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信長の軍師 賽の目は天下不如意なり  作者: 無位無冠
第二章 尾張統一の道程
51/101

包囲網 参

 清洲城から出陣した軍勢は、清須から北、織田伊勢守家の岩倉城から西にある一宮という場所で対峙した。


 伊勢守家は、自分たちが攻め入ることはあっても、まさか攻められるとは思っていなかったのだろう。迎撃が遅かったために、予想していた以上に伊勢守家の領土に踏み込んでしまった。

 伊勢守家に打撃を加えたら、すぐに引き返して末森城と蟹江城の問題を片付けなければならないので、少しでも南で戦いたかった。


「殿、いよいよですな」


 篠岡八右衛門が、槍を携えて俺の隣に立っている。その後ろには、村から連れてきた二人の足軽。


「ああ、早くここで勝利しないと、他が危ないからな」


 俺の返答に、篠岡八右衛門が苦笑を浮かべた。


「戦のことではありません。殿が、初めて我らを連れて戦に出るということです」


 言われてみれば、配下がいる戦闘なんて初めてだった。意識すると不安ではあったが、篠岡八右衛門はすでに気心は知れている。足軽たちも千歯扱きを一緒に改良した仲で、どういう連中かは知っていた。だから、見ず知らずを率いるよりかは気楽にやれそうだった。

 それに、すぐ近くには前田孫四郎利家や佐々内蔵助成政だっている。


「勝つことは大事だが、命を大事にしろ。お前たちには、村でまだまだやってもらうことがあるんだから」


「任せてくださいよ領主様」


「ええ、米取る前に死ねません。女房子供がいますんで」


 足軽たちが頼もしく笑う。


 危なくなったら逃げてしまいそうだけど、それもまた足軽であった。念のために篠岡八右衛門に視線を向けると、任せろとばかりにうなずいてくる。


 俺もうなずき返し、そして敵陣の方を向いた。









 兵数はお互い二千ほど。弾正忠家は、前面に三つの(そなえ)。左備に丹羽五郎左衛門尉長秀、中備に佐久間大学助盛重、右備は佐久間半羽介信盛が率いる。中備後ろに信長様の本陣があり、池田勝三郎恒興が少数の馬廻りを率いて護衛に付いていた。陣形としては、丁の字になっている。


 戦は、弾正忠家側からの攻撃で始まった。中央の佐久間盛重が先鋒となって、敵陣に突撃が行われる。佐久間盛重の備は、矢の攻撃を物ともせずに前進し、瞬く間に槍での叩き合いに移行した。


 こちらの左と右の備えは動いていないために、敵陣の左右からも中央へ攻めかかる佐久間盛重に攻撃が集中する。

 それでも、佐久間盛重の攻撃は止まらずに敵の中備を押し込み始めた。


 押し込み始めたところで、俺たちがいる左備は丹羽長秀の号令一下前進を開始する。喚声を上げながら走り続けると、矢が飛んで来る。


 しかし、敵の意識が佐久間盛重の備に向いてしまっているために、全然脅威ではなかった。


 普通なら、しばらくは弓矢の応酬が行われるのだが、こっちには時間がない。そのため、強襲して一気に敵を蹴散らすことを選択していた。


 ちらりと右備を見れば、若干出足が送れたようだけど、向こうも問題なく突撃している。


 視線を前に戻すと、もう敵兵の顔も識別できるようになっていた。篠岡八右衛門が俺よりも前に出て、左右の後ろから足軽たちが付かず離れずについて来ている。


 そして俺は、声が枯れるような咆哮を上げながら、槍を振りかぶった。そのまま、敵兵の脳天に槍を振り下ろす。

 ちょうど篠岡八右衛門の槍を防いでいた敵兵は、俺の槍を受け止めることが出来ずに頭に直撃を食らう。


 敵兵が衝撃で膝をついたところを、後ろの足軽たちが槍を突き出して止めを刺した。


「よくやった!」


 敵兵の空いた穴を埋めさせまいと、俺は槍を振るい続ける。そうしている間に、周囲も次々と敵を倒していっていた。


「首を取るな! 捨てていけ!」


 足軽が、倒した少し身なりの良い敵兵の首を取ろうとするのを一喝する。事前に伝えているが、戦に出る者の習性なのか首を上げようとするのがちらほらいる。


「首は捨て置け! 持っていっても手柄にならんぞ! 捨てろ!」


 後方から丹羽長秀の怒声が聞こえてくる。


「聞こえたろう! 進め進め!!」


 槍を振り回しながら、声を張り上げ続ける。以前のように、前田利家や佐々成政と話す暇なんてない。


 周囲の敵兵と味方の位置を確認し、部下たちがついてきているのを気にし、槍を振るって声を出し続ける。


 とても誰がどうしているかなんて気にしていられなかった。


 その時、振り下ろした槍が躱されて、しかも踏みつけられる。引き抜こうとするも、巨漢に踏まれていてびくともしない。

 槍がなくなったと見た敵兵に狙われて、幾本も槍が振り下ろされて頭を痛打される。


 衝撃と痛みで、膝をつきそうになったのを腕を掴まれて後ろに引っ張られた。そのまま、横向きに後ろに倒れ込む。

 後ろに倒れたお陰で、周囲は味方しかいない。


「無事ですか!?」


 足軽の一人が引っ張り起こしてくれる。


「ああ、助かった!」


「あまり前に出て、命を粗末にしないでくださいよ! 領主様にもまだまだ村のために働いて貰わないといけないんですからね!」


 足軽が、意地悪く笑う。


「まったく、ああ、そうするよ!」


 そこに、前にいた篠岡八右衛門と足軽が下がってくる。手には、俺が手放してしまった槍を持っていた。


「落とし物です!」


「八右衛門、助かる。これじゃ格好がつかないな!」


「殿には前で戦うのは似合いませんよ!」


「似合わなくても、やらなければな! さあ、行くぞ! 進めぇ!」


 敵味方の雄叫びが渦巻く中、俺たちはとにかく遮二無二(しゃにむに)槍を振り回して前に進んだ。









 戦いは、伊勢守家の軍勢を押しに押したが、結局突き崩すことはできなかった。一日目は弾正忠家が優勢で終えたけれど、潰走させることは出来ず二日目に持ち越したのは痛い。


「思った以上に敵は手強いですな」


「考えてみれば、亡き桃巌((織田信秀))様の代には美濃勢とも多く干戈を交えていたのだ。戦慣れしているのが、多くいるのだろう」


「感心している場合ではない。蟹江城では、左近((滝川一益))が援軍を待っているのだ。奴らを打ち破らなければ、いくら左近でもいつまでも守りきれんぞ」


「とは言うてもなぁ」


 丹羽長秀、佐久間信盛、佐久間盛重があれこれ相談しているが、結論は出ない。


 信長様は、腕を組んで目を閉じて話に混ざろうとせず、じっとしている。


「崩れたと思えば、すぐに持ち直す。少なくとも、今日のように前から行っては、同じことの繰り返しだけです」


「うむ。それにまだ戦いが続くとなると、兵は消耗させたくはない」


「だからといって、奴らの後ろから兵が湧いて出るわけでない。今更、回り込むことも出来んのだ。正面から強引に突破するしかあるまい」


 絵図を前にして、三人の重臣が配置を話し合う。


 そうしていると、池田恒興が一人の男を連れて陣幕に駆け込んできた。


「殿、津島の堀田孫右衛門殿が!」


「来たか!」


 信長様が、それまでの沈黙を破って立ち上がる。堀田孫右衛門正定が、信長様に駆け寄って、書状を差し出す。


「美濃の斎藤山城入道様より、確かにお預かりしてまいりました」


「うむ、それで岳父殿は何と!?」


 書状を開封して、(ふみ)に目を通しながら信長様が問う。


「ははっ! 入道様は、萬事任せておくように。聟殿の背後を狙う不届き者は、心胆を寒からしめてやる、と仰せでございました!」


「よくやったぞ、孫右衛門」


「恐れ入ります!」


 帰蝶様の父親である斎藤道三。今では出家し、名を利政から道三に改めている。また居城の稲葉山城を家督とともに嫡男に譲り、稲葉山城の西に位置する鷺山城に移っていた。


 美濃の斎藤家は、木曽川を挟んで織田伊勢守家と領地を接している。そこで、何故か怒っている帰蝶様にお願いして、斎藤道三に文を書いてもらった。織田伊勢守家の行動を封じて欲しいと。

 それを、津島から堀田正定に舟で美濃に運んでもらった。


「聞いたな、明日明後日には美濃の蝮も動き出す。さすれば、やつらは木曽川が気になって動けんようになるぞ」


「では、それまで奴らを引きつけておけばいいと?」


「いいや、あくまで動くのは岳父殿だけだ。美濃一国ではない。だから、できるだけやつらに打撃を与えるのは変わらん」


 これがもし隠居していなければ、美濃一国で伊勢守家を脅かしてくれただろう。そうであったら、もっと楽だったのに。

 とはいえ、千単位で軍勢を動かしてくれるはずだ。伊勢守家には十分な脅威になる。


「それと念のために、犬山の十郎左衛門にも助力を頼んでいる」


「なんと……犬山城にも?」


 犬山城城主、織田十郎左衛門信清。木曽川沿いの犬山城は、鉄壁の守りとして名高い城郭であり、織田信清は信長様の従兄弟にあたる。

 一応、伊勢守家の配下であるが、半ば独立した勢力を誇っていた。

 犬山城が味方になれば、伊勢守家はより後背を気にしなければならなくなる。


「されど、犬山の十郎左衛門様は本当にこちらについてくださるのでしょうか?」


「必ず、あやつはこちらにつく。奴が欲している玉を、渡すと言えばな」


「玉? それはなんでしょうか?」


「我が姉よ」


 信長様は愉快そうに笑い声をあげ、話を聞いた全員が唖然としている。


 俺も信長様から聞いたときは驚いたものだ。まさか、織田信清がずっと信長様の姉に懸想(けそう)しているなんて。

 女性を道具のように使うのは気が引けるけれど、その効果は今回見せつけられている。斯波義銀、斎藤道三、織田信清、婚姻関係によって大きく状勢が動くのだ。まあ信長様は、斯波義銀にお市の方を嫁がせる気は毛頭ないのだけれど。


「返事はまだだが、必ず動く。やつに姉以外を求められないようにするためにも、目の前の敵は倒しておく」


「では、明日も攻勢を?」


「無論だ。明日はわし自ら陣頭に立つ。五郎左、馬廻りを半分に割るぞ」


「承知しました。殿の直属を選抜します」


 丹羽長秀の備が半減するけれど、自由な戦力が生まれることになる。信長様はそれを使って、敵を崩すつもりなのだ。


 未だ分が悪いけれども、好転しつつある戦況に張り詰めていた空気が緩んでいった。









 翌日、信長様指揮下で戦うもなかなか敵を崩せなかった。三日目になって、信長様が率いる備が敵に横撃(おうげき)を加えたことで、潰乱させることができた。散々に敵を討ち取り、伊勢守家の勢力を削ぐことに成功する。


 そして、美濃の斎藤道三、犬山城の織田信清が信長様に味方することを鮮明にして、伊勢守家の背後を脅かした。少なくない兵を失い、もう清洲城を攻撃することは出来ないだろう。


 意気揚々と清洲城に戻ると、再び急報が届けられた。


 織田喜蔵秀俊、暗殺される。そして、末森城からの攻撃で、守山城が陥落した。

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