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信長の軍師 賽の目は天下不如意なり  作者: 無位無冠
第二章 尾張統一の道程
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彼是と

 信長様が謀反を鎮めて三ヶ月余り。どうにか弾正忠家内も落ち着きを見せてきた。


 出家を言い渡された謀反の張本人たる織田弾正忠達成は、名を松岳道悦(しょうがくどうえつ)と名を変えた。そして、自らが建立した桃巌寺で日々を送っている。

 また、驚いたことに、謀反を起こした後に子供が生まれていた。奇妙丸と同い年になるその男子、御坊丸は柴田権六勝家によって養育されることなった。信長様は、自分の甥に対しては感じ入ることがあるらしく、柴田勝家には油断なく養育するように言い含めていた。


 そして、信長様に背いた家臣たちには、比較的穏やかな処罰に収められる。無主になった土地こそ没収されたが、それ以外の戦死した者の領地は遺族に相続され、生き残った者も当主交代で落ち着いた。

 前田孫四郎利家の実家である荒子は、林美作守に同調して信長様に歯向かったけれど、前田利家の父前田利昌が引退し、長男の前田利久が跡を継いだ。友人の実家なので、とりあえずは安心できる結果だった。


 そして、手柄のあった者たちは、様々な加増に預かることになる。俺は、稲生での柴田勝家との戦いで功があったということで加増された。これまで知行地三十貫と十貫文の禄を貰っていたのを、四十貫文を加増されて八十貫文の知行地を持つことになったのだ。

 場所はこれまでの村の周辺を頂いたので、せっかく作った新田などが無駄にならなくてほっとしている。


 だけど、同時に色々と片付けなくてはならないことも出てきていた。


「それで、長三郎とお妙との祝言はいつになるのです?」


 帰蝶様が笑顔で俺に問いかける。


「それは……来春になってからと、考えております。流石に、林様の娘になる(たえ)を長屋に住まわせるわけにはいきませんので……」


 なんとも歯切れ悪く答えるけれど、別に妙との結婚が嫌な訳ではない。政略結婚を自分の中で消化できたところに、妙が林秀貞の養女になることが決められたのが原因だ。

 それも、信長様が言い出したのだから手に負えない。林秀貞も何故か乗り気で承諾し、あれよあれよという間に俺は弾正忠家筆頭家老の娘である妙と結婚することになってしまった。


 こうなれば、養女とは言えそれなりの準備が必要となる。気楽に構えていた俺は、急遽清須で新居を探さねばならなかった。家だけでなく、家財を揃えなければならないし、人も雇い入れるのだ。

 とてもすぐには結婚できる状況ではなかった。


 幸いだったのは、佐々内蔵助成政と一緒にあれこれと考えることができたことだ。佐々成政は、村井吉兵衛貞勝の娘と結婚することになっており、同じ境遇ということで色々と相談できた。次兄を稲生の戦いで亡くした佐々成政の結婚も、早くて年が改まってからという。


「それもそうね。しっかりと用意をしておかなければなりませんよ。くれぐれも、手落ちがないように。わからないことがあれば、聞きに来なさい」


「承知しました。抜かりの無いよう、努めます」


 たぶん、姉が生きていれば同じことを言った気がする。帰蝶様の腕の中でご機嫌の奇妙丸を見ていると、ふと姉の顔が重なった。

 そっと手を伸ばして、指で触ろうとすると、奇妙丸の小さな手に指が掴まれる。


「何故、長三郎だと嫌がらんのに、わしでは火がついたように泣くのだ?」


 信長様が不機嫌な声を出す。そして、俺を睨みつけるが、奇妙丸の指を払い除けるわけにはいかず、硬直するしかない。


「はっ、いや、それは……あれです。おそらく、声が大きいからではないかと……」


「何だと?」


 信長様の口から、不機嫌な声が漏れる。その声に反応して、ご機嫌だった奇妙丸がぐずり出す。帰蝶様が信長様を睨み、そしてついっと奇妙丸を連れて行ってしまった。


 普段では見られない、何とも言えない顔をする信長様。


 思わず笑ってしまいそうになるが、ここで笑えば拳が飛んでくる。

 俺はどうにか笑うのを堪えて、雰囲気を変えるために咳払いをする。


「それで……那古野城は如何なさるのですか? 未だに城代を決めておられないようですが」


 先代の城代である林秀貞は奇妙丸の傅役なので、基本は清洲城に詰めている。ただ、今はまだ奇妙丸が幼少であるので、かつてのように内政に専念することが多いが。

 そして、那古野城は数人の奉行が派遣されただけで城代は決められていない。


「那古野は考えがある故、今しばらくは奉行どもに任せる」


「しかし、わざわざ村井様を那古野に向かわせておいて、城代に任じないとは……」


 派遣された奉行の中には、吏僚筆頭の村井貞勝に島田所之介秀順がいる。しかも、馬廻り指揮官である丹羽五郎左衛門尉長秀までもがそれに加わっていた。

 家臣たちの中では、何が行われるのかという話で持ちきりだった。


「今は知らずとも良い。だが、清須での新居はほどほどにしておけ」


「はあ……かしこまりました」


 含みのある笑みを浮かべ、脇息にもたれる信長様。どうやら、しばらくは教えてくれそうにもなかった。


 俺が頭を下げると、信長様は笑みを引っ込めて顔を引き締める。


「犬山の十郎左衛門((織田信清))が使いを送ってきた。やはり、岩倉の者どもは美濃と手を結んだようだ」


「当然のことでしょう。しかし、これでは岩倉城を攻めあぐねていては美濃から援軍がやって来ます」


「そうだ。城を如何に早く落とすか、それを考えねばならん」


 岩倉城は台地に築かれた平城であり、周囲は川の水を引き入れた水濠がめぐらされている。弾正忠家が総動員をかけても、そう簡単には落ちないだろう。尾張内では清洲城と並び称される城だけある。


「早く落とすには、岩倉城内から内応させるしかありません。強攻すれば、大きな被害は免れないでしょう」


「十郎左衛門もそう進言してきた。だが、容易くはいかんらしい。なかなか取り込めん」


 もう試したということか。そして、(かんば)しい結果は得られなかった。


「駿河の今川、美濃の斎藤と相手にしなければならないのです。尾張統一は早いほうが良いのですが……」


「何か手を考えなればならん。長三郎も何か考えよ」


「かしこまりました」


 結婚の準備だけでなく、岩倉城攻略の策を考えなければならない。ため息が出そうになるが、俺は頭を下げた。









 清須で結婚の準備に奔走する中、新たな知行地にも赴かなければならない。今年の年貢はすでに納められ、またこれまで(がま)の採集で交流はあったけれど、いろいろな権利関係を確認しておく必要がある。


 そのため、再び俺のところにやってきた新次郎とともに、俺は村へとやって来ていた。


「殿の代わりにすでに調べは済ませております」


 せっかく勇んでやって来たというのに、篠岡八右衛門によって全てが終わった後だった。


「いくつかの田んぼに他家の物があります。また買い取りなさいますか?」


「いや、今は入用だからとてもそんな余裕はない。今回は急ぐことないのだから、ゆっくりと買い取っていこう」


「わかりました。それと、新田での米の収穫はやはり普通の田より少なかったです。それでも、畑をするので食える量は増えておりますが」


 新田での二毛作は、少しずつ軌道に乗っていた。この春には牛と馬を一頭ずつ導入し、牛馬に引かせた(すき)で耕す牛馬耕も始めている。

 まだ牛馬の扱いが不慣れなために手間取ったが、人力で田起こしするよりも断然楽であったようだ。そして、田を四角形に作っていたお陰で耕しやすかったらしい。田を四角形にするのに意義を見出していなかった篠岡八右衛門も驚いていたくらいだ。


 問題があるとすれば牛馬の飼料である。餌の確保のために畑を増設させなければならなかった。


 しかし、そんな苦労を補って余りある力を発揮してくれる。機械がない時代では、重労働に牛馬が必要不可欠だ。

 かつて考えた、車借を尾張でもどうにか導入できないかと考えてしまう。


「村人の中には、自分たちの田を殿と同じように出来ないかと言う者が出てきております。どうなさいますか?」


「それはいい。少しずつでも新田を広げ、そちらに移していこう。従来の田は代わりにもらい、蒲を育てたらいいしな」


「では、牛馬を使って用水路と新田を広げていきます。銭は蒲黄の税分でよろしいでしょうか?」


「助かるよ。清須での新居と家財道具で、首が回らないからな」


 収穫前に知行地を貰えたのと蒲黄の売却などでまだ懐に余裕があるが、そうでなければ頭を抱えていただろう。


 俺と篠岡八右衛門が苦笑を浮かべていると、そこに前田孫十郎基勝がやって来る。


「殿、ちょうど良かった。道家(どうけ)の兄弟のことなのですが」


 前田基勝が言う道家の兄弟とは、稲生での戦いで生け捕りにした二人だ。兄が道家清十郎で弟は助十郎という。古くからある名家の一族であった。

 身代金を取れるかと思っていたが、道家はすっかり衰退していて、なかなか折り合わなくて今に至っている。

 そして、今は新次郎と槍で戦う音が聞こえてきていた。


「どうなったのだ? いつまでもここに置いておくわけにはいかないだろう」


「それが……もう身代金は自分たちで稼ぐと申しまして。次の戦で我らに陣借りさせて欲しいと」


「あの二人がそう言ったのか?」


「左様です。道家の本家の方でも、銭は用立てないと言っています。なので、もはやそうするしかないかと」


 なかなか、全部がうまくいくことはないらしい。少しでも銭が欲しいというのに。


 もう解放しようかとも思ったが、戦働きで返してくれるのならそれも良いかもしれない。


「わかった。次の戦まで、うちで面倒みよう」


「承知しました。では、二人にも伝えてきます」


 前田基勝が頭を下げ、そして勇ましい掛け声のする方に篠岡八右衛門とともに歩いて行く。


 俺はそれを見送ると、仰向けに寝転がった。


 目をつむり、尾張の地図を想像する。


 美濃からの横槍を排除して、どう岩倉城を攻め落とすか。それを考えている内に、いつのまにか眠ってしまっていた。

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