賢の軍勢は、這々(ほうほう)(てい)で岩倉城の方向に進路を取る。四千を誇った軍勢は、もうその半分にも満たない。


 信長様は、ゆっくり追い立てるようにして岩倉城に迫る。そうしている間に、犬山城の織田十郎左衛門信清が、木曽川流域の諸城を落としたと伝令がやって来た。

 諸城の将兵や家族も、岩倉城に逃れたという。


 ついには、各地にいた伊勢守家の家臣たちは岩倉城に押し込められた。

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